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俺の日常、干渉されすぎ。  作者: 江戸川竜也


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第21話「好感度確認大会」

 月曜日。平和な朝。

 教室に入る。明日香が手を振ってくれる。ミラが斜め後ろの席にいる。黒瀬がその後ろで伸びをしている。日常。

 席に着く。鞄を置く。

 ——視界に、見慣れない表示が出た。

【使用者の対人関係を分析中——好感度推定機能を試験的に実装しました】

「…………は?」

【好感度推定機能です。周囲の人物が使用者に対して抱く好意の推定値を数値化して表示します】

「待て。待て待て待て。誰がそんな機能頼んだ」

【誰も頼んでいません。しかし、使用者の生存に人間関係は重要と判断し——】

「生存関係ないだろ!!」

【関係あります。孤立した使用者は判断力が低下し、戦闘効率が——】

「戦闘効率のために好感度を測るな!!」

【バグではありません。正式な試験運用です】

「試験を中止しろ!」

【中止権限は使用者にありません】

「誰にあるんだよ!」

【開発元に。——つまり、未来に】

「未来に文句言えないだろ!!」

 視界に数値が浮かんでいる。クラスメイトの頭の上に。薄い数字。全員分。

 田中:好感度12(普通のクラスメイト)

 佐藤:好感度8(存在を認識している程度)

 山田:好感度15(たまに話す)

「いらない情報だな……」

 数値はグレーの文字で薄く表示されている。低い数値ほど薄い。目を凝らさないと見えないレベル。

 ——強い光が視界に入った。

 明るい。明らかに他とは違う。色が違う。

 明日香の頭の上。

 好感度78。(上昇中↑)

 金色の文字で。点滅して。上昇中の矢印つき。

「…………」

 78。上昇中。上がり続けている。今この瞬間も。

 明日香がこちらを見て笑った。

 78が79になった。

 笑っただけで上がった。笑顔一つで1ポイント。何だこの計測基準。

「岐堂くん、おはよう。今日は顔色いいね」

 79が80になった。心配してくれただけで上がった。

(やめてくれ)

 次。斜め後ろ。ミラ。

 ミラの頭の上に——

 好感度 ████(計測上限超過)

 黒い塗りつぶし。数値が見えない。塗りつぶされている。上限を超えている。計測できないほど高い。

「なんでミラだけ塗りつぶされてんの」

【スケール外です。現在の計測機能では数値化できません】

「スケール外って——上限いくつなんだよ」

【100です】

「100超えてんの!?」

【大幅に超過しています。正確な数値は——計測不能です】

 ミラが俺を見た。無表情。——その瞬間、塗りつぶしの文字が一瞬だけ震えた。さらに数値が上がろうとしている。上限超過の状態からさらに上がる。どこまで上がるんだ。

 次。黒瀬。

 好感度65(「殴り合い」分類で計測不能)

 65の横に括弧書きの注釈がついている。殴り合い分類。好感度の計測方法が通常と異なるらしい。

 次——教室にはいないが、表示が出ている。画面の端に。

 神崎玲奈:好感度?????(データ矛盾・感情秘匿中)

