第三十四話 ターニング・ポイント
コルサント校区アヴァン帝国学園。
トリメリス・オーダーの一角をなす巨大学園であり、ラディオス学園都市最高の軍事力を有する専制主義の学園である。
現在の皇帝『御厨ホノカ』より大幅な拡大政策を行い、ラディオス全体の4分の一を手中に収める大帝学でもある。
その大げさなまでの拡大政策に対し、他の学園は「帝学の衰退の狼煙」と評した。
実際結果的に帝学は内外に敵を作る形となってしまい、その圧倒的な軍事力を徒に弄することとなっている。
その校舎はドイツ帝国のベルリン宮殿を彷彿とさせ、その中に4900人以上の生徒を収容している。
キャンパスの広さは660万平方メートルという広大さを誇り、100を超える科が存在し、それに合わせた建物が用意されている充実さだ。
また、その中に帝学特科大隊を5つ有し、重戦車や軽戦車を含め200両、自走砲120両、地対空ミサイル部隊多数といった装備を有する軍事用要塞ともなっていた。
部活数も生徒数に合わせて数多く存在するが、その中でも最も強大な権力を有するのが、「新白雷宮」と呼ばれる皇帝直属の生徒会組織である。
新白雷宮は皇帝を頂点とし、その配下には軍務尚書、統帥本部長、アヴァン帝学軍総司令官、学園宰相の四長官を置く。皇帝を含む五名によって構成されるこの組織は、アヴァン帝国学園の政治・軍事・行政のすべてを統括する最高意思決定機関である。
そのうちの一つ、軍務尚書を受け持つ帝国学園4年生である中浦カスミはシタデルについての皇帝の報告を終え、学園本館の西外郭廊下を歩いていた。
豪華に色付けされたステンドグラスの向こうの空には、ラディオスでは珍しいほどの満天の星が広がり、空に浮かぶ空球の兄弟星の光によって廊下は淡く照らされている。
ー「シタデルに対し帝国特科第一大隊を投入ですか…。皇帝は相当お怒りみたいですねぇ」
カスミは先程の皇帝の話を反芻していた。
シタデルは帝学の傀儡校の中でも屈指の軍事力と忠誠心を持って帝学の繁栄に尽くしてきていた。
しかし、その学校をいきなりにも攻撃したとなれば、他の傀儡校からの不信感や他校からの非難が多く浴びせられることになるだろう。
それに対抗する大義名分を考えなければならないと思うと、今からでも頭痛がしてくる。
しかし、特科大の一番隊「フェンリル」が出るならば勝利は確実だろう。
5つある特科大隊の中でも帝学軍総司令官『畑見ハルカ』直属の精鋭部隊であるため、その相手をさせられるシタデル側に同情してしまうほどだ。
カスミはそこまで考えると、大きなため息を一つした。
大理石の床にカスミの革靴の音だけが規則正しく響いてゆく。
数時間前までは多数の生徒や教員が行き交っていた本館だが、今となっては廊下に自分の足音が静かに反響していくだけだ。
「この先やることが増えますね…。今日は早めに寝るとしますか」
そう伸びをしながら独り言を漏らしたとき、ふとカスミは歩みを止めた。
「…?」
なにか音が聞こえた気がしたのだ。
しかし、前も後ろも見ても動くもの一つ見当たらない。
耳を澄ましても聞こえてくるのは空気の流れる低い唸り声だけだ。
「気のせいですかね…」
そうしてまた歩みを進めていく。
しかし、また何かの物音が聞こえた。
「やっぱり誰かいるんですか…?」
カスミはゆっくりと腰のホルスターに手をかける。
すると、渡り廊下の天井を支える柱の横に一人の人物がいた。
先程までそこには誰もいなかったはずだが、まるで無から突然現れたようだ。
一筋の悪寒がカスミを襲った。
「お久しぶりですねぇ。中浦カスミ軍務尚書閣下」
黒とも灰色ともとれるスーツを着た男はそう言って不気味に口角を上げるのだった。
* * *
「なにをされにこちらへお越しになられたのですか?」
カスミは突然現れた男へできる限りの笑顔を貼り付ける。
まさかこの男が動くとは…。
完全に考えの外だった。
「いえ、私は貴方方との契約の確認に来たまでですよ」
「ああ、あの契約ですか」
「ええ、しかし少しきな臭い状態となりましたねぇ。例の情報がまとめられた端末をタナヴィー高等学校に奪われたとかなんとか…」
相変わらずの情報網だとカスミは思う。
