ルドフィルにとって
「……」
鏡をみる。今日の私の顔色は、悪くなかった。やはり、保健室でしっかりと休めたことが大きい気がする。
顔色は悪くないけれど、その表情は暗い。
私は両手の人差し指で頬を上げて、無理やり笑顔を作った。ぎこちないそれは、けれど、私が私として生きている証拠でもあった。感情を殺していた頃にはない表情だからだ。
「よし!」
意図して大きな声を出す。そうすると、目にも元気が宿った気がした。
……そういえば。
ふと、頬に当てていた指先で、肩よりも長くなった髪をつまむ。
「この髪、どうしようかしら?」
ジルバルトには、切るつもりだといった。もちろん、今もそのつもり……なんだけれど。
以前は、クリップで止めるだけだったけど、伸びた髪だと、もう少し色々なアレンジができるんじゃないかしら。
そう、たとえば。この前、お出掛けしたときにみた──……。
私はルドフィルと出掛けたときのことを思い出しながら、髪を結った。
数分後。
「!」
鏡に映った自分に歓声を上げる。なるほど、どうしてなかなかこれは。
「涼しい!!」
首元がかなり涼しくなった。
首を振ると、少し遅れて結った毛束もぶん、と揺れる。
「馬のしっぽみたいね……」
貴族としてはずいぶんと、自由な髪型だ。
でも、今の私はただのブレンダ。
髪型なんて、誰かからとやかくいわれる筋合いはない。
だって、校則にも書いていないもの。
初めて見る自分の髪型に感動が押さえきれず、胸がどきどきする。
「これが、恋だったらいいのに……」
この胸の高鳴りを、恋と呼ぶのなら。きっと、楽しい。
でも、違う。恋は一人ではできないから。
『恋はね──落ちるものなんだよ』
だって、自分から落とし穴にはまる人はいないもの。
頬を叩いて気持ちを切り替え、制服のタイを結び直す。
自室をでる前に鏡に向かって微笑むと、今度はうまく笑えた。
◇ ◇ ◇
「……ルドフィル様?」
女子寮をでようとすると、門前にルドフィルが立っていた。どうしたんだろう? と首を傾げつつ、名前を呼ぶとルドフィルが私をみて目を細めた。
「ブレンダ」
「……っ!」
大事そうに名前を呼ばれ、戸惑う。いつも、ルドフィルはあんな風に私を呼んでいただろうか。私が気づかなかっただけ?
ううん、違う。この呼び方は──まるで。
自分で考えてしまったことに、赤面する。
自意識過剰だわ。
「ブレンダ」
立ち止まった私に、ルドフィルはゆっくりと歩みより、顔を覗き込んできた。
ルドフィルのアイスグレーの瞳と目が合う。
私がゆっくりと瞬きをする間も、ルドフィルはその瞳をそらさなかった。
「その髪型、似合ってる」
「……あ、ありがとうございます」
いつもなら、もっと普通にありがとうって言えるはずなのに。なんだか、ルドフィルの様子がいつもと違って、どもってしまう。以前までのルドフィルなら、手に取るようにその感情をわからせてくれたのに。今は、さっぱりわからなかった。
まるで、ルドフィルが私の知らない男の人になってしまったみたいだった。
「……よかった」
戸惑う私をよそに、ルドフィルは深く息を吐いた。
「──昨日、生徒会を休んでたから、病気になったのかなって心配で」
「……あ」
そうだ。一昨日、アレクシス殿下に想いを告げられて、それで昨日は寝不足で。生徒会を休んでしまったのだった。
「心配してくださって、ありがとうございます」
「ううん」
その優しさはいつもと同じルドフィルのはずなのに。なんで、今日は──。
考え込んだ私の側から一歩下がると、ルドフィルは微笑んだ。
「ブレンダの考えてること、わかるよ。……お兄ちゃんはもうやめにしたんだ」
ルドフィルは前も同じようなことをいっていた。でも、きっと、私はちゃんと理解できていなかった。
もう、私はルドフィルにとって、庇護の対象じゃない。
共に歩む一人のひととして見られている、そういうことなんだ。
ルドフィルの瞳は熱っぽくて、どきりとする。その熱の理由は、ルドフィルが恋をしているから。
恋。
『今の私にとっては、全てだ。どうしても、君がいい』
アレクシス殿下にとっての恋は、全てを投げ出してまで得たいと思うもの。
ジルバルトにとっての恋は、
『僕に、力をくれるもの』
じゃあ、ルドフィルの恋は?
「ルドフィル様」
私は、ルドフィルを見つめた。
「ルドフィル様にとっての、恋は、なんですか?」




