15. 二振りの魔法剣 : 名を得し者たち
すべての光を吸い込んだかのような黒い色をした剣の刃には、まるで木目のような微細な模様があり、刃の中央には精巧な文様が金色で刻まれていた。
「あ、素敵な模様だね」
ヘルが言った。
「エルフの言葉だ」
「文字なの?何て書いてあるの?」
ヘルは剣を見ながら言った。
「闇が吼えるその口を塞ぎ、光を宿す風が静寂を歌う」
ドワーフの鍛冶屋は剣をヘルに渡しながら言った。
「クハハ!こんな武器を作るのは久しぶりだな。最後に作ったのは、トニーが頼んだやつぐらいか。ドワーフの俺でも、一生に一度しか作れない最高の剣ができたと思うぞ。魔法使いどもは文句を言ってたが、俺の裁量で《ヴィーダルの破片》もたっぷり使ったぞ!」
「ん?それって何?」
見習いの鍛冶屋が飽きたような顔をして言った。
「はぁ、優れた魔法武器に使われるんだよ。普通は粉だけ使うんだが、今回は破片を溶かして使ったんだ。まったく、大胆だろう?魔法使いどもは惜しいって大騒ぎだったがな」
「フン!一度きりのことだ。持ってるものすべてを注ぎ込むのは当然だろうが。クハハ」
バグナが言った。
「【ヴィーダル】はヘーニルの商人の間では《神》として崇められていますね。ハハハ、それより、こんな素晴らしい武器にはふさわしい名前が必要ですよね。どんな名前にします?」
ドワーフの鍛冶屋が腕を組んで言った。
「確かに、そうだね。こんなに立派な剣が名前がないとな」
ヘルが完成した剣を振るうと、鋭い風切り音が響いた。
ドワーフは《ヒヴィスルエッグ》という名前を提案した。
「《ファールラウフレード》はどうだ!」
「《ラウフヴィスラ》はどうですか?」
(あ、そうか。私は自分の剣に名前を付けてないな。
うーん、自分の剣に似合う名前って何だろう?)
見習いの鍛冶屋が私を見て笑いながら言った。
「ヘルの剣がうらやましいのか?この機会にお前も新しく作れば?《ヴィーダルの破片》は使えないと思うけど、少し残っているあの珍しい金属を使ってみるのはどうだ?」
「いや、私はこの剣が気に入っているよ!」
「へえー、誰だって目の前にこんなものがあったら欲しくなるもんだけどな…」
剣を振ってみたヘルは、ラウペイの木で作られた持ち手と鞘が気に入ったと言って《ラウフェイアソン》という名前にした。
ドワーフの鍛冶屋が笑って言った。
「ハハ、持ち主がそう決めたならそれでいいさ。そういえば、ローレンの姿が見えないな。あいつがいないと静かだな。いたらきっと名前を付けるのにひと役買っていただろうに」
私は火花が散る工房を見回しながら言った。
「うん、ローレンは途中で急に図書館に戻っていったんだ」
大きな煙突があり、丸くて長いシードホートの工房は、確かに故郷にあった工房よりも大きくて雄大だ。
(天井も高いな)
2階には魔法使いも何人か見える。
見習いの鍛冶屋が言った。
「この工房のほとんどを《ロム》さんが作ったんだよ。《ロム》さんの弟子の中には有名な鍛冶屋もたくさんいるんだ。俺も早く独立したいよ」
ドワーフの鍛冶屋が大きなオーク樽を両手に抱えながら言った。
「ハッ、お前はまだまだだ!結局お前じゃうまくいかず、フレアに手伝ってもらったじゃないか!細かさも力も足りない。まだ青いな、《ルーク》!さっさとこれを手伝え!フレア、お前はここに残ってもいいぞ。お前には才能がある」
見習いの鍛冶屋は私を睨みながら通り過ぎ、ボソッと言った。
「チッ、いいよな、フレアは」
「フン、なんだよ。私は冒険者なんだから!」
ヘルの剣と、今回一緒に作られた道具が整然と並べられ、ドワーフは樽から赤みを帯びた葡萄酒を一杯飲み、もう一杯を武器と道具に振りかけた。
そして、ドワーフの鍛冶屋は叫んだ。
「燃え盛る息から生まれ
その命が大地に帰るまで
流れる血と汗が大地を潤し
《永遠》に小さな痕跡を残すように!」
星々が踊り、月が明るく輝く夜