タナヴィーに端末を奪われてからまだ50時間ほどしか経っていない。
さらに帝学内でも最高機密の部類として情報科に順守させたが、それでも知っているとは。
カスミはできる限りの平静さを保って答える。
今の時期、こいつにだけは会いたくなかった。
「そのようですね。しかしご心配無く。彼奴らの装備だけでは我ら帝学軍の壁を打ち破ることなど叶いませんから」
男は腕を組むと不気味に引き笑う。
「たしかにそうでしょう。貴方方の軍事力ではタナヴィーの機動戦闘車一台程度なんの脅威にもなりはしない。しかしいいのですか?契約の件がタナヴィーに漏れれば貴方方に資金は流れにくくなる」
「どうでしょうね。彼女らは己の学校を取り戻すためにやっけになっています。もし契約の件が漏れたとしても借金返済はやめられない。そのようなジレンマへと落ちていくことでしょう」
タナヴィーを監視させている情報員によれば、彼女らの情熱は尋常ではないようだ。
もし彼女らが必死でため、返済している借金が悪い方へ流れていっていたとしても、やめることはできないだろう。
彼女らのことは詳しく知らないが、危険を顧みずに仲間を救ったそれほどの正義感がどのように働くかなど容易に想像できる。
「なるほど、それならばしばらくは問題なさそうですねぇ。しかしジレンマを抱えているのは彼女らだけではないようですな」
「何の話でしょう」
カスミはとぼけるように肩をすくめるが、男は笑うだけだった。
「帝学の版図を広げるうえで最もと言っていいほどの活躍を果たしたシタデル高等学校を襲撃するというのですから」
カスミは一瞬言葉に詰まる。
確かにこいつの言う通り、外から見れば帝学がついにおかしくなったように見えるだろう。
だが、皇帝狙いはそこにある。
帝学が狂ったと思わせることで真の目的を達成する見込みが出てくるのだから。
それまで他のものに気づかせるわけには行かない。
特にこの男には。
「たしかにそうですね。でも我が皇帝の命令は絶対です。そこに正義も悪もありません」
男は手を顎につけ、低く笑う。
「では、そういうことにしておきましょう。まあ、我々には我々の目的もありますし、私はこのあたりで失礼」
「貴方が他の目的?資金集め以外になにかあるんですか?」
男は振り向き、肩をすくめる。
「そうですね。ラディオスに眠る最高の『神偽』を手に入れること。そう言っておきましょう。貴方が他の契約は二の次ですよ」
そう言うと、男は一礼して去っていった。
相変わらず何を考えているのか。
腹の底の見えない男だなとカスミは思うのだった。
* * *
やけに広い会議室の一角で、一人の女性がファンリックを操作していた。
その画面には今日の昼から夕方にかけてヤヴィン校区にて起こった戦闘の概要とそれに対する評価がネット記事として書かれている。
『アヴァン帝国学園傀儡校であるシタデル高等学校とヤヴィン校区を支配するタナヴィー高等学校間で戦闘が勃発した。
シタデル高等学校とタナヴィー高等学校の間には明確な戦力差があるにも関わらず、タナヴィー側は攻撃を次々と退け戦車4両を返り討ちとし撤退した。
ここ数年で大幅に版図を広げる帝学に対し一矢報いたタナヴィー高等学校の行動は称賛されるべきことであろう。
しかしこれに対し、帝学軍は大きな報復攻撃を仕掛けることが懸念される。
やはり小さな正義は巨大な悪に踏破される運命にあるのだろうか。
タナヴィーの英雄たちの行く末を祈る他無い』
ー「どこもタナヴィーを英雄として盛り上げるな」
コーヒーを飲みながら『近衛リン』は一人どこも似たような論調に呆れていた。
先程までこのタナヴィーとシタデルとの間で起こった戦闘行為における帝学の行動が、皇学にどういう影響をもたらすかという協議を行っていたところだった。
「完全な憶測でしか無い協議なんてやって意味あるんですかね」
リンは隣りに居た先輩議員にさり気なく質問する。
「そうだな。確かに憶測だけの協議はかなり危険だ。だがわたし達には過去何十年分かの帝学の行動データがある。それを併用して協議を進めれば、単なる荒唐無稽な無駄な会議にはならないはずだ」
そう『大隈キサキ』は答えた。
