閑話 ごはんとゴブリンと巨大な足 (挿絵あり)
昼下がりの草原。
風にそよぐ草の匂いと、鳥の鳴き声が心地よく響いていた。
リアーネは一本の木陰に腰を下ろし、空間収納に指を差し入れる。
「今日は……オーガの肩肉にしようかしら」
ごそっ、と巨人サイズの乾燥肉を引きずり出す。
人の背丈ほどある肉塊を片手で持ち上げ、そのまま歯で豪快に裂く。
バキッ、バキバキ……バリリッ!
遠くで焚き火を囲んでいたカイたちは、その音にほんの少しだけ眉をひそめた。
「……あの音、なんかもう“料理”じゃなくて“破砕”だよな」
ゾルドがパンをひっくり返しながら呟く。
「でも静かに食べてるよ? 音はすごいけど」フェイが笑った。
「リアーネさん、丸呑みじゃないのがすごい」
マリナが感心すると、リュカが低く付け加える。
「噛み砕くたびに木が割れるみたいな音がしてる。……たぶん、骨ごと食ってる」
カイは苦笑しながら、スープをかき混ぜた。
「まぁ、あの体格なら、あのくらいは食べないと」
すると、リアーネがちらりと彼らの方を見て、口元だけ笑った。
「別に恥ずかしくなんかないわよ。私は、私の必要な分を食べてるだけ」
骨を残さず、肉を裂き、最後に喉を鳴らして飲み込む。
その所作には、どこか優雅さすらあった。
「……この間なんて、足りなくて石を齧ったくらいだしね」
カイたちは焚き火越しに顔を見合わせ、全員が何も言えずに首をすくめた。
*
食後、リアーネは立ち上がった。
草原が波打ち、風が巻き上がる。
巨大な影が木々にかかるたび、小動物たちが驚いて逃げていく。
「ちょっと偵察してくる。あの丘の向こう、動きがあった気がするわ」
彼女は足元の土を確かめるように踏みしめ、静かに歩き出した。
ズゥンーズゥンー。
*
数分後、リアーネは森と岩が交差する一帯に立っていた。
足元、わずかな空き地に、粗末な木造の小屋が数棟。
焚き火跡、骨や毛皮の残骸。――間違いなく、ゴブリンの集落だった。
「……十体前後ってところね。索敵も配置も甘い。気づいていない」
リアーネは両足をゆっくり開き、集落を跨ぐように立った。
ズシィン、ズシィン。
巨大な影が、丸ごと覆いかぶさる。
ゴブリンたちがようやく気づいたその瞬間、群れは悲鳴と混乱に包まれた。
逃げ出す者、焚き火に飛び込む者、建物にしがみつく者。
だが、彼らにとってその混乱の猶予は――わずか数秒。
ドンッ。
リアーネの片足が、1棟の小屋を粉砕した。
ブーツの裏にあったはずの住居が、押し潰された乾いた音と共に潰れ、ぺしゃりと土に沈む。
逃げ惑うゴブリンたちの頭上に、さらに大きな影。
ドゥウウウンッ……!!!
二歩目。三歩目。
どの一歩も、まるで地震のような衝撃と、破砕音を残していく。
「……人を襲う以上、仕方ないわよね」
リアーネはわずかに目を細め、最後の一歩を――最も騒がしい建物の上へと、真上から降ろした。
その瞬間、木々が揺れ、岩場が震え、残ったゴブリンたちは身動きすら取れなくなった。
もはや、逃げ場などない。
静寂の中、リアーネは踵を返す。
ズゥンーズゥンー。
振り返った視線の先には、もはや集落は存在しなかった。
跡地には、くっきりと巨大なブーツの踏み跡だけが残っていた。
「……これでひとつ、脅威が減ったわね」
夕陽が差す。
背後に伸びるリアーネの影は、かつてそこにあった命を、容赦なく塗り潰していた。




