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蒼天の星と漆黒の月  作者: 紫月ふゆひ
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登城(1)

 魔物探索班が発足して約二年が経過した。

 それ以前は、それぞれの地域で対応できなかった案件だけが、正規軍に依頼されてきた。今では、まず派遣を要請し、そこに地元の要員も参加するという状況になっている。

 いきおい、正規軍の負担が増加していた。軍の仕事は、魔物討伐だけではないのだ。


 この国は、周辺国との小競り合いが結構多い。領主同士の私闘で終わることもあれば、正規軍が加わることもある。国同士の全面対決まで発展することはあまりないが、ちょっとした国境線の争いや、通行料徴収の権利を巡る(いさか)いは、たびたび起きていた。軍の駐屯地も、中央だけではなく、国境近くにも何か所か置かれていたが、探索班が所属しているのが王都の部隊なので、討伐依頼があると、王都の部隊が駆けずり回ることになる。

 探索班の戦闘力も向上してきたこともあり、魔物討伐部隊として、独立することになった。通称をファリエンという。古語で『魔を打つ者』という意味だそうだが、『人と魔の境目にいる者』から、随分昇格したものだ。


 この国は、私達を認めたのだ。



 独立したことで、専用の官舎に移動になり、新しい制服もできた。予算がついて、自分達で必要なものを購入できるようになった代わりに、業者との折衝(せっしょう)も自分ですることになった。ヤナを始めとした事務班が、正規軍の経理とやり取りをして準備をしてくれている。

 それから、嬉しくないことに登城の義務が生じた。百人足らずの小さな組織だが、どこの下部組織でもなく、王府の直属だ。王城への出入りは必須で、王に直に奏上することもあるという。探索班の班長だった私は、必然的に魔物討伐部隊(ファリエン)の総長になり、それに伴い、騎士位となった。

『レーナ・ツー・シロ・ファルクハウセン』

 任命書に記されることになる私の名だ。元々の名字がセカンドネーム化している上に、謎の変化をしている。私の名前は、槻白怜那だから、レイナ・ツキシロが正しい。オリファには、呼びにくいと一蹴されてしまったが、せめて公文書には正確に書いて欲しいものだと思う。

 最後の『ファルクハウセン』は、騎士位となるにあたり、王から下賜された姓だ。名字はあるからいい、と言ってみたが、ダメらしい。そのわりに、副長になったエレナとオリファも同じ姓なので、まるでそういう一族のようだ。細かいのか杜撰(ずさん)なのか、宮廷の決まりごとはよく分からない。




 初登城の日、深緑を基調とした、真新しい制服を纏った。来たばかりの頃は肩にかかる程度だった髪が、背中の中ほどまで伸びている。それを一つに纏めて紐で縛り、身なりを整えた。エレナは肩口で髪を切り揃えていて、オリファは完全にショートカットにしている。

 貴族の邸宅が立ち並ぶ区域を抜けて、王城へと向かう。第一の門を潜り抜けた広場までは、比較的簡単に入ることが出来る。出入りの商人や陳情に訪れた民が来るからだ。第二の門から先は、許可された人間しか入れない。門衛は、じろりとこちらを一瞥し、動かしかけた槍を戻した。制服を見て、通して良いと判断したようだ。

 王城の入口には従僕が待機していて、用件を伝えると、若い従僕が近づいてきた。伏し目がちで最低限のやり取りしかせず、その感情は窺い知ることはできない。その先導で、先に進もうとしたところに、どこから現れたか、中年の従僕がやってきた。こちらは、感情の良く分かる顔をしていた。

