52 終わらぬ叫び、向かう背に願いを
砦の上空に、ようやく静けさが戻っていた。
ホブゴブリンロードが討たれ、飛行魔物たちの秩序は崩壊した。
ワイバーンは旋回の軌道を乱し、グリフォンも弓兵の狙いを逃れられずに次々と落ちていく。
砦の塔の上、レイナは剣を床に軽く落とし、全体を見渡していた。
「……終わったように見える、けど」
その背で兵士たちが歓声を上げようとした瞬間、レイナは片手をゆっくりと上げて制した。
「まだ早い。街からは……叫び声が、止んでいない」
■ 崩れた一点 ― 南門の突破
そのころ、街の南門付近。
戦線の中でも特に薄かった補修区画に、敵の圧力が集中していた。
市街地内には複数のバリケードが設置されていたが、押し寄せる敵の数が想定を超え、ついに一部のオーク部隊とホブゴブリン兵が突破に成功。
さらには指揮官格――ホブゴブリンジェネラルと特異進化型ゴブリンリーダーまでもが、小隊を率いて侵入していた。
「敵が門の内側にっ……!」 「避難路がその先だ、絶対に通すな!」
街中に張り巡らされた狭い通路から、次々と叫び声と衝突音が響きはじめた。
■ 必死の踏ん張り ― 鳥足歩兵隊&Sランク奮戦
南門の裏手、細い市街通路。
そこには、カイと「鳥足歩兵隊」の4人――ゾルド、リュカ、マリナ、フェイが立ちはだかっていた。
さらにその周囲にはA〜C級の冒険者たち。傷つき、泥まみれの状態でも、誰一人退く気配を見せない。
ゾルドが盾を構え、崩れかけた壁の隙間をふさぐ。
リュカがその背から矢を放ち、敵の副官級を次々に沈める。
マリナの二刀が風のように踊り、フェイの癒しの光が仲間の傷口を閉じていく。
カイも、剣を握っていた。
(ここを抜かれたら、住民が――!)
腕は重い。視界はかすむ。だが剣先だけは、かろうじて保っていた。
ひとり、またひとりと味方が倒れる。
名前を呼ぶ声も、誰のものかわからない。
だが、それでも誰かが前に出る。倒れた仲間の武器を拾い、構える。
■ 南門へ、Sランクの影
路地を抜けて現れた、重装の男と長杖を携えた女性。
Sランク冒険者、ドーガとミレナ。
――彼らは最初からこの街の守備戦に配置されていた。
この突破口に敵が殺到していると知り、中央から急行してきたのだ。
「南門、押さえる! そこをどけッ!!」
ドーガが盾のような体躯で前線を押し戻し、
大剣でオーク兵三体をまとめて薙ぎ倒す。
「耐えろ、絶対にここで食い止めるぞ!」
後方ではミレナが、冷静に詠唱を続けながら魔法支援を展開する。
「雷裂、十五秒後……敵の斜列に合わせて撃つ。味方、後退を――」
「いや、下がらんぞ。俺がぶち抜く!」
ドーガが叫ぶと同時に、魔力の雷が軌道を描き、前方の敵部隊を一掃した。
倒れていく敵の山。
だが、その一方で、味方の数も確実に減っていた。
■ 地を揺らすもの、近づく影
ミレナが眉をわずかに上げた。
「……聞こえる?」
ドーガが息を吐く。 「……ああ。地が、鳴ってやがる」
カイも、ふと立ち止まった。
そのときだった。遠く、かすかに――だが確かに、“地響き”が近づいてきていた。
ドゥ……ドゥン……ドゥン……
それは振動であり、圧力であり、合図だった。
■ リアーネ、歩き出す
砦の空に、朝焼けが差し始めていた。
瓦礫の中で、巨大な影が静かに立ち上がる。
リアーネだった。
地に沈んだドラゴンの亡骸を一瞥し、彼女は無言のまま背を向ける。
(……街の音が、まだ止まない。なら、次はそっちよ)
彼女が一歩踏み出すたび、地面がうねるように鳴る。
砦にいた者たちは、その音に自然と道を空けた。
誰も言葉をかけなかった。
ただ、巨大なその背に、すべてを託すように見送っていた。
「街を……お願い」
レイナが一歩前に出て、低くそう告げる。
リアーネは振り返らず、右手を軽く上げた。
その髪が、朝の風に揺れた。
■ 街へ――巨きな背、進軍す
砦から続く荒野の道には、散乱した武具と折れた槍、血で染まった布が残されていた。
リアーネのブーツがそれらを踏み越え、進んでいく。
その歩みに、地は震える。
瓦礫は粉砕され、血は靴底にこびりつき、それでも足は止まらない。
(誰も死なせたくない)
風に乗って、遠くの街から、かすかに子どもの泣き声が届いた。
リアーネは、目を閉じた。
「もうすぐ着くわ、カイ」
瞼を開き、顔を上げて、進む。
煙を照らす朝日が、街の屋根と瓦礫を赤く染めていた。
その中を、静かに、だが確かに――巨きな背が進んでいく。