「それにわたし達は選挙で選ばれた生徒代表としての責任を果たさねばならないからな。無責任に無駄な会議を重ねれば支持率も下がる。この学校はそういう制度のうえに成り立っているからな」
「それが民主主義の本懐ですか」
「少し違うな。正確には民主主義の中で選ばれた私たちの本懐だ」
そう言ってキサキは紅茶を一啜りするが、熱かったらしく一瞬顔をしかめる。
「猫舌ですか」
「あそこのドリンクサーバーはもとから熱いから嫌いなんだよな」
そう言いつつもう一啜りする。
それを横目にリンもコーヒーを飲むが、まだまだ苦い。
「しかし、さっきの会議のまま行くとなると」
「ああ、タナヴィーとの協力関係を築くのも悪くはない。だがそれによって帝学との関係がこれ以上悪化する可能性も否定できないな」
「昔っから帝学と皇学は仲が悪いですからね」
「そこらに関してはもうちょい協議を重ねていく必要がある。まあ焦るな、すぐに帝学が動くとは考えづらい」
本当にそうだろうかとリンは思う。
専制主義のいいところは『行動が早い』というところだ。
民主主義の考えに則る「ヴェネト共和皇統学園」では、一つの小さなことを決めるだけでもいくつもの会議を重ねなければならない。
もちろんそれによって政治の暴走や誤った校則を防ぐことができるのだが、非常時にはとても対応できないという弱点がある。
それに対し、専制主義を掲げる「アヴァン帝国学園」では、皇帝の言葉一つで様々なことが瞬時に決まる。
暴君が皇帝になれば政治の暴走は必至だが、そのかわり非常時の対応は驚くほど早い。
過去のデータを踏まえてみてもその速さは目を見張る。
もし帝学が本気で軍事侵攻を決定すれば、準備期間を含めても一週間程度で開始することができるのではないか。
「たしかにすぐ動くとは考えづらいかもしれません。ですが、準備をしておくぐらいはしてもいいのではないでしょうか」
そう言うと、キセキは微笑んで返してきた。
「そうだな。君のその忠告はしかと受け止めることにしよう」
そう言ってキセキは会議室を出ていった。
「タナヴィー高等学校ね…。できることなら大事にならないといいのだけど」
リンもそう独り言をつぶやくとファンリックをポケットにしまい、会議室を出ていった。
* * *
「ありゃ〜。ボウムくんおはよ〜」
「久々だなその呼び方」
「うへへ〜、ちょっとね〜」
シタデルからユイを救出してから一夜が明けた。
みんなあまりの疲れで学校で一夜を過ごすこととなり、数多くある空き教室を寝室へと改造して寝ていたのだ。
その間は完全にお祭り騒ぎであり、ユイからの全員への謝罪に始まり、節子&聡太の自己紹介が終わったあと、アケミが隠し持っていたお菓子をカズサがどこからか持ち出してのお菓子パーティーとなった。
それでも疲労による眠気が次第に強くなり、最終的には望夢を残し、全員が寝落ちすることで終結を見たのだった。
「昨日のお祭り楽しかったねぇ」
向かいの席に座った節子が両肘をテーブルに付けながら言ってくる。
「そうだな、たしかに楽しかった。楽しかったが、アケミ先輩はあれで良かったのかね」
「良かったんじゃないかなぁ。アケミさん楽しそうだったよ」
望夢は首のあたりを掻く。
まぁアケミのことだ、おそらくこういう事態のために買いだめしていたのをサプライズとして出す予定だったのだろう。
それがカズサに見つかるというハプニングで失敗に終わったわけだが…。
そう考えていると、自然に欠伸が込み上げてきた。
「そういえばボウムくん早いね。寝てた?」
「ああ、少しな」
「少しって。じゃあ寝てない間は何してたの?」
「”これ”をいじってた」
そう言ってテーブルのうえにおいてあった端末を持ち上げる。
「ああ、例のやつだねぇ」
「そう、例のやつだ」
シタデルがやたらと渡すよう要求してきた端末。
もともと奴らのアジトから持ち帰ってきたものだが、あれだけ渡せと言ってくるのなら秘密がないわけがない。
そう思い、昨夜からずっといじっているのだが一向に写真以外のものを開ける気配がない。
もはや何度見たかもわからない画面ばかりが表示される。
仕掛け箱のように決まった方向に回せば開けるのかと思い、回しても開かない。
結局諦めてそのまま廃校対策室で寝落ちしてしまっていたのだ。