炉から上がる火花もまた踊り、こうして夜は深まっていった。
翌朝、ヘルは私を起こして久しぶりに剣の訓練を誘った。
ヘルは昨日作った剣で訓練をしようと言ったが、私はさすがにそれは嫌だと言った。
ヘルはローレンを待つ間、ギルドの依頼を受けることにした。
ローレンは図書館に戻ってから数日が経っても姿を見せなかった。
私は何度も図書館に足を運んだが、ローレンは他の魔法使いたちと忙しそうに本を探し、読み返していた。
そうして数日が過ぎた後、ローレンは明るい顔で私たちに準備が整ったと言った。ローレンは図書館から戻ってきて一日中眠ってた。
翌日、ついに私たちはシードホートを出ることになり、最後にローレンの師匠に会いに行くことにした。
ローレンの師匠は学校に住んでるらしい。
(ここが学校なんだ)
誰もいないような静かで暗い廊下には、明るく輝く照明がふわふわと浮かんでた。ローレンについて行かなければ、この学校の中で迷ってしまいそうな複雑な道だった。
(誰もいないのかな)
人の姿は見当たらず、たまに現れるゴーレムたちが静かに歩き回っていた。
中には、背中に何かが書かれてるゴーレムもいた。
「よし、近道を通ろう」
「え?ここ道がないじゃない…わぁ!ローレン!」
ローレンについて行った先は、奇妙な絵が掛けられた壁だけがある行き止まりだった。ローレンが絵を見ながら何かを呟いて手をかざすと、壁が開き、私たちの目の前に階段が現れた。
壁を抜けて螺旋階段を上っていると、昔のことを思い出した。
(ドラウグたちと戦って、こんな階段を登ったっけ)
あの時はどうしてあんな勇気が出たんだろう?
シャーリンが前に出て歩いている時には、心臓が破れそうなくらいドキドキしてた。
恐怖で足に力が入らず、目の前がぼんやりとしていた気がする。
その時、光が見えた。そして気がついたら、すでに走り出していた。
「ノーブルの部屋はこの廊下を抜けた先にあるよ」
(あ、人がいる?!
えっ?!ド、ドラウグ?)
黒い布がはためきながら私たちの方へと近づいてきた。まるで足が地面に触れていないかのように、滑り寄ってくる女性の姿は、細く長い木の枝が動いているように見えた。
ローレンは小さな声で言った。
「あぁ、 メアリー先生だよ」
長く黒い髪をなびかせ、鋭く冷たい目つきで私たちを見つめながら通り過ぎた。
(うぁ、雰囲気は怖いけど、綺麗だな…)
「ん?あれ、誰かが通り過ぎた気がしたけど?
なんか、おいしそうな匂いがする」
ローレンが後ろを見て言った。
「多分セムラ先生だよ。いつも何か食べてるんだ。他の人に食べてるところを見られたくないから、ああやって魔法で姿を隠しているんだ。まあ、何を食べてるかは匂いでバレバレだけどね」
「あ、あれは何?」
「あ、ヴィーサウガだよ」
煙のように立ち上って、空中でちらちらしている目はローレンをじっと見つめていた。
「ローレン。久しぶりだな!どうだ?まだ心変わりしてないのか。あんなノーブルなんかより、私の方がもっと偉大な魔法使いだぞ。優れた者から学ぶべきだとは思わないか?」
「いいえ、誰からも学ぶつもりはありません。」
「ふん、若さの愚かさよ。もう少し大人になれば考えも変わるだろう。愚かなローレンめ」
赤い木で作られた素敵な扉が、まるで私たちが来たことを知っているかのように、すーっと開いた。
「いらっしゃい」
鳥のさえずりが聞こえてきた。ノーブルは窓から鳥を外に飛ばし、私たちを見て歓迎してくれた。
ローレンが嬉しそうに話した。
「ノーブル!ついに分かったよ!」
「ほう、聞かせてごらん」
ノーブルが両手のひらを合わせると窓が閉まり、部屋の灯りが次々と点った。
ローレンが話し始めた。
「黒い門を開け、恐怖を招き入れる。
その門は別の世界とつながっているような気がするの。
本を見つけたんだよ。
【銅色の伝説と古い物語の書庫】を管理している《ガルマー》を知ってるでしょう?
