表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の日常、干渉されすぎ。  作者: 江戸川竜也


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/41

第22話「遅い」

 水曜日。放課後。

 帰り道。一人。ミラは「用事がある」と先に帰った。何の用事かは言わなかった。ミラが言わない用事は大体ドローン関連か偵察だ。

 商店街を抜けて住宅街に入る。夕陽が長い影を作っている。静かだ。ドローンの気配もない。追跡型もいない。索敵蟲もいない。

 ——静かだ。

 静かすぎる。

 ここ一週間、毎日何かしらの敵が来ていた。何も来ない日は一日もなかった。それが今日は——何もない。

 嫌な予感がする。何もない日は、何かの前触れだ。

 路地を曲がった。

 ——人がいた。

 同い年くらいの少年。端正な顔。表情がない。姿勢が良い。動きに無駄がない。ブレザーの制服——うちの学校のものではない。

 路地の真ん中に立っている。退かない。通せんぼのように。

「……誰?」

「真壁律。REVISIONの協力者」

「REVISION——ミラと同じ組織か」

「同じ組織。違う立場」

「違う立場って——」

「遅い」

「は?」

「判断が遅い。問いを聞いてから返答までに2.3秒。——遅い」

「初対面の人間に計測されるのは初めてだけど——」

「また新キャラか。もう覚えきれない」

「……その感想も遅い」

「遅い遅いうるさいな! 何が目的だ」

「確認。——お前の実力の確認」

 律の手が動いた。

 速い。

 見えなかった。見えなかったのに——右頬に衝撃が走った。

「——っ!」

 殴られた。いつの間に。ブレードでも銃でもない。拳。素手。なのに——衝撃が重い。

【敵性行動検知。対象:目前の個体。推奨:即時反撃——】

「反撃!」

 右手のエネルギーを振る。律の顔面に向けて——

 律が半歩動いた。半歩だけ。

 右手が空を切った。

「遅い」

 腹に衝撃。蹴られた。膝が折れる。

「判断が遅い。行動が遅い。全部遅い」

「お前っ——」

 立ち上がる。左手シールド。律の次の攻撃を防ごうとする。

 律はもう動いていた。シールドの横を通り過ぎる。シールドが展開される前に、懐に入っている。

 肩を掴まれた。投げられた。地面に叩きつけられる。背中の衝撃。息が止まる。

「AXIOMの補助に頼りすぎてる」

 律が見下ろしている。無表情。敵意がない。殺意もない。——ただ、事実を述べている。

「AXIOMが動く前に俺が動く。お前の反応は全部AXIOMの0.5秒遅れ。——つまり、AXIOMが落ちた瞬間、お前は何もできない」

 先週の妨害型のことが頭をよぎった。AXIOMが落ちた時、俺は三機中一機しか倒せなかった。

「……分かってる」

「分かっていて改善しないのは怠慢だ」

「改善って——」

「自分の判断で動け。AXIOMに委ねるな。——お前の体だろう」

 律が手を差し出した。起こしてくれるのか——と思ったが、違った。手を引っ込めた。

「自分で立て。それも判断だ」

 立った。膝が笑っている。三発しか食らっていないのに全身が痛い。律の打撃は正確すぎる。急所を的確に突いてくる。無駄がない。

「お前、強いのは分かったけど——」

「判断が遅い。行動が遅い。全部遅い」

「はいはい遅い遅い。で、なんで俺のカバン持ってくれてんの?」

 律の左手に、俺のカバンがあった。

 戦闘が始まった瞬間に地面に落とした。それを——律が拾っていた。戦闘中に。殴りながら。俺を叩きのめしながら、片手でカバンを拾っていた。

「……落ちていたから」

「拾ってくれたのか」

「落ちているものは拾う。効率的だ」

「効率的って——踏まなくて済むからか」

「それと、お前が拾う動作分の時間が無駄だから」

「……お前、意外と優しいな」

「優しくない」

「優しいよ。殴りながらカバン拾ってくれる人、他にいない」

「……効率的なだけだ」

「それを優しさって言うんだよ」

「…………」

 律が黙った。無表情のまま。何かを考えている——のか、何も考えていないのか。

「お前、友達いないだろ」

「いない」

「即答すんな」

「事実だ」

「事実でも間があった方がいい。コミュニケーションには間が必要なんだよ」

「間は遅延だ」

「お前の辞書に『余裕』って言葉ないのかよ」

「ない。余裕は隙だ」

「……話にならん」

 カバンを受け取った。律の手から。汚れていない。律が持っている間、地面につかないように持っていたのだ。

 ——優しいじゃないか。

「もう一つ」

「何」

「お前は守っている。ミラを。他の人間を。——でも、守り方が遅い」

「守り方に速さもクソもないだろ」

「ある。守るべきものを守れなかった経験がないからだ。——だから遅い」

「…………」

「守れなくなった時に分かる。速さの意味が」

 律が踵を返した。去っていく。振り返らない。

「……名前、真壁律だっけ」

「そう言った」

「俺は岐堂選」

「知ってる」

「知ってるのか」

「……遅い」

 最後まで「遅い」だった。律の背中が路地の角に消えた。

【戦闘ログ記録完了。対象:真壁律。評価:使用者の完敗】

「……分かってるよ」


 夜。自宅。

 ミラが夕飯を作っている。今日はハンバーグ。台所から肉の焼ける匂いがする。

「……ミラ」

「何」

「真壁律って、知ってる?」

 ミラの手が止まった。フライパンの上でハンバーグがじゅうじゅう言っている。

「……知ってる」

「REVISIONの協力者だって。——ミラと同じ」

「同じ組織。違う立場」

「律も同じこと言ってた。——あいつ何者なんだ」

 ミラがフライパンを返した。ハンバーグが裏返る。

「律は——別世界線のあなたの可能性」

「別世界線?」

「平行世界。あなたが『選ばなかった道』を歩いた可能性」

「……マジ?」

「マジ」

「俺の別バージョンってこと?」

「簡単に言えばそう。——でも、別人。完全に別の人間。同じ出発点から、違う答えを出した存在」

「違う答え……」

「あなたはまだ迷ってる。律は——迷い終わった」

 迷い終わった。律の無表情を思い出す。迷いのない目。断定的な言葉。

「……あいつ結構いい奴だったけど」

「いい奴?」

「カバン持ってくれたし」

「……そういう評価なんだ」

「あと、殴りながらカバン拾うの器用だなって」

「…………」

 ミラが黙った。ハンバーグを皿に盛っている。

「選」

「ん」

「律は——強い。あなたより。今は」

「知ってる。ボコボコにされた」

「でも——あなたが弱いわけじゃない」

「……慰め?」

「事実。——あなたはまだ迷ってる。迷ってるから遅い。でも、迷いは弱さじゃない」

「律は弱さだって言ってた」

「律はそう思ってる。——私は違うと思ってる」

 ミラがハンバーグの皿をテーブルに置いた。

「迷いは——優しさだから。たぶん」

「たぶん」

「……たぶん」

 ミラの「たぶん」が珍しかった。ミラはいつも断定する。「たぶん」を使うのは、自分でも確信がない時だけだ。

「ありがと。——ハンバーグ、美味そう」

「食べて。冷める」

「いただきます」

 美味かった。ミラのハンバーグは間違いなく美味い。

 律の「遅い」が頭の中で響いている。遅い。全部遅い。——でも、ミラは「弱さじゃない」と言ってくれた。

 どっちが正しいのかは分からない。

 ——まだ、分からなくていい。たぶん。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