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接触

千枝ちゃんが妹になってから一ヶ月。再婚でひと悶着あるかと思ったけれど、新しい家族の間に問題らしい問題は起こらなかった。私も千枝ちゃんも同じ学校に通っていたから転校もなく、お母さんと二人で暮らしていたアパートから出て、千枝ちゃんとお父さんの住む一軒家に引っ越すだけで済んだ。お父さんもお母さんも、再婚が子どもたちの精神的な成長になにか問題を起こすのではと心配していたようだけど、私に関しては言うまでもなく、見る限りでは千枝ちゃんも大丈夫そうだ。未だに私と話すときは目を見てくれないけれど、そんなところも可愛い。ただ、あんな調子だと、学校でうまくやっていけているのかが少し心配だ。


「どうした? ぼーっとして。何か考え事か?」


隣から聞こえる弘樹の声にはっとした。弘樹は、所謂幼馴染だ。ゲームとは一切関係がない。住んでいたアパートの管理人の息子だったから、小さな頃からよく遊んでいた。一緒に虫取りに行ったり、雪合戦をしたり、年相応の男の子らしいことをするときは、いつも弘樹が一緒だったように思う。引っ越す前は毎日一緒に学校から帰っていたが、今は途中で別れる。新しい家は校区の境目にあって遠いため、同じ方角に帰る人はあまりいない。


「いや、なんでもない。ちょっとしたことだから」


「……お前がなんでもないって言うときは大抵何かあるんだよ。まあ、聞いても答えないってわかってるからいいけど。お前は俺と違って頭いいし、なんでもできるもんなあ。そりゃ考えないといけないことも多いわなあ。とりあえず、悩みとかあるんだったら遠慮なく話せよ。力になれるかは保証しないけど」


「……ああ、心配かけてごめんな」


「ちょ、なんでそんなしんみり返すの? 空気が重い! キモい。マジキモい。お前がやると絵になるから余計に気持ち悪い! 普通友達に『心配かけてごめんな』とか言わねえよ! あれだろ、そういう優しい言葉で数々の女子を毒牙に……」


「かけてない! 第一、お前がそういう空気にしたんだろ! なんだよ? 『悩みとかあるんだったら遠慮なく話せよ』って」


「いや、お前みたいに優しい話し方したらモテるかなーって思って、最近ああいう話し方頑張ってた」


「ごめん、全く似合ってないからやめたほうがいいと思う」


「真顔で言うな真顔で! うえーん、真一くんが酷いこと言うから弘樹泣いちゃうー……」


「さっきの話し方よりはその気持ち悪い泣き真似の方がマシだわ……、本当にない、あれは。冷静に考えると物凄い気持ち悪いこと言ってたな、お前も僕も」


「……だな。もうあれやめるわ。小学生であんな話し方を使いこなせるのはお前くらいだよ。あ、褒め言葉だからな」


「……褒められてる気が全然しない」


 こんなふうに軽口を叩きあえる友達は、たぶん弘樹だけだろう。過去の失敗談だとか、恥ずかしい体験だとかを共有しているからこその心地いい距離感がある。


「じゃあ、また明日」


「おう!」


 弘樹と別れたところから家までは30分近くある。ここからは一人だ。一人になるとどうしても考え事をしてしまう。千枝ちゃん……途中まででも一緒に帰る友達とかいるんだろうか。小学生の女の子一人でこの距離を帰るのは少し危ない気がする。特に千枝ちゃんは可愛くて、小さくて、気も力も弱そうで……最近多いロリコンの大多数の好みにドストライク。変質者の格好の餌食じゃないか。一応防犯ブザーは持っているはずだけど、もしもの時は慌ててしまって押せないかもしれない。これからは私の授業が終わるのを待ってもらって、一緒に帰るようにしたほうがいいんじゃないか。今日はもう家に着いているだろうから、帰ったら話してみよう。


「…いじょうぶ、大丈夫だから、一緒に来て」

「で、でも、そんな」

「いいから来なさい!」


 耳を疑った。若い男の声と、消え入りそうな千枝ちゃんの声。帰ったら話してみよう、なんてのんきなことを言っている場合ではなかった。事件は今起こっている。声のした方向へ走ると、二十代前半くらいの金髪の男に手を握られた千枝ちゃんの姿があった。


「千枝ちゃん!! 大丈夫!?」

「わっ、えっお兄ちゃん!?」

「え? 誰?」

 千枝ちゃんを掴むロリコンの手を無理やり振りほどき、千枝ちゃんとロリコンの間に立つ。

「千枝ちゃんに何するんだこのロリコン!」

「ろ、ロリコンって……俺のこと?」


 驚いてこちらを見るロリコンに今度は目を疑った。ややタレ気味の大きな目を基盤に、恐ろしいくらいに整った顔立ちと、細いようだが頼りなくは見えないスラッとした体つき。間違いない、『恋サク』の攻略キャラの一人、蓮城探(れんじょうさぐる)だ。髪色が違うためすぐにはわからなかった。ゲームでは髪は黒だったけれど、今目の前にいるこいつは金髪。まあ、教師キャラだったから、教員試験前とかになってから染めるんだろう。