【スキールニルの冒険】、みたこともなかった本だよ。
その本だけでなく、彼が見せてくれた他の本にも古代の魔法使いたちについての話が書かれていた。どの本にも少しずつ異なるけど、共通するのはその門が別の世界から何かの存在を呼び出すということ。そして、その存在は《古代王国の魔法使い王》と関係があるようだったの。
はぁ、どうして彼に質問しなかったんだろう?
彼は私が知りたいことをすでに知っていたんだ」
「はは、興味深い発見だね。
我々魔法使いたちはたいてい、自分で探し出すことを好む傾向があるからね。
他人に聞くことはあまりしないものさ。
それが時に遠回りさせることもありますが、私はそれにも意味があると思う。
その話を聞いて、思い出した。
昔、魔法学校で起きた出来事が記された本も面白いよ。
例えば、謎の死を遂げた魔法使いの話とかね…
ふむ、別の世界、面白い推測ね。
ローレンとは違った観点で、私が知っている門についての事実を教えよう。
【ギンナル】という国があるんだ。
ギンナールは、ずっと昔からアルダフォードとは仲が良くない」
シャーリンは頷きながら言った。
「今でもアルダフォードの北方の村々では、ギンナールの挑発によって時々争いが起こると聞いています」
ローレンの師匠はシャーリンを一度見てから話を続けた。
「シャーリンさんも知ってると思いますが、ギンナールは《スカディ》を神として崇める国です。
遥か昔、アルダフォードはギンナールに先に攻撃を仕掛けたことがありました。非常に古いから続く戦いです。その後も小さな戦闘は続きましたが…
今回、ギンナールは大きく動こうとしているようです。
《スカディ》を崇める最高の神官であり、王でもある《グスタフ》は周辺地域の国々だけでなく、ローズル地域も手に入れたいと考えているようです。
そして最近、ハーグビルクもアルダフォードとの戦争の準備を進めているようです」
シャーリンの顔が暗くなって聞いだ。
「どうしてですか?」
ローレンの師匠が答えた。
「《自由都市国家》であるハーグビルクに対して、アルダフォードの【頑固な騎士団】の圧力は昔からありました。もちろん彼らは我々、シードホートのことも目障りな存在だと思っています」
シャーリンが言った。
「《鉄壁の騎士団》ですか?」
「いえ、エルドーマル です。彼らはアルダフォードの深い闇に潜んでいます。遥か昔には魔法使いも殺していた騎士団です」
私はびっくりして言った。
「へえ、そんなに騎士団があったの?私が子供の頃、憧れていた騎士団とはなんか違う印象だな」
ローレンの師匠が私を見て笑いながら言った。
「多くの人に知られているのは《黄金の獅子騎士団》でしょう。シャーリンさんもそこに所属しているようですね」
シャーリンが言った。
「はい、そうですね。しかし、私も《エルドーマル》の話は初耳です」
ローレンの師匠が言った。
「闇はどこにでもあります。もちろん、ここシードホートにも暗い影は潜んでいます。塔の決定により、魔法使いは戦争に関わらないことになっていますが、動きを止めない者たちもいるのです」
ローレンが呆れた顔をして言った。
「ええっ!こんなに苦労したのに!誰なの?」
シャーリンが言った。
「他人のことには関わりたがらない魔法使いが、意外ですね」
ローレンの師匠がため息をついて言った。
「自分たちの魔法で全ての問題を解決したがる者もいます。
まあ、自己本位な好奇心のもう一つの顔です。
知識に溺れた者たちは、心に満ちた毒を周りに放つ。
心配はいらない、ローレン。
彼らが誰かはまだ特定されていないが、やがて牙をむくだろう。
片腕を差し出してでも奴らを捕える方法をとるつもりだ。
おっと、話が横道にそれてしまったな。
どうやら、ハーグビルクはギンナールと手を組んだようだ。
実のところ、ギンナールの策略にハーグビルクが取り込まれたようだね。