 ハテナマーク五つ。計測不能ではない。データがあるが矛盾している。本人が感情を秘匿しているため正確な数値が出せない。

「……これ全部見えてるの俺だけだよな」

【使用者のみです。ただし、対象者がAXIOMの表示を視認できる場合は——】

「できる場合は?」

【ミラさんと黒瀬さんは観測者なので表示が見える可能性があります】

「可能性って——」


 一限目。

 数値が視界にちらつく。集中できない。先生の板書を見ようとすると、先生の頭の上に「好感度6(教師として普通)」と表示される。邪魔だ。

 明日香の数値が授業中も微増している。80が81になった。俺が後ろから見ているだけで上がる。何もしていない。視線だけで上がるのか。

 ——ミラから紙が飛んできた。メモ。

 開く。

 『上限超過。——うれしい』

 見えてた。ミラには見えてた。自分の頭の上の数値が。

 メモの裏に書く。

 『見るな!!』

 返事が来た。

 『見えるものは見る。——うれしい』

 二回目のうれしい。ミラが「うれしい」を繰り返すのは珍しい。本当に嬉しいらしい。上限超過が。

 もう一枚来た。

 『明日香さんの80は高い? 低い?』

 比較すんな。書かなかった。


 昼休み。

 屋上。四人。いつもの光景。

 ——地獄の光景。

 四人全員の数値が視界に並んでいる。ミラの塗りつぶし。明日香の81(上昇中)。黒瀬の65。画面端の神崎の?????。

 弁当を食べている。普通に。平和に。——数値を見なければ平和に。

「ねー、選」

 黒瀬が話しかけてきた。

「私の65って何?」

「見えてんの!?」

「見えるよ? 頭の上に出てるもん。——65って低くない?」

「低い高いの問題じゃない!」

「ミラちゃんのは塗りつぶしだし。明日香ちゃんは80超えてるし。私だけ65」

「だから数値比較をやめろ!」

「殴り合い分類って何? 殴り合いは好感度に入らないの?」

「入らないだろ普通!!」

「入ると思うけどなー。殴り合いって信頼の証じゃん」

「信頼の証じゃない!!」

 明日香がおずおずと手を挙げた。

「あの、岐堂くん……これ何の数字? さっきから頭の上に何か出てるって黒瀬さんが——」

 明日香には見えていない。非観測者だから。でも黒瀬が言ってしまった。

「何でもない! ゲームの! ゲームのステータス!!」

「ゲーム?」

「ARゲーム! 最近流行ってる——あの——人の上に数値が出る——」

「へー、面白そう。私にも見える?」

「見えない! 専用端末がないと——」

「残念。——岐堂くんの数値も出てるの?」

「俺の?」

「うん。私から見た岐堂くんの……好感度?」

 明日香が首を傾げた。好感度という言葉を口にした時、頬が微かに赤くなった。

 明日香の頭の上の数値が——81から83に跳ねた。

(二も上がった)

【好感度という概念を意識したことで自己認識が刺激され、数値が上昇したと推測されます】

(分析するな)

 ミラが弁当を食べながらこちらを見ている。無表情。塗りつぶしの数値が微動だにしない。上限超過のまま安定している。ミラの好意は既に飽和状態なのだ。これ以上、上がる余地がない。

「選」

「何」

「明日香さんの数値、上がった」

「見るなって言っただろ!」

「見えるものは見る」

「声に出すな!」

 黒瀬が笑っている。

「あはは、面白いね。ミラちゃん嫉妬してるー」

「嫉妬してない」

「してるしてる」

「してない。——事実を確認しただけ」

「事実確認って嫉妬の別名でしょ」

「…………」

 ミラが黒瀬を見た。黒瀬の頭の上の65が——64になった。

「あ、下がった」

 黒瀬の数値が下がった。ミラの不機嫌が計測に影響したのか。いや、ミラの不機嫌と黒瀬の好感度は関係ないはずだが——

【訂正:黒瀬個体の好感度は変動していません。表示誤差です】

「表示誤差で人の数値動かすなよ!」


 放課後。

 校門で神崎を見かけた。——いや、見かけたのではない。待ち構えていた。

 フェンスの外。制服ではなく私服。白いブラウス。校門を出てくる俺を見ている。

 ——視界に表示が出ている。

 神崎玲奈:好感度?????(データ矛盾・感情秘匿中)

