ディアナの力
最近のテオ様には、困らされてばかりだわ。
「ディアナ、口を開けろ」
「も、もう充分です」
「……」
テオ様はステーキが刺さったフォークを、私の口に近づかせる。
私が食べようとしないのを見て、空いている手で唇をなぞり、優しく口を開かせる。
テオ様の指を噛むわけにもいかなく、私はいつも緊張しながら大人しく口を開けてしまう。
それだけではない。
「テ、テオ様、自分でできます……から」
「じっとしてろ……ん」
料理を学んでいる時、不注意で指に小さな傷口を作ってしまった。
それをテオ様は口に含ませ、ゆっくり舐める。
そしたら傷口から血が出なくなる。
魔族は治療魔法が使えないけど、傷口に魔力の膜を覆わせることはできるらしい。
でも毎回本当に傷口を舐めなければならなかったのだろうか。
最近のテオ様は、隙があればいつもこうやって私に触れる。
その手付きがあまりにも優しすぎて、触れられたところから熱が広がり、心臓が飛び出しそうなくらい跳ねる。
テオ様も毎回楽しそうに見てくるから、やめてとはとても言えない。
今は庭に備え付けのテーブルで私の作ったカップケーキを広げ、テオ様とお茶会の準備をしている。
少しでも感謝の気持ちを形にしたくて始めたお菓子作りの勉強。
テオ様も結構気に入ってくれているようで、いつもすぐ平らげてくれる。
それもとっても嬉しいのだけど。
彼は私の腰に手を回し、引き寄せながら、手でケーキを掴み、私の口に近づかせる。
「えっ!これは、テオ様のための、ケーキですが――」
「一口食べてみろ」
食べるかどうか悩み、口をパクパクさせる。
「魔王様、少しいいでしょうか」
唇に触れるか触れないかの距離で、テオ様は手を止めた。
「……なんだ」
「ディアナ様に用事がありまして」
デビトさんは私達の向かいに座り、一冊の本をテーブルに置く。
「美味しそうなケーキですね。1ついただいても」
「あ、はい、どうぞ――」
「お前の分はない」
テオ様は手にしていたカップケーキを皿に戻し、デビトさんを睨み付ける。
「用事はなんだ?」
なぜか私の代わりに用事を確認しようとする。
「前にディアナ様に相談された件ですが、この魔導書に似たような記述がありました」
デビトさんは本の1ページを私に見せた。
そこには『聖女の力』と書いてあった。
「この本によりますと、人間の言う聖女の体には、常に魔力と違う聖力が纏っていて、それに触れるだけである程度の浄化効果があるそうです」
(確かにステラに触れた後、傷口が治るのが速くなる気はするけど)
「そうですね……それが私の相談したことと関係あるのですか」
デビトさんは目を細めて、一笑する。
「聖女が力を行使する時は、魔法を使う時、魔法陣が浮かび上がるのと違い、光を放つらしい……特徴が合致すると思いませんか?」
そう言われてみれば確かに、魔法使いはどんな魔法を使う時も魔法陣が浮かび上がるけど、ステラは力を使う時はそれがない。
私もセロくんやレオードさんに触れる時、魔法陣がなかった。
つまり、あれば魔法じゃない可能性が高い。
「お前ら、さっきから何の話をしている?」
思考に浸っていると、不機嫌そうな声を発したテオ様は頬杖をつきながら、こっちを見た。
「えっ……あ!」
(そういえば、テオ様には教えていなかった!)
「おっと、すっかり忘れてしまいましたね」
デビトさんは涼しい顔で、笑ってごまかそうとした。
「あの、えっと、実は――」
私は顔を青ざめながら、慌ててテオ様に説明した。
「ふーん。あの召使いと駄犬に触れたら、傷が少し治ったと……それを俺に隠してたと」
説明すればするほど、テオ様の機嫌が悪くなっていく気がする。
「違うんです!わざと隠してるんじゃなくて……あの時、テオ様、忙しそうだったので……」
(あの頃のテオ様、少し怖かったなんで、言えない)
「あなたが駄犬に怒り散らかして、威圧感を放っていたから、それ以上地雷を踏まないように黙っていたのですよ。少し反省しなさい……ディアナ様、お菓子作りの腕を上げましたね」
デビトさんはやはり淡々としていた。
しかも私のケーキを1つつまんでいた。
「魔族に反省ができるわけないだろ。今でもあの駄犬を呼び出して、殺してやりたいと思っているんだぞ……つかお前、何勝手に食っているんだ」
「魔王様のおしゃるとおり、魔族は本能に従う生き物ですので、好き勝手にやらせてもらってますよ。それより話題を戻しますが、ディアナ様に1つご提案が」
デビトさんは持っているケーキを綺麗に食べ終わった後、話を切り出した。
「提案?」
「ディアナ様、魔法の勉強、してみませんか?」
「魔法の勉強?」
(さっきの話からだと、私の力は魔法と関係ないようだけど……)
「聖力の使用と魔法の使用には共通点が多いらしい。あなたの力を使いこなすのにも、魔法の習得が有効かもしれません」
(確かにステラも魔法の勉強していた気がする。これが理由なのかしら)
「……わかりました。挑戦してみます」
「ええ。この私デビトが、誠心誠意教えて差し上げましょう」
「なんでお前なんだ、俺でもいいだろう」
テオ様は未だ不満気にデビトさんを睨んでいる。
「あなたは天才肌なので、教師には向かないかと」
「それをいうならお前もだろう。つーか魔族は魔法を使うのに技術が必要ないから、天才もくそもないだろう」
「でもあなた、人間の魔法についてなにもわからないでしょう」
(人間の魔法と魔族の魔法に違いがあるのかな?)
「デビトさんは人間の魔法に詳しいのですか?」
「ええ。人間が書く魔導書を暇つぶしに読んでますので」
「……ちっ」
反論の言葉がないのか、テオ様は舌打ちしながらそっぽを向いた。
「ということで、ディアナ様、明日から魔法の勉強を始めましょう」
「はい!よろしくお願いします!」
この日から、私の魔法授業が始まった。