我々は、君たちが見たという黒い門を使って彼らがハーグビルクに潜り込んでいるのを発見した。そして、彼らが魔法の素質を持つ者を連れて行こうとするのも確認した。
その黒い門を使う者たちは《ビヨンダー》と呼ばれているようだ。ビヨンダーと呼ばれる者は《スカディの魔法使い》だと思っていたが、実際には《ボズガディルの傭兵》がほとんどだった。
君たちが戻る道中にもビヨンダーが現れたと聞いた。何のために君たちを襲ったのかは不明だが、君たちが【ナグルファル】に向かうことを知っていたのは、ほんのわずかな魔法使いとギルドだけなんだ」
(ああ、ビヨンダー…)
私たちが西の森から戻る途中のことだった。
私たちは森を回ってさらに多くの鉱石を見つけ、グレンが言っていた時間に合わせて戻ってきた。戻る道中は、ローレンの料理に対する不平以外は穏やかだった。
高原地帯を過ぎてシードホートに戻る橋で盗賊たちに遭遇した。
しかし、彼ら以外の者たちも現れ、盗賊たちは困惑していた。ローレンの魔法で盗賊たちと他の者たちも眠らせたが、突然現れた黒い門から出てきた者たちが、眠ってしまった仲間たちを連れて消えてしまった。
ローレンの師匠が言った。
「これは私の推測ですが、どうやらシードホートの魔法使いの中にも《ビヨンダー》がいるようです」
よく分からない話でぼっとしてる間、話が終わって部屋を出た。
ローレンは最後にトニーに挨拶したいと言った。
私たちは学校とつながっている道を通って、光の塔へと向かった。
廊下の向こうから、私たちに近づいてくる暗い影が見えた。
(うぅ、この人も先生なのかな。なんか、体がピシッとこわばるような感じがする)
豊かな巻き髪、小さく鋭い目、尖った鼻、不満げな顔をした魔法使いがこちらを見つめ、ローレンに話しかけた。
「ローレン、塔の試練の後だな。お前もお前の師も、その日は運がよかった」
「なんの話だよ。あなたの弟子もあなたも最悪だったよ。相手にする必要はない、行こう」
「あの頃のノーブルと同じで、よく色んな所へ顔を出すな。他人に迷惑をかけながらな。師も弟子もまったく同じだ。古い闇から抜け出したからといって、うぬぼれるな。一体何を探しているのか?このシードホートにお前が求める知識がある。愚かな者こそ、わざわざ外を回って自分の目で確かめようとするものだ。そうだ、すぐ近くにお前が探しているものがあるのだ。フン!愚かなことよ」
彼は私たちの背後で声を上げ、不快な目つきでこちらをにらみつけながら去って行った。冷たく綺麗な先生とはまた異なる、嫌な感じのする視線だった。
暗闇から光へと出て、塔を登り、気分が良くなる香りが漂う部屋に入った。
「ボー!そこをしっかり持って!気を付けないとお前の見えない手が永遠に消えるかもな!ウフフフフ…おや、ローレン!」
「こんにちは、フローラ!ボー!あ、トニーおじいさん!」
「おぉ、来たか、ローレン。お前たちが帰ってきた話は聞いたぞ。さて、これからどうするつもりだ?」
「ギンナールに行くよ」
「また旅か?ハハ、もしかするとこれが最後になるかもしれんな」
「そんなこと言わないで!すぐ戻ってくるよ」
「そうか、この場所よりも安全かもしれんな」
「あれ、この金色のは?《グルヴェイグ》?《ヘイスの破片》なの?トニーおじいさんも持ってたの?」
「おっと、うっかりしてた。ちょっと借りてただけだから、すぐに返さないとな」
「ふーん、何を作ってるの?」
「商人たちからの依頼だ。純粋な魔法よりも、最近はこうした商人たちが求める魔法道具ばかり作ることが多くなった気がするな」
「うーん、いつからか、魔法使いが作りたいものを作るんじゃなくて、商人たちが売りたいものを作るようになったね。みんなどうして黙ってるの?」
「魔法使いの多くは、ただ魔法を使って創り出せればそれでいいと思っているんだよ。ローレン、お前は自分がしたいことをするんだ。自分の内なる声を聞いて、自分を信じなさい」
「うん、わかったよ、トニーおじいさん!じゃあ行ってