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蒼天の星と漆黒の月  作者: 紫月ふゆひ
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前夜

 『改悛の魔物』の存在は、上の方でも物議を醸したようだが、当面は許容されることになった。その後の討伐にも、時々仲間を連れてやって来て、しれっと参加している。

 飛竜の涙を受け取って感覚を共有することを、私は『契約』と考えることにしたが、他の班員も、契約を交わして飛竜に乗るようになった。慣れてくると、自分が彼らの一部となったように感じ、討伐対象を前にして、動くべき道筋も見えてくるようになった。


 グリサの近郊に魔物の出没が少なかったのは、彼らの生息地と重なるからだ。弱い魔物は、わざわざ近づこうとしない。魔除けの草は、どうやら彼らと何か関係があるようで、本当の群生地は彼らの生息地にあった。オリビアが通っていた村には、昔、飛竜の営巣地があったようだ。


 普段、彼らは生息地にいて、必要な時はあっという間に飛んでくるのだが、王都の傍に一時待機所があると便利だと思うこともある。さすがに街中ではパニックが起きるので無理だが、王都の西北にある森の使用許可が下りた。そこなら、他国から来る人の目には触れないし、周囲の住民も少ない。それでも近隣の農民は不安そうだが、慣れてくれるのを待つしかない。

 オリビアは、そこでも魔除けの草の栽培を試みることにしたようだ。花の汁は最も効果的だが、一年に一度しか手に入らない。根から出るとろみのある液は、保存がきくので、上手く使えば通年で利用できる武器になり得る。花汁や血を混ぜ込んで保存することもできるかもしれない。

 さらに、魔物の毒となる血の代わりに、涙が使えないかという意見が出てきた。飛竜の涙を見て思いついたものだ。その実験のためか、最近、葱を切りながら号泣している班員と、器を手に待ち構えているオリビアをよく見かける。




「それでね、班長。」

「・・・何かな?」


 待機所と栽培地の視察が一通り終わった時、オリビアが改まったように話しかけてきた。いつもは名前で呼びかける班員が、班長と呼ぶのは、何か相談事があったり、後ろめたいことがある時だ。オリビアがもじもじと言いづらそうにしているのを見て、何となく話の方向性はつかめた。

「相手は誰?」

 オリビアはほんのり頬を赤らめた。マリエルの結婚以来、真剣に付き合う相手を見つけたり、結婚に至ったりする班員が、何人かいる。しかし、オリビアの口から出た名前は少し意外だった。魔除けの草のために王都から度々出ていく彼女に、護衛兼監視として同行していたのだから、見ようによっては必然ではある。どのような人物であるかは知っているから、そこに不安はないが、問題は別にあった。


「彼は、貴族でしょう?」


 近衛騎士の彼は、れっきとした貴族だ。子爵家の五男坊だから、おそらくは一生騎士として過ごし、子孫は騎士位の家系となっていくだろうが、それでも今は貴族である。

 今までは、平民が相手だった。それでも、家族の反対にあった人はいる。貴族の場合は、推して知るべしだ。そうでなくても、平民と貴族の間には、越えられない壁があるようなのだから。身分制度のない時代に生まれ、国民みな平等の社会に育った私達には、感覚的に分からない問題ではある。

 ヤナの話では、昔のドイツには、息子が平民と結婚したことが気に入らず、息子の留守中にその嫁を殺してしまった貴族がいたらしい。平民と貴族が結婚することは貴賤結婚となり、相続権を失うのも当たり前だったという。この世界でも、アムネス・ディオラの件がある。爵位を継がない彼との結婚で、そこまで酷い状況にはならないだろうが、家族がどのような反応をするのか、とても心配だった。





 曇りがちの冬の日が、柔らかく墓地を照らしている。神殿の中でも、この一角は特に静かだ。以前は無縁墓地の片隅にあった仲間の墓所は、少し拡張されて、彼女達の名を刻んだ墓碑も置けるようになっていた。アーシが頻繁に手入れをしてくれているおかげで、荒れた様子はなく、常に何かの花が咲いている。あれから、もうすぐ二年になる。もう、聞こえるはずのない彼女達に、近況報告をする。

 仲間はまた少し増えた。異民も、この世界の出身者もいる。そして、亡くなってしまった者もいる。魂だけでも、故郷に帰れたならば、少しは慰めになるのだけれど。


 マリエルは最近、男の子を産んだ。ぷっくりした頬とつぶらな瞳がとても可愛い。まだ首が座らず、手などは大人の指一本を握るのがやっとなほど小さいのに、泣く時は意外に力強い。片腕でも抱えられる大きさだけれど、温かくて、命の重みをずっしりと感じる。マリエルは、故郷にいた時も兄弟に囲まれていたから、赤ん坊の面倒を見るのは初めてではないが、新米ママとして奮闘中だ。

 結婚後は兵舎を出て街中で生活しているのだが、異民であることが近所に知られて、大変だった時期がある。元々の差別意識もあるが、カラム峠の戦いのわだかまりを、まだ抱えている人もいるのだ。あの若い兵士は、約束通り、マリエルを守るために奮闘したようだ。既にマリエルと打ち解けていた数人のおかみさんが、味方になってくれたことは、心強いことだった。度々手伝いに行っていたアーシも、良い効果を齎(もたら)したようだ。十歳をようやく超えたアーシは、大分しっかりしてきたが、澄んだ瞳は健在だ。マリエルも穏やかな性格だが、まだ子供のアーシが、曇りのない笑顔で、健気に働いている姿は、周囲の大人の気持ちを和らげるのに、ずいぶん貢献したらしい。



 神殿を出ようとした時、修養生達が、何かの荷物を運んでいるところに出くわした。黒服の近衛騎士達が、その様子を見守っている。既視感を覚えてその様子を見ていると、騎士の方でも、こちらに気づいて話しかけてきた。

「レーナ班長。」

「副長殿。」

 軽く会釈をしながら答えると、近衛隊の副長は面白いものを見るような顔をした。ここには、お辞儀の習慣がないから、いつも不思議そうな顔をされる。こちらは、体に染みついた習慣なので、意識していないとつい表に出るのだ。

「このような所で会うとは奇遇だ。神殿に用か?」

「神殿ではなく、墓所です。」

「ああ、そうか。」

 副長は、得心したように頷いた。

「報告に来たのか?」

「それもあります。」

 副長は少しだけ改まった顔をして、修養生達に背を向けた。

「時に、班長。うちの隊士とそちらの班員のことだが。」

「はい。」

「君は、反対か?」

 オリビアの件だということは分かる。副長が気にしているということは、近衛隊の中でも、結構な関心事なのだろうか。

「私が反対したり、許可するようなことではありません。心配なだけです。」

 何度か相手の騎士とも話をしたが、やはり先方の家族は反対しているようだ。正式な妻ではなく内縁ならば、というところまでは譲歩しているようだが、彼は正式な婚姻を望んでいた。今のところ、本人の気持ちは固い。家族と仲違いはしたくないから、根気強く説得すると言っていたが、出来なかったらどうするのだろう。諦めるのだろうか。それとも、勘当覚悟で想いを貫くのだろうか。どちらにしても、オリビアが傷つきそうだ。

「ご家族は、お認めにならないでしょう。身分は、どうにもなりません。」

「近く、状況が変わる。聞いているな?」

「はい。」

「それで、流れが変わるかもしれない。」

 近々、変化が起こることは聞いているが、それがこのことに、どの程度影響するのか、よく分からない。その時は祝福して欲しい、と副長は言ったが、こちらも出来ればそうしたいところだ。何の問題もなく送り出せるなら、それが最も幸せなことなのだから。

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