「それね〜、ユイさんと交換で渡せって言ってくればよかったのに」
「昨日ユイ先輩言ってたろ。もともと交換条件で端末を渡せと言おうとしてたが、俺らが来るの速すぎてそんなことしてる暇無かったらしいって」
「間抜けだよねぇ」
「間抜けというか油断しすぎだ。敵さんの大将はたしかに優秀みたいだったが、色々と詰めが甘かったな」
「私にはわかんない世界だねぇ」
「俺にだってお前の世界はわかんねえよ。何でそんな動けんのかわかんねぇし」
「みんな違ってみんないいってやつだね」
「なんか違う気がすんな」
そう言いつつ、望夢は端末の画面をいじる。
なにか特別な情報が入っているのは敵の話からほぼ確実なのだが、特に暗証番号を求められているわけでもなければ生体認証を求められているわけでもない。
なにか特別な操作をしなければ見ることはできないという考えに至ったのだが、その先にどうしても進めなかった。
「アイちゃんに頼めばいいんじゃない?中の仕組みイジイジしてなんとかしてくれるかも」
「あ゙〜…。アイツは今無理だ」
「?」
「筋肉痛で死んでる」
「え、筋肉痛?」
「なんか寵愛って言ったっけか。それを使いすぎると筋肉痛になるらしい」
セント・レオポンズ島を出るときアイが筋肉痛を訴えていたのもそういうことだったのだろう。
「それならしょうがないねぇ…。他に当ては?」
「先生に頼むかねぇ…」
「先生?」
「パリロイアに不法乗船してきたあの男だ。ぜってーなにか知ってるぞあの男」
そう言うと同時に教室のドアが開いた。
「あれ?望夢くんと…」
「峰条節子です」
「峰条さんだけ?」
ロテルはそう言って首をひねる。
「ええ、俺達二人だけです。ほかは寝てますよ」
「そうか…」
「それは置いておいて、ちょっと頼まれ事してもいいですかね?」
そう言って望夢はロテルに端末を差し出した。
* * *
ロテルは端末を受け取ると、手を顎につけて考え出した。
「望夢、この端末はどこで?」
「先生が出張に行っている間にシタデルのアジトで」
「アジトってどこの?」
「商業施設の地下駐車場にあったやつです」
そう聞くとロテルは合点がいったように頷き、軽快な指さばきで端末を操作する。
まるで何度も触ったことがあるような動きだ。
「これ、教師用端末だね。いろいろな学校の教師に与えられる特別なやつ」
「そんなものなんですか」
「うん。でも何でこれがアジトに…」
ロテルはウンウン唸りながら考え込んでいるようだ。
さすがの先生でもすぐには解決できそうにないらしい。
「まあゆっくりでもいいんじゃない?そんなすぐ動かなきゃいけないようなものじゃないでしょ」
「どうかな?敵さんが体制を立て直してすぐに奪い返しに来てもおかしくないだろ?」
そう、シタデルが奪い返しに来ることも考えなければならない。
もし体制を立て直し、本気で攻めてくれば勝ち目は薄い。
タイムリミットは意外と短いのだ。
「開けたよ」
「はや!」
望夢が柄にもなく大声を上げる。
まだ渡して2分と経っていないはずだが…。
「この端末にはファイルの裏に『裏ファイル』っていう特別な操作をしないと見れないものがあるんだ。こればっかりは普段使ってないと分からないね」
そう言ってロテルは肩をすくめる。
経験の差ならばしょうがないが、一晩考えて分からなかったことをこうも簡単に解決されると悔しいものだ。
「で、中身なんだけどね…。みんな来てから見たほうがいいかもしれない」
そう言われて見ない者がどこにいるのか。
ロテルの話を無視して望夢と節子は「裏ファイル」を見る。
だが、その内容はかなりショッキングなものだった。
「これ、なんのことかいてあるの?」
節子はわかっていないようだが仕方ない。
この学校に通っていなければ分からない数字がここには書かれていた。
「タナヴィーの抱える借金の返済履歴書さ。だが、こいつは…」
票の左にはこれまでタナヴィーが返済してきた借金の履歴がかいてあった。
しかし、その左に全く同じ額が”納入”の名のもとに書かれている。
その送り先の名は「コルサント校区アヴァン帝国学園」。
タナヴィーが一生懸命返済していた借金は、帝学へと横流しされていたのだ。