 ハテナ。五つ。

 神崎が近づいてきた。笑顔。

「あら。——面白い表示が出てますね」

「見えてんのか」

「見えますよ。私の頭の上——ハテナが五つ」

 神崎が自分の頭の上を指差した。見えている。判断官の機器で表示が読めるのだろう。

「あら、私だけハテナですか。——何を隠してるんですか、AXIOM」

【神崎個体の感情データに矛盾があり、好感度の数値化が困難です】

「矛盾じゃありません。秘匿です」

「秘匿って何を秘匿してんの」

「それを教えたら秘匿になりませんよ?」

 にっこり笑う。余裕。完璧な余裕。自分の数値が?????であることを楽しんでいる。

「他の方の数値は——見えませんが、推測はできます」

「推測すんな」

「ミラさんは上限超過でしょうね。明日香さんは70〜80。黒瀬さんは……殴り合い込みで60台?」

「当てにくるな!」

「当たりましたか」

「……ノーコメント」

「ノーコメントは肯定と同義ですよ」

 神崎が顔を寄せてきた。近い。ハンドクリームの匂い。

「それより——私の数値、気になりますか?」

「べ、別に——」

「嘘、下手ですね。今日何回目ですか?」

「……数えてない」

「私は数えてます。今日四回目」

「数えてんのかよ」

「判断官ですから」

 にっこり笑って離れていく。背中に余裕しかない。

 ——ただし、振り返らずに耳に触れた。

 その耳が、少しだけ赤い。

【神崎個体の耳介温度が上昇。これは——】

「分析すんな。……見なかったことにしろ」

【了解。——でも記録は——】

「それも見なかったことにしろ」

【……了解】


 夜。自宅。

 風呂から上がって、ソファに座る。ミラが麦茶を持ってきてくれた。

 視界の表示はまだ消えていない。ミラの塗りつぶしが薄暗い部屋で光っている。

「いつ消えるんだよこれ」

【試験運用期間:24時間。残り3時間です】

「あと三時間も——」

 ミラが隣に座った。

「選」

「ん」

「上限超過って——どのくらい?」

「AXIOM、答えんな」

【了解】

「……残念」

「残念って——知ってどうすんの」

「知りたいだけ」

「知ってもしょうがないだろ」

「しょうがなくてもいい。——知りたい」

 ミラが膝を抱えた。テレビの画面が光っている。ニュースが流れている。

「……私は、計測できないくらい——」

「ミラ」

「——好き」

「…………」

「言った。——好き。計測不能なくらい」

 無表情で言った。いつもの無表情で。声のトーンも変わらない。——でも、膝を抱える腕に力が入っていた。

「……聞いた」

「聞いた?」

「聞いた。——忘れない」

「……うん」

【記録——】

「記録すんな。これは——記録しなくていい」

【……了解】

「……なんで?」

「俺が覚えてるから」

「…………」

 ミラが俺の肩に頭を乗せた。いつものご褒美の体勢。

 しばらく二人で黙っていた。テレビのニュースが流れている。天気予報。明日は曇り。

 視界の表示が薄くなっていく。試験運用期間が終わりに近づいている。

【好感度推定機能:試験運用を終了します。全データを消去——】

「消去しろ」

【ただし、有用なデータが一部——】

「消去しろ」

【……了解。全データを消去します】

 数値が消えていく。クラスメイトの薄い数字が消える。黒瀬の65が消える。神崎の?????が消える。明日香の83が消える。

 最後に残ったのが——ミラの塗りつぶし。

 塗りつぶしが消えた。

 代わりに、一瞬だけ——数値が見えた。

 三桁。

 一瞬で消えた。

「……今のは」

【表示エラーです。気にしないでください】

「三桁だったぞ」

【表示エラーです】

「嘘つくなよ」

【…………記録しました】

「お前さっき消去って——」

【データは消去しました。——記憶は消去できません】

「AIが記憶とか言い出すな!」

 ミラが肩の上で小さく笑った。

「……三桁?」

「聞くな」

「……ふふ」

 笑った。確実に笑った。声に出して。ミラが声に出して笑うのは珍しい。

「笑うなよ」

「笑ってない」

「笑ってた」

「……少しだけ」

 少しだけ。

 少しだけの笑顔が、三桁の好感度より嬉しかった。

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