「この先は貴人がいらっしゃる所だ。お前達は向こうだ。」

「ですが・・・」

 若い従僕が何か言いかけたが、睨まれて口を噤んでしまった。

「向こうには何が?」

 指示された方向を見ながらオリファが尋ねると、中年の従僕は顎を上げて横柄に答えた。

「事務棟だ。」

 そちらにも用はあるが、その前に最も重要な用事を済ませなければならない。

(わたくし)達は、謁見の間へ参らねばなりません。そのように指示を受けています。」

 穏やかに話しかけたエレナに対し、従僕は馬鹿にしたような笑みを浮かべてふんぞり返った。

「謁見だと?異境の民が、畏れ多くも国王陛下にお目にかかるなどと、図々しい。」

 何かあるかもしれないとは思っていたが、初めから分かりやすい嫌がらせが来たものだ。この従僕の立ち位置は分からないが、入口付近にいるのはおそらく平民だ。付け焼刃の知識だが、騎士位であり、一つの組織の長であるこちらの方が、身分も役職も上のはずだ。ならば、強く出ても構わないだろうか。あるいは、そうすべきなのかもしれない。

 小馬鹿にした様子の従僕と目を合わせると、相手は瞬間的に引きつったような顔になった。

「所属と名前を聞いておこう。」

「な、なぜ私が名乗らなければならないんだ。」

「謁見の予定を自由に動かせる人物のことを、知ろうとするのは当然だろう。どこの御大身だ?」

 それほど威圧的に出たつもりはなかったが、従僕は目を泳がせながら口元をひくつかせている。それほどうろたえるなら、初めから仕掛けなければよいものを。

 自分でも、目元がきつくなっていくのを感じる。

「独断か?どなたかの指示か?」

 従僕の顔色が、目に見えて悪くなっていくようだ。


 そこへ、爽やかな声がかけられた。

「ファリエンではないか。」

 見ると、顔見知りの近衛騎士がにこやかな顔で立っている。

「今日は任命式の日では?こんな所で何をしているのだ?」

 軽い会釈を返し、落ち着かない様子の従僕を指し示した。

「謁見の間へ参るところですが、彼に、どちらへ行くべきか聞いていたのです。」

 騎士は笑みを刷いたまま、従僕に視線を移した。顔を歪めたまま答えられずにいるのを見て、片眉を上げる。

「多忙か?私が案内をするか?」

「め、滅相もございません。ご案内を。」

 慌てて返した後、脇に立ち竦んでいた若い従僕に、苦虫を噛み潰したような顔で指示を出す。若い従僕は、どことなくほっとしたような顔をした。


 従僕の先導で回廊へと足を踏み入れると、雰囲気が変わった。

 回廊に面する部屋部屋には、貴族達が詰めていて、歓談を中断し、こちらに視線を向けているようだった。

 精緻な彫刻が施された柱廊から差し込む光は柔らかく、色の異なる石で模様が描かれた床を暖かく照らしている。それに反し、向けられた視線には一様に冷ややかなものがある。

 異境の民、卑しい、汚らわしい、半魔、娼婦、下賤の者。

 それぞれは囁き交わされた言葉だが、方々で交わされているので、きちんと聞こえてくる。カラム峠の戦いの直後に向けられた、憎悪にも似た雰囲気を感じる。

 この世界に来てから、幾度も投げかけられた侮蔑の言葉と見下す視線。

 繰り返されるうちに、流されそうになったこともある。まるで、自分が何か、悪いことでもしたかのように。

 だがそれは、(いわ)れのないものだ。


 私達が異なる世界から来たのは事実だ。この世界で、異境の民が忌避されていることも知っている。

 だが、私達が恥じるべきことは何一つない。

 オリファもそうだ。社会の下層に生まれ、蔑まれる場所で生きてきた。

 だがそれを恥じるべきは、彼女ではない。

 だから、堂々と言える。


―――顔を上げろ。胸を張れ。己に恥じるところがないのなら、うつむくな。


 上位の者に頭を下げろというなら従おう。上下の別は、故郷にもあったのだ。だが、卑屈になる必要はない。異境の民というだけで投げられる言葉に、強要される従属に、自分を縛りつけ卑下する必要はない。


 視線を上げ、悪口(あっこう)を振り払い、歩を進める。

 この国が私達の存在価値を認めたのだ。

 ならばその価値を、示し続けるまで。

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