熱の理由
「だから、ブレンダ。僕と一緒に恋をしよう」
「……っ」
甘く、掠れた声で囁かれた言葉は、頭の中にじんわりと染み込んでくる気がした。染み込んだ甘さで、溶かされてしまいそう。
ぐらぐらと溶けそうな思考を纏めるために、一度深呼吸をした。そして――。
「ルドフィル様」
「うん」
「わたし、は――」
私に恋は無理だと思っていた。恋とは、それ以外の全てがどうでもよくなってしまうだけのものだと。
『私には、全てだ』
アレクシス殿下の言葉が蘇る。ほら、やっぱり。恋は、怖い。だから――、でも。
『僕に、力をくれるもの』
ジルバルトは、そう言った。だったら、それだけじゃ、ないのかな。怖いだけ、じゃないのかな。
『僕にとっての恋はね、空かなぁ。――恋には、色んな側面がある。良い所も、悪い所も』
そっか。私は、恋の悪い面しかみたことがなかった。それが全てだと思い込んでいた。
だって、恋してるミランは幸せそう。とってもキラキラ輝いてる。
「恋を誤解していました。今までずっと。でも、最近恋について考えるようになって。それで――」
そんなに悪いものじゃないのかも、と思うようになった。
「恋、をもっと知りたいと思います」
まだ、したいとまでは思えないけれど。私がそう付け足すとルドフィルは、柔らかく頷いた。
「うん。そう思ってくれるだけでも、嬉しい。でも」
――でも?
「これくらいは、赦して欲しいな」
ルドフィルは、私の手をそっと握った。
ルドフィルに手を握られたことなんて、何度も、何度もある。それこそ数えきれないほど。
それなのに。……それなのに、体が沸騰しそうなほど、熱くなる。
触れているルドフィルには、この熱に気づかれてしまったかな。
そう思うとよけいに恥ずかしくて、握られた手をぱっと振りほどいてしまう。
「も、申し訳ございません! 私、用事を思い出したので、失礼します」
……嘘。用事なんて特にない。でも、このまま手を握られているのはまずい気がしたから。
「そっか」
ルドフィルは、失礼な私の態度を気にした様子もなく、微笑んだ。そして、またね、と手を振った。私のついた嘘がバレているときの顔だった。
「はい、また!」
それでも、嘘を指摘されずに良かった。そう思いながら、走り去る。
貴族の令嬢だったら、はしたないことだけれど、今の私は平民だから誰に咎められることもない。
学園の中まで走った。柔らかい風が頬にあたって、心地いい。
「……ふぅ」
校門をくぐり、走るのをやめ、深呼吸する。
「……走ると、熱いわね」
熱の理由を全部、走ったせいにして、私はもう一度深呼吸した。