「お前以外にいないだろ。小学生の女の子の手を引っ張って無理に連れて行こうとする犯罪者が!」


例え攻略キャラといえども千枝ちゃんを連れ去ろうとしていた事実は明白だし、ゲームでも教え子に手を出しているんだからロリコンであることには変わりない。私と千枝ちゃんの平和のために滅びろ。


「ま、待ってお兄ちゃん、違う、無理やり連れて行かれそうになってるわけじゃなくて!」


 泣きそうな顔の千枝ちゃんに袖を掴まれた。


「あの子が、猫が、大変で」


千枝ちゃんは、普段の様子からは想像できないくらい真剣に、はっきりと話してくれた。神社に捨てられていた猫に餌をやっていたこと、猫が心の支えのようになっていたこと、その猫がうずくまり動かなくなって慌てているところに蓮城さんが通りかかり、病院に連れて行こうとしてくれていたこと。行くのを渋っていたのは診察代や治療費をどうするか決めていなかったから、らしい。時間を取りたくないのか簡潔に要点だけを話す姿に千枝ちゃんの別の一面が見えた気がした。


「ちょっと見た感じ、栄養バランスが悪くて参っちゃったんだと思う。診察代とか治療費は俺が出すし、終わったら引き取って育てるつもりだから、大丈夫。心配しないで」


 蓮城さんも、教師を目指すだけあって子どもの宥め方がどこか慣れている気がする。私一人勘違いで空回ってしまったことが恥ずかしい。それに、結構ひどいことを言ってしまった。


「勘違いでいろいろと言ってしまってすみません。冷静になるべきでした」


「いいよ、気にしないで。この子……千枝ちゃん、だっけ? 可愛いし気が弱そうだし、お兄ちゃんとして心配になるのはわかるから。俺が本当に千枝ちゃんを連れ去ろうとしてたんなら、あれぐらい早く動きはじめないと手遅れの可能性もあったからね」


 さりげなく私にもフォローを入れるあたりさすがだ。こういうところはやっぱり大人なんだなあと思う。


「でもそこまでしてもらうのは悪いです……両親と相談して、せめて治療費くらいは出さないと」


 こんないい人、しかも初対面の人に何もかも全部させてしまうのは申し訳ない。


「そんな! いらないよ。今からこの子は俺の飼い猫だ。飼い猫の体調管理は飼い主としての義務だから他の人から治療費を貰うなんてダメダメ。それに俺もう猫三匹飼ってるし、一匹くらい増えたところでどうってことないよ」


 微笑みながら言うでない! 笑顔が眩しい! これだからイケメンは! 頬を染める、なんてことはしないけど、どうしても一瞬言葉が出なくなる。イケメンの微笑みはやっぱり凶器だ。自分もその凶器を持っていることを念頭に置いて行動しないと後々修羅場がやってきそうで怖い。


「ご迷惑をおかけしてしまって本当にすみません」


 私が謝る横で千枝ちゃんがペコリと頭を下げた。


「謝らなくていいって。君たちまだ小学生だろ? 子供のうちはそんな難しいこと考えないで、元気に『ありがとう!』って言ってればいいの。そう言ってもらえれば俺としてもいいことしたなって思えて嬉しくなるから」


「「っ、ありがとうございます!」」


 猫の回復は早かった。連城さんの言うとおり千枝ちゃんのあげていた食べ物にも問題があったようだ。ちくわは猫の食べ物にしては塩分が多く腎臓に悪い。牛乳は猫の母乳より栄養が少なく、また乳糖でお腹を下してしまう可能性があるらしい。この話を聞けば千枝ちゃんは自分のせいで……と落ち込むのではないかと思い、慰めようとしたが「私が食べ物を運んでいなかったらこの子はもうとっくに死んでいただろうから」と冷静に返されてしまった。ちょっと寂しい。


猫を三匹飼っているという蓮城さんだ、彼に任せればもう心配しなくていいだろう。


 正統派乙女ゲームの攻略キャラは伊達じゃない。見た目だけじゃなく中身もイケメンだ。前世にはああいう行動に出るような人はいなかった。見ず知らずの女の子が慌てているところに声をかける人、という時点で犯罪目的を除けばほとんどいないような世の中だ。猫を病院に連れて行って、かかるお金も全額負担して、気負いしないように的確に声をかけて……すべて彼が連城探だったからこそできたこと。そして、私自身もこの世界ではそういうことが可能な攻略キャラの一人。前世の記憶と培った常識にばかりとらわれていればこの世界で生きていくのは難しい。別物なのだとちゃんと割り切って見ていかなければ。


グダグダな上に投稿ペースが遅くすみません

お気に入り登録など、ありがとうございます

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