静寂の一時
どのくらい泣いたのか、ステラの目は真っ赤に腫れていた。
私も少し泣いたせいで、目が乾いてつらい。
「……もう、大丈夫?」
「ひっく……うん」
ステラは鼻をすすりながら、私に強く抱きついていた腕を緩めた。
彼女が落ち着いたのを見て、私は心に決めていたことを口にする。
「ステラ、私はあきらめたくないの。あなたが帰っても、繋がっていられる方法を考えよう」
「繋がる……? そんなことできるの?」
「わからない……でも、今ここには頼れる人がたくさんいる。きっと手がかりは見つかるはず」
「……うん! 私も一緒に考える!」
互いに小さく微笑み合い、私はステラの部屋を後にした。
外はすっかり暗くなっていた。
部屋の前で待っていたアイセルと合流し、私は自室へ戻る。
「ディアナ、目が少し赤いね」
「やっぱり? どうにか隠せないかな」
(テオ様に見られたら、心配されそうだ)
アイセルは「これだ」と言わんばかりに目を輝かせ、私の前に出る。
「ご褒美をくれたら、僕が隠してあげるよ」
期待に満ちた目で、じっとこちらを見つめてくる。
私は手を伸ばし、彼の頭を優しく撫でた。
「……ふふ」
アイセルは心地よさそうに目を細める。
使い魔になってから、彼は時々こうして甘えてくる。
猫の姿とはまた違う感覚なのか、人の姿のときに頭を撫でられるのを、ご褒美として望むのだ。
(そんなことでいいの?)と思うこともあるけれど、本人が嬉しそうなので何も言わない。
「お願い、アイセル」
「うん、じっとしててね」
満足したアイセルは私の顔に手を添え、親指で目の下をなぞる。
「はい。明日の朝まで見えなくしたよ」
「ありがとう。おやすみなさい」
アイセルと別れ、私は寝室へ戻った。
灯りのない部屋に、月の光が差し込む。
テーブルの上には、ムーンストーンと小さな真珠を繋いだブレスレットが置かれていた。
それを手のひらに乗せて眺める。
月光を受けて、きらきらと静かに輝いている。
――このブレスレットが作られた日のことを思い出すと、胸が締めつけられる。
この幸せな時間は、もうすぐ終わる。
――コンコンコン
ノックの音。返事をする間もなく、扉が開いた。
「……何をしていた?」
入ってきたテオ様は、すぐに私を見つけた。
「月を眺めていました」
テオ様はソファに腰を下ろし、手を広げる。
緊張で息をのみながら、私はブレスレットを腕につけ、彼の膝の上に座った。
そのまま懐に収まる。
大きな体に包まれ、鼓動が早くなる。
それでも、不思議と安心してしまう。
テオ様は私の髪を撫で、頭上に自分の額を軽く乗せた。
深く息を吸う気配がする。
(うう……何度やっても、この雰囲気は慣れない)
昔のようにあやすだけの触れ合いではない。
少し甘さを帯びた距離感に、体がじんわりと熱くなる。
「聖女と会っていたそうだな」
どうやって知るのか、ステラと会うたびにテオ様は把握している。
そして毎回、少し拗ねたように聞いてくる。
「少し話していました……ステラたち、もうすぐ国に帰るそうなので」
「そうか」
それ以上、何か言うことはなかった。
今回は、別れが近いことを察して、拗ねるのを控えてくれたのかもしれない。
しばらく静かな時間が流れた後――
私は決意して口を開く。
「テオ様、少し相談したいことが……」
「なんだ?」
赤い瞳に見つめられ、深く息を吸う。
「遠くにいても、会える方法はありませんか?」
テオ様は顎に手を当て、少し考える。
「長距離の瞬間移動は魔力の消耗が激しい。現実的ではないな。だが……姿や声だけなら、不可能ではない」
「本当ですか!」
思わず身を乗り出す。
「あっ」
距離の近さに気づき、慌てて離れようとすると――
首を優しく押さえられ、動けなくなった。
「テ、テオ様……?」
「必要なときに俺が魔法を使うのもいいが、頻度が増えるなら、もっと手軽な方法を考えるべきだな。明日、デビトに相談してみろ」
真剣に考えてくれているのは分かる。
けれど、首筋に触れる手のせいで、どうにも集中できない。
「テオ様は……細かい魔法が苦手なのですか?」
「使えなくはないが、面倒だ。複雑なことはデビトにやらせればいい」
「わかりました……明日、相談してみます」
話が一段落すると、テオ様は軽く私の唇に啄んだ。
その柔らかな感触に、胸の奥がキュンと跳ね上げた。
そしてそのまま私を抱き上げ、ベッドへと運ぶ。
「……明日、俺も一緒に行こう」
「いいのですか? お忙しそうでしたが」
「ああ……“例の日”が近い。魔族の出入りが増える。あまり一人にさせたくない」
――例の日。月に一度の闘技会。
多くの魔族が集まる日。
それが、ステラたちの出発前に重なるかもしれない。
(……何とか、誤魔化す方法を考えないと)
テオ様は私の頭を軽く撫で、そのまま頬に触れる。
「俺がいないときは、一人になるな。召使いか、駄犬でも呼べ」
「大丈夫です。アイセルがいますから」
「あいつは戦闘になると役に立たん」
どうやらテオ様の中では、アイセルは弱い部類らしい。
幻覚以外、基礎的な魔法しか使えないからかもしれない。
魔法が使えない私から見れば、それでもすごいと感じるけど。
「でもセロくんも、魔力は弱いのでは?」
「あいつは魔法は使えないが、それなりに戦える」
それ以上聞く間もなく、テオ様は立ち上がる。
「もう遅い。早く休め。明日の朝、迎えに来る」
そう言って部屋を出ていった。
(明日はデビトさんに相談する……それに、ステラたちを闘技会から遠ざける方法も)
小さな不安と、わずかな希望を胸に――
私は静かに目を閉じた。




