9. 交渉の幕開け、茶室に現れた「国家最高交渉官」とテリーの拒絶
翌日、森の境界線にあるテリーの「茶室」。
帝国の命運を背負い、国家最高交渉官である第一皇女『クリスティア』がレイを護衛に伴って現れた。彼女は「氷の外交官」と恐れられ、その美貌と冷徹な弁舌で数々の国を屈服させてきた女傑である。
茶室の対面に座るテリーは、いつもの黒スウェット姿でシルフィが淹れた緑茶を「ズズズ……」と気の抜けた音を立ててすすっていた。隣にはもこもこパーカーを着てラノベを読んでいるエクレアが控えている。
「初めまして、テリー殿。バルドゥール帝国第一皇女、クリスティアです。単刀直入に申し上げましょう。あなたのような至高の存在が、狭い森で世界の観測を続けているのは時間の無駄です。我が帝国へおいでなさい」
クリスティアは、完璧に計算された妖艶な微笑みを浮かべ羊皮紙の契約書を突きつけた。
「我が帝国は、あなたに『終身特別顧問』の座を認め帝国最高の温泉領地を実験場として贈りあらゆる古代遺物の独占を約束します。あなたが求める『完全なる静観と研究』のための、最高の環境です。どうですか、この完璧なシステムは?」
レイは後ろで(勝った……! これ以上の環境はないはずだ!)と確信していた。
しかし、テリーは契約書を一瞥すら設定せず、またしても死んだ魚の目で深いため息をついた。
「……あのさ。話が大きすぎて、聞いてるだけでめちゃくちゃ肩凝るんだけど。温泉領地? 温泉入るためにわざわざ国境越えて移動するのダルすぎるでしょ。それに、帝国最高だかなんだか知らないけど、そんな広い場所管理するの絶対にめんどくさいじゃん」
「え……? い、移動が面倒……? 管理が面倒……!?」
クリスティアの完璧な表情が初めてピキリと凍りついた。
「俺が求めているのはね、『この部屋から一歩も動かずに、手の届く範囲で全てが完結する、半径5メートルの完璧な怠惰』なんだよ。国家プロジェクトだの、引き抜きだの、そんな大層なシステムに組み込まれた時点で、それはもう『仕事』なんだわ。俺は絶対に働かない。交渉決裂。お茶代は置いとくから、早く帰ってくれる?」
テリーは机に ◯ay◯ay(のような魔法決済の光)を一瞬だけ輝かせると、クッションを抱えて「シルフィ、おやつ」と言いながら奥の部屋へと引っ込んでしまった。
「な……っ、国家最高の条件を……『移動がダルい』という理由だけで一蹴したというのか……!? この男、我々の想像を遥かに超える、底なしの『本物の怠惰(怪物)』だわ……!!」
氷の皇女クリスティアは、テリーの「合理的すぎるニート哲学」の前に生まれて初めて完璧な敗北を喫しワナワナと震えるしかなかった。




