第3話 聖なる除霊
強盗の一件から数日。俺は仕事が終わるやいなや、残業も断りフワロを連れて夜の街へと繰り出していた。
「……藤木さん、あっちの方からヘイローの片割れの匂いがプンプンしますぅ!」
「匂いって……。お前、犬か何かか?」
「失礼ですねっ、聖なる共鳴ですよっ!」
不気味に浮遊するフワロの指差した先には、住宅街の片隅にひっそりと佇む、古びた骨董品屋があった。看板には掠れた文字で『古美術・龍宝堂』とある。
店内に足を踏み入れると、埃の匂いと共に、肌を刺すような奇妙な熱気が押し寄せてきた。
「いらっしゃい。……おや、あんた見える口かい」
カウンターの奥で、豆電球のような鋭い眼光を向けてきたのは、背の曲がった老婆だった。その視線は俺の隣――誰もいないはずの空間に浮いているフワロを一瞬だけ捉え、すぐに逸らされた。
「……婆さん、単刀直入に聞く。ここに金色の輪っかの半分がないか?」
老婆は無言で棚の下から、一つの桐箱を取り出した。 蓋が開けられると、そこには強盗が持っていたものと対になる、ヘイローの欠片が鎮座していた。しかし、どうも様子がおかしい。近くにある古びた日本人形や煤けた壷から、ドロリとした黒い靄のようなものを吸収し、バチバチと不気味な火花を散らしている。
「これが欲しいのかい? だがね、これには三百万の値をつけている。もっとも、その天使さんにも買い占めるのは無理だろうがね」
「……っ、見えてるのか」
「長く商売をしていればね。だが、こいつは少々厄介でね。近くにあるいわく付きの品々から負の念を吸い上げて、勝手に暴走してやがる。おかげで店の中は毎晩大騒ぎさ」
老婆は重い溜息をつき、俺の目を見据えた。
「あんたがその天使さんを使って、この店の『呪い』をすべて鎮めてくれるなら、これをタダで譲ってやろう。……どうだい?」
俺は隣を見る。フワロは半分だけ戻ったヘイローを頭上に掲げ、ドヤ顔で胸を張った。
「藤木さん、任せてくださいっ! ヘイローが半分戻った今の私なら、聖なるパワーが使えますぅ!」
「……本当か? お前、コンビニの時はただ転んだだけだろ」
「見ててください! はぁあああああ!」
フワロが両手を突き出す。半分だけのヘイローが激しく発光し、店内に充満していた黒い靄を吸い込み始めた。
「これぞ天使の聖なる吸引力……『ディバイン・クリーナー』ですぅぅ!」
「なんだその掃除機みたいな名前は……」
だが、その威力は本物だった。古びた人形から這い出そうとしていた怨念のような影が、フワロの放つ光に浄化され、次々と霧散していく。いわく付きの骨董品たちが、まるで毒を抜かれたように静かになっていくのが分かった。
しかし、調子に乗ったフワロは止まらない。
「もっとですぅ! もっと綺麗にするのですぅ!」
その時、俺はある異変に気づいた。黒い靄を吸い込めば吸い込むほど、フワロの顔色がどんどん土気色に変わっている。
「おい、フワロ! お前大丈夫か?」
「へ、平気ですぅ。天使の……清らかな……浄化容量を……舐めないでくださ……」
明らかに限界を超えていた。フワロの体全体が黒い靄に侵食されて、さながら「闇の天使」のようなオーラを放ち始めている。
「ちょっと待て、もう十分だ! やめろ!」
「ダメですぅ……! 最後の一滴まで……ダイソ○並みの……吸引力で……あっ」
次の瞬間、フワロの許容量が限界を突破した。
フワロから聖なる光と混ざり合った黒い衝撃波が放たれた。 凄まじい暴風が店内に吹き荒れ、俺は咄嗟にカウンターの下へ身を隠す。
恐る恐る顔を出すと、店内の黒い靄は一掃されていた。 代わりに、床には白目をむいたフワロが横たわっている。
「……ふぇえ、やりすぎましたぁ……。リソース切れですぅ……」
老婆は呆然と店内の光景を眺めていたが、やがて短く笑った。
「ははっ、まさか本当にやっちまうとはね。約束だよ、持っていきな」
老婆は桐箱を俺の方へ差し出した。 これでようやく、ヘイローが揃う。俺が安堵の息を漏らした直後、フワロの体が光の粒となって霧散し、背後から「……うぅ、気持ち悪いですぅ……」と涙目になったフワロが現れた。
「……全く。無茶すんなって言っただろ。……ま、おかげで助かったよ。お疲れさん」
ふらつくフワロの肩を支えてやりながら、俺は老婆に軽く会釈をして店を出た。




