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蒼天の星と漆黒の月  作者: 紫月ふゆひ
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登城(2)

 大階段を上り、謁見の間へと進んでいく途上、要所要所に近衛騎士の姿を見かける。偶然を装ってはいるが、隊長の指示だろう。入口の従僕もそうだが、回廊の途中でも進路を妨害しようとした動きを感じた。

 謁見は王の公務だ。近衛隊長は公務が滞ることを嫌い、予防線を張ったのだろう。

 あの人の行動原理はシンプルだ。王の安寧と王国の安定を第一とする。それを脅かせば、容赦なく断罪する。だからヘザーは処断されてしまったのだ。私達がここで生きていく為には、断罪されるような行動をとらないことが必須条件だと、今は理解している。


 謁見の間の扉の前で立ち止まり、一つ、深呼吸をする。ぴんと張り詰めた空気を感じ、真っ直ぐに前を見据えた。この先に踏み出せば、今までと違う世界が待っている。名目上の身分は上がり、国の中枢に近づきはしたが、果たして楽になるのか、より困難になるのか。おそらく後者である予感がする。


 名が呼ばれ、扉が開かれる。


 装飾の控えめな廊下と異なり、謁見の間の床には色の異なる石で文様が形作られ、片側の壁にはタペストリーが飾られている。部屋の両端には高位の貴族達が立ち並び、こちらに視線を向けてきている。正面の(きざはし)と台座には緋の絨毯が敷かれ、その上の玉座に王が腰かけており、傍らに近衛隊長が控えていた。片側の壁にある窓から入り込む光が、部屋の中を淡く照らしていて、それぞれの表情はあまりよく見えない。

 それでも彼らの抱く思いは容易に想像できる。回廊にいた貴族達と同じだ。ここに私達がいることは、全く面白くないことで、嘆かわしいことであるだろう。

 それでも、ここに立つことを認められたのならば、進み続けるしかない。


 一歩、また一歩と歩を進める。

 光と影が位置を変え、静寂に包まれた部屋の中の表情を、少しずつ変えていく。

 その中を進み、(きざはし)から伸びた絨毯の手前で立ち止まると、片膝と片手をついて、顔を伏せた。後ろで、エレナとオリファの二人も、同様に跪く。

 これは、臣従の礼だ。この国の民ではない私が、地位と居場所を与えられた代わりに、忠誠と服従を誓うための。

 王の傍に立つ侍従によって任命書が読み上げられ、それに対し、事前に教えられた通りに口上を述べる。簡潔だが、これを以て、正式に王府直属の人間となるのだ。

 筒に収めた任命書を手渡すため、侍従が近づいてくる。顔を伏せたまま、両手を掲げて受け取ろうとすると、王が言葉を発した。


「期待している。この国のため、民のため、励んでくれ。」


 それが思いのほか近くから聞こえたので、少し驚いた。さざめきのような呟きが居並ぶ廷臣達から聞こえてくる。

 本来は侍従から受け取るはずだった任命書を、王が自ら授けに来た。声の響きには、揶揄も嫌味もない。

 それはかなり、意外なことに思えた。王命によって、私達は北の森へ行かされ、そこで死ぬはずだったのだ。その私達を、この王は信頼し、期待するというのだろうか。用心深く考えるならば、これは単なる戯れで、額面通りに受け取ってはいけない言葉かもしれない。本気にすれば、隙が生まれ、その瞬間に突き落とされる。しかし、気に入らなければ捨て置けばいいだけの異境の民を相手に、これほど大掛かりな戯れをするだろうか。貴族達の反発が明らかな中、わざわざ身分や役職を与えてまで。

 この王の行動と言葉が真剣なものであるならば、こちらも真摯に答えざるを得ない。

「ご期待に沿えますよう、心を尽くし、努力いたします。」





「人間ですわね。」

 侯爵令嬢リュディエのいるテラスからは、中庭とその向こうの回廊を見ることが出来た。深緑の制服で、彼女達が何者かはすぐに分かった。乳母や侍女達が言うには、人の形をしていないとか、人と魔物の合いの子という話だったが、人間にしか見えない。この距離では、表情までは窺い知ることは出来ないが、歩き方は堂々としている。

(ばあやの言うことも、当てにはなりませんわね。)

 そもそも、邸でほとんどの時間を過ごす彼らも、異境の民を見たことはないはずなのだ。


「まあ、ご覧になりましたの?」

 後ろからかけられた言葉に振り向くと、共にテラスに出ていた令嬢方のほとんどが、扇で顔を隠していた。

「どうかなさいまして?」

「異境の民が通ったのでしょう?直に見ると、目が潰れてしまいますわ。」

「そのようなこと、どなたが?」

「お母様がそう仰いましたもの。」


 成年を迎えたばかりの彼女達には、伺候の義務はなく、王城に来る用も必要性もない。にも拘らず、今日ここにいるのは、噂の異境の民に興味があったからだ。それなのに、迷信めいた妄言を信じて目を逸らすなら、何をしに来たのか分からない。

 内心では呆れながら、表面では努めて冷静を装った。

「もしそうなら、近衛の方々は、皆様とっくに(めし)いていらっしゃるわ。いかがかしら、ナリーシア嬢?」

 この中では序列の低いナリーシアに声をかけたのは、彼女の兄が近衛騎士だからだ。今も只一人、扇を手の内にしまったまま、眼下を見ていた。

「ええ、リュディエ様。兄も、他の方々も、皆様お元気ですわ。」

「あら・・・」

 近衛隊と彼女達が、討伐の際に行動を共にしていることは誰もが知っている。考えてみれば当たり前のことに思いが至らないのだから、少々思慮が足りない。令嬢方は、それもそうですわね、と扇を口元に充てて、品良く笑った。


「リュディエ様。異境の民とは、どのような姿をしていましたか?」

 興味を取り戻したらしい令嬢の一人が、尋ねてくる。

「人の形をしておりましたわね。」

「まあ。」

 令嬢方は、リュディエが面白い冗談を言ったように思ったらしく、ころころと笑った。リュディエとしては、自分達と何ら変わりがない、というつもりであったのだが。

「魔物を従えるのですもの。きっと、魔物と大差ない顔をしているのでしょうね。」

「従えたのは改悛の魔物という噂ですわ。」

「聖女の力を、異境の民が持つはずがありませんでしょう?半分が魔物だからですわ。」

「嫌ですわね。そのような者が、謁見を許されるなど。」

「陛下のお目汚しですわ。」

「近衛の方々もお気の毒に・・・」

 ここにいる令嬢方は、良い教育を受け、きちんとした礼儀作法を身に着けているはずだ。その点では、どの家に嫁いでも、王宮入りしたとしても、問題はないだろう。

 しかし、洞察力と想像力に欠けている。自らの目で本質を見ることが出来ず、その口から零れ出る無意識の悪意が、誰かの反発を呼び起こし、自らを醜く染めるものだと分かっていない。ナリーシアだけは、他の令嬢に同調することなく、リュディエの真意を確かめるかのように注視している。

(思慮のあるのは、この方だけですわね。)

 そう結論付けると、リュディエは再び、回廊に視線を戻したのだった。

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