表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼天の星と漆黒の月  作者: 紫月ふゆひ
38/99

月の導き(1)

 すっかり夜の(とばり)が下りた空に、白い月が輝いている。黄色と青の二つが重なった月を、二重(ふたえ)の月と呼ぶらしい。この世界の月は満ち欠けをしない代わりに、別々に動く月の位置で、夜の明るさが変わる。二重(ふたえ)の月は、白々と明るく、故郷の月を思い起こさせた。


 伯爵の執務室を辞して、回廊から月を眺めていると、金属が微かに擦れる音が近づいてきた。

「レーナ。」

 やはり近衛隊長だ。この声色は、何か注意がある時のそれだ。おそらく、あの商人の言いがかりに言い返したことへの注意だろう。

 振り返ると、案の定、眉を(しか)めていた。

「先ほどは申し訳ありませんでした。名指しで非難されたので、つい余計な口出しを。」

 先んじて謝ってみたが、隊長は眉を顰めたままだった。


「お前のいたところでは、地図は気軽に見られるものなのか。」

「地図、ですか?どこにでもありますが。」

「誰でも見られるものか。」

「見られます。」

「禁じられはしないのか。」

「むしろ義務教育の必修項目です。」

 あの商人も地図にやたらと反応していたけれど、何なのだろう。

「お前の故郷には、戦はないのか?」

「ありますが?」


 隊長が軽く嘆息する。若干呆れの色が混ざってきたような気がする。

 地図と戦争に何の関係があるのか考えを巡らせて、気が付いた。もし敵国に攻めていくなら、道や地形や町の位置が分かると、とてもやりやすくなる。逆に、敵国にその情報は知られたくない。


「もしかして、地図は機密情報ですか?」

「そうだ。安易に地図を見せろというのは、誤解を招きかねない。相手が他国の人間なら尚更だ。我が国の地図を他国の人間に見せるなら、どういうことになるか、分かるな?」

 そう言われると、冷や汗ものである。私自身、最近までこの国の地図すら見ることはなかった。王城に保管されているような詳細なものではないが、ファリエン本部には、討伐の場所を確認するための、簡易的な地図がある。もしかしたら、それですら、外部に漏らしてはいけないものかもしれない。

 日本でも、昔、シーボルト事件というものがあったことを思い出す。詳細な地図は、国家機密だったのだ。ここの認識も似たようなものだろう。取り返しのつかない失態を犯す前に知ることが出来て、良かったかもしれない。

「注意します。」

「他にも色々ありそうだな、お前は。」

 呟くように言われてしまったが、本当にそうかもしれないので反論はできない。


 その時、フイと意識の中に潜り込んでくる感覚があった。

「リール?」

 空を見上げると、月に照らされた夜空を滑空する影がある。


 挨拶もそこそこに、急いで見張り塔へと移動した。最上部に登ると、明かりが溢れ夜でも賑わう街と、月の光で仄かに浮かび上がるクル川と、闇に沈むラーエ川の対岸が一望できた。

「レーナ。お前はまた。」

 近衛隊長が再び眉を顰めて現れた。

「勝手に見張り塔に登るな。ここはビフェルン伯の館だぞ。許可を得ずに上がって良いところではない。」

「すみません。飛竜が来ていたもので。今回は町の傍ですから、来ないはずだったのですが。」

「飛竜?」


 沼地と化したままの廃墟の上を、飛竜が飛んでいる。

 契約を交わした飛竜を、私はリールと名付けた。彼らは今回の討伐に、姿を見せていなかった。元々人里に近づくのを嫌う傾向がある。二千年以上、ずっとそうだった。こんな明るい月夜に、こんな町の近くを飛ぶのは珍しい。


 飛竜と感覚がつながる。

 水に沈む廃墟を眼下に、翼に風をはらみ、滑るように旋回を続けるのは、何か引っかかりを感じているからだ。街には騒々しい人間の営みがあるが、風は凪ぎ、川の流れも緩やかで、獣達も大方は寝静まっている。それなのに、どこかざわつく気配がある。

 静寂と闇がわだかまっていた廃墟の水の中に、不意に青白い光が浮かび上がった。ゆらゆらと揺らめいていたそれは、次第にはっきりとした質量を伴い、周囲の(よど)みを凝縮させるかのような動きを見せると、明瞭な気配を発し始めた。


(魔物?)


 何もなかったはずのところに、魔物が出現している。近づいてよく見ようと、風に乗るのを止めて降下した。水面がみるみる近づく。ほぼ同時に体が後ろに強く引かれた。前進する視界と後方へ下がる体の感覚が奇妙だ。


「何をしている。」


 (とが)めるような声に、我に返った。遠く上空にいた飛竜は、今は地に近いところを飛んでいた。

 私は今、何をしていただろうか。

 上空から魔物の気配を感知して、確認するために降下しようとしていたのだ。

 いや、違う。それは飛竜であって、私ではない。私がいたのは街中の塔の上であって、空中ではない。飛竜の感覚に引きずられた私がしようとしたのは、端的に言えば()()()()()()()だ。さすがに飛竜も拾いに来れないし、間違いなく地面に激突する。後ろで見ていた隊長は、さぞ驚いたことだろう。

 であるならば、こうして抱きかかえられている状態は、致し方ないかもしれない。


 首を捻って顔を見上げる。

「すみません。もう大丈夫です。」

 薄暗い中でも、疑わしそうに見られているのが分かる。

 がっちり抑え込まれて身動きが取れない。目の前で飛び降りようとしたのだから無理もない反応ではあるが、信用してもらいたいものだ。

「飛竜とのつながりは切れています。ですから、大丈夫です。」

 もう一度言うと、ようやく解放された。衣服を整え、正面に向かい合う。


「魔物が発生しました。」

「発生した?どういうことだ。」

 隊長の顔が険しくなった。

「あの廃墟の中に、魔物が現れたのを飛竜が感知しました。直前まで何もなかったところから、発生したのです。」


 隊長が廃墟の方を見やった時、鐘の音が響いてきた。それは、昼間聞いたベレンの鐘の音とは違い、低く静かに、遠くから響いてくるようだった。


 しばらくすると、見張り塔が騒がしくなった。

 複数の人が話しながら階段を上ってくる音がする。夜間に鳴る鐘の音は、緊急事態の合図なのだ。

「どういうことだ。この音は何だ。」

「分かりません。この町の鐘ではありません。」

「城壁にも人を()って確認させています。」

 ややあって、家来と共に姿を現した伯爵は、先客がいるのを見て、少し驚いた顔をした。

「来ていたのか。今呼びにやろうとしていたところだが。」

「許可もなく、失礼致しました。」

 近衛隊長に(なら)って謝罪から述べるのが礼儀ではあるだろうが、今は報告を優先する。

「閣下。魔物があの廃墟に出現した模様です。」

「なに?」

 さすがに、伯爵の顔に笑みはない。

「では、本物の魔物が、別にいたのか。」

「様子を見て参ります。門外に出るか、飛竜を城壁に近づける御許可を。」

評価をして下さった方、いいねを押して下さった方、ありがとうございます。

励みになっています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