悲しい記憶
放課後になった。
中間テストまであまり日がない。集中しなければ。
そう思いながら、図書室にいく。
図書室は静かで今度こそ集中できた。
ルドフィルにはっきりと自分の気持ちを伝えられたお陰かもしれない。
「……ふぅ」
二周目の問題を全て解き終わり、息をつく。
気分転換にと、今朝借りたばかりの本を取り出す。
「恋と愛の違い……」
恋と愛。それは、どう違うものなのだろうか。
本の頁をパラパラとめくる。
『恋とは、自分が世界の中心のもの。愛とは相手が世界の中心のもの』
……なるほど。わかるような、わからないような。
恋。
一つの恋を知っている。
土砂降りの雨のなか、必死にすがり付きながら嘆く声が、今でも頭に焼き付いて離れない。
その嘆く声を振りきるように頭を振ると、本を閉じた。休憩はここまでにしよう。
再び問題集に目を落とし、3周目を開始する。機械的に問題を解いていくうちに、嘆く声は聞こえなくなった。
◇ ◇ ◇
「ブレンダ」
集中していたところに声をかけられて、はっ、とする。
ジルバルトだった。
ジルバルトはそんな私に苦笑すると、もうすぐ閉館の時間だって、と告げた。
「ありがとうございます」
係の人の声がすっかり聞こえていなかった。
「ううん。暗いから送っていくよ」
ジルバルトのいう通り、辺りは真っ暗だった。
「ありがとうございます」
有り難く送ってもらうことにする。けれど、いつも送ってもらって申し訳ない。
そういうと、ジルバルトは笑った。
「後輩は、先輩に甘えていればいいんだよ」
ジルバルトは、先輩後輩という立場を気に入っているようだった。私自身も気に入っているので、頷く。
でも、なぜか、ジルバルトの笑みを直視できなかった。
……なぜだろう。
「どうしたの?」
「いえ、なんでも」
最近のジルバルトに対する私はおかしい。理由を考えて、思い至った。
ジルバルトに手を繋がれたからだ。あれから、たぶん、私はジルバルトのことを意識してしまったのだろう。
「ジルバルト様は、私の先輩ですよね」
「そうだね。ブレンダは、ボクの後輩だ」
うん、やっぱり私の自意識過剰だ。
呼吸を整え、ジルバルトに微笑む。
そのときだった。
『かはっ……』
口からこぼれ落ちたのは、赤い血。
『これで、ようやく──』
震える声で愛おしそうに宙を見つめ、そして──。
「ブレンダ!」
はっ、とした。
ええと、ここはどこだったっけ。
暗い中に、ルビーのような綺麗な瞳が輝いている。落ち着いてきた。そうだ、ここは、帰り道。ジルバルトに送ってもらっている途中だ。
「……ごめん。また、ブレンダの記憶を──」
ジルバルトが悲しそうな顔をした。
「ジルバルト様のせいじゃありませんよ」
そう、この記憶が悲しいものとして生まれたのは全ては私のせいなのだから。
首を振ると、ジルバルトに微笑んだ。
「ところで。ジルバルト様は、食堂のメニューで何がお好きですか?」
「は?」
突然大きくかわった話題にジルバルトが目を瞬かせる。
けれど、タイミングよく私の腹の虫が鳴ってくれた。
「ブレンダ、お腹すいたの?」
「はい」
実はさっきからお腹がぺこぺこで。
そういうと、ジルバルトは笑った。
「……ブレンダって、意外と食い意地が張ってるんだね」
そうなんです、と頷きながらも、ほっと胸を撫で下ろす。よかった。ジルバルトに遠ざけられるかと思った。
その後は、ジルバルトおすすめのメニューを聞きながら、楽しく女子寮まで歩いた。




