愚かさ
アレクシス殿下の話を……?
「私は、恋を知っている」
アレクシス殿下の知る恋、とはどういうものなのだろうか。私はその続きに耳を傾けた。
「私の知る恋は、痛みと後悔に満ちている」
「後悔……ですか?」
痛み、は恋とは痛みを伴うものだと少しだけ聞いたことがあるからそうなのか、と納得する。でも、後悔とは何だろう。
「私は、後悔している」
アレクシス殿下が、翡翠の瞳で私を見つめる。そして、そっと息を吐き出した。
「──ブレンダ、私は君を知ろうともせずに、婚約を解消してしまった」
「……それ、は」
なぜ、恋の話で私のことがでてくるのか。その続きは聞かないほうがいいと頭が警鐘を鳴らす。それなのに、足が地面に縫い止められたように動かなかった。
「私は、私が知らなかった、知ろうともしなかった君に。恋を、している」
「……!」
アレクシス殿下が、私に恋を。
執着されていることには気づいていた。でも、それは変わった私に戸惑っているだけだと思っていた。
「君から家族も、地位も奪ってしまった私が、このようなことを言う資格はないと自覚している。だが……」
アレクシス殿下は途方にくれた顔をした。
「私が隣にいてほしいのは、ブレンダなんだ。どうしても、君がいい」
「……アレクシス殿下」
でも、私は。
なんと答えればいいのか分からず、俯いた私にアレクシス殿下は言った。
「君から奪った以上に、君を幸せにする。だから、他のだれでもない私と恋をして欲しい」
他のだれでもない、アレクシス殿下と、恋を。
それ、は──。
「……私は、平民です」
どこかの貴族の養子になるという手もあるけれど、私は今の私を気に入っている。
だから。地位の線引きをはっきりしておけば、アレクシス殿下も……。
「私は……第二王子だ」
絞り出すように言われた言葉に安堵する。良かった、アレクシス殿下もわかってくれた。
「だから……、いなくなっても問題ない」
「──え」
なに、を。何をいってるの?
「君は、貴族に戻るつもりはないのだろう。だったら、私は、この学園を卒業したら、平民になる」
「アレクシス殿下……!」
正気じゃない。この人は、第二王子で、この国を担っていくべき人だ。それなのに、恋一つで全てを投げ出していいはずない。
「……そんなことっ」
「私は、本気だ」
頭がくらくらして、自分の立っている地面がわからなくなる。
「冷静になってください! 恋なんかのために、全てを投げ出すなんて──」
「なんかじゃない。今の私にとっては、全てだ。どうしても、君がいい」
……ああ、やっぱり。ルドフィルは私に恋をして欲しいと言ったけれど。恋は、人をおかしくさせる。私に、恋は──無理だ。
「……私はアレクシス殿下のお気持ちには、応えられません!」
そういって、不敬だとわかっていながら、生徒会室を飛び出した。




