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蒼天の星と漆黒の月  作者: 紫月ふゆひ
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補償

 日が暮れてから、ある商人が苦情を申し立ててきたという連絡が入った。隣国アルジュールの大商人で、本国の宰相ともつながりが深いらしい。通常なら役人が対応するところ、伯爵が直に会うことになった。

 そして、なぜか同席を求められた。先方の要求らしい。

 その商人は、日焼けした浅黒い肌の中年の男で、なんとも嫌な目つきをしていた。


「伯爵閣下。このような時間にお目通りいただき、恐縮でございます。アルジュールの商人、ラダイと申します。」

「うん。それで、どのような用かな。」

「私の大切なものが奪われました。」

「盗難か?それは気の毒だが、警吏に依頼を出せば、捜索は行われるはずだ。届け出たのか?」

「いいえ、既に殺されました!」

「殺された?穏やかではないな。誰だ?」

「広場に晒されているあれでございます!大切なペットでしたのに!」


 さすがに伯爵も不意を突かれたのか、沈黙してしまった。


「あれは遠い異国で買い付けた貴重な生き物なのです。それがあのような姿になって・・・」

 ぎっと顔を上げてこちらに指を突き付けてくる。

「異境の民に殺されたのです!処罰と補償を求めます!」


 迷惑な話である。

 あれをペットにするならきちんと管理してほしい。逃げだされた挙句、これだけ多くの人間を振り回しておいて、補償も何もない。しかもそれを伯爵ではなく、異境の民に求めてくるところがいやらしい。大貴族に直接文句を言うことは出来ないが、異境の民のせいにすれば、大抵の無理は通ると考えているのだ。その認識は、概ね正しいのではあるが。


「あれは、貴下のものだったのか。」

「そうなのです、閣下!お主はこれをどう償うつもりなのだ?」

 後半はこちらに向けて放った言葉だが、償えというのはむしろこちらの言うべきことではなかろうか。なにしろ被害者も出ているのだ。

「あのような危険生物は放置しておけません。当初は魔物と間違われたくらいです。逃げられた時点で、教えていただきたい。」

「何を言うか!魔物などと!あれはゆったり動き回るだけで、とてもおとなしいのだ。」


 噛みつく気満々で飛びかかられた身としては、その意見に全く賛同できない。


「被害者も出ております。いくら貴重でも人間の命ほどではないでしょう。」

「何を言うか!お前たち五人くらいの価値はある!」

「は?」

「あれを手に入れるには、アルジュールからはるばるランデやアンブロースの南を通ってミルディア海へ抜け、さらに遥かゴルグまで行かねばならんのだぞ。どれだけ困難か分かるか!」


 さっぱり分からない。

 地名だけ並べられても地理が分からないし、それ以前にこの男の価値観が理解できない。


「申し訳ありませんが地理には不案内です。地図で説明していただけませんか?詳細に。」

「んな、なに?」

「もっとも、どれほど手に入れるのが困難だったとしても」

「そんなものはない。」

「・・・は?」

「地図なんぞないわ。とにかく大変なのだ!」

 国を越えて移動する商人が、地図を持たないはずがない。そして今はそんなのどうでも良い。

「・・・お持ちですよね、地図くらい。そうではなく」

「持っとらん!」

 注目点はそこだろうか。いや違う。ワニと人間を同列に語るのが間違っているという話なのだ。やはりこの男の感覚は理解不能だ。


「総長。」


 隣に立っていた近衛隊長が、初めて口を開いた。静かではあるが、重い響きがある。黙っていろ、の意味だということは察せられた。この場の責任者は、ビフェルン伯なのだ。しかし、黙って任せて大丈夫なのかは、いささか不安だ。


「失礼いたしました、伯爵閣下。」

「ふむ。ラダイ殿。あれは、一匹だけか?」

「もう一匹おります。今度こそ、生け捕りにしてください。」

「さて。貴下のペットが、おとなしく捕まってくれるかどうかによるな。」

「そんな!一匹につき、異民の女なら五人、いや、手間を考えれば八人は頂きますぞ。」

 こちらを指さしながらそんな戯言を吐いているが、このとち狂った男は何を言っているのだろう。あんなものの為に、仲間を差し出せとでも言うのか。私達を何だと思っているのだろう。


 頭の芯が急速に冷えていく。感情が凍り付き、体の中を嵐が駆け巡るような感覚を覚えた。


「あれは私の財産なのです。財産を取られたなら、代わりを頂きません・・・と」

 喚きながらこちらを見た商人が口ごもり、顔を引きつらせた。その喉元に、刃を突き付けてやりたい衝動に駆られる。


「まあ、総長、落ち着いてくれ。」


 あくまで穏やかに伯爵は言う。

「ラダイ殿。補償はしよう。」

「さ、さすが閣下。では」

「だが、金にしてくれないか。人はやれない。特に彼女達は、国のものなのだ。私に権限はない。そうだな、ヴィルフリート隊長?」

「国王陛下の許可が必要となります。ラダイ。貴下は、飼育動物の補償を、国に求めるか?」

「い、いえ、そ、それは・・・」

 重々しい近衛隊長の言葉に、商人は言葉を返せなかった。

「では決まりだ。それと、我が領民に死者が出ている。捕り物の際には兵士にも怪我人が出た。これについては、こちらからも補償を求める。良いだろうな?」

「そ、そんな・・・閣下。」

「互いの損失に対して、互いに償いをするのだ。対等であろう。」


 一見にこやかな、あの貴族の笑みを見せる伯爵は、蠟燭の揺らめく明かりの中で、酷薄であるようにも見え、反論を許さない雰囲気を纏っていた。

『水辺の町』の冒頭が意味不明なんだけど!と思った方

実は、このエピソード、まだ終わっておりません。

タイトルは変わりますが、次回も続きます。

もう少しお待ちください。

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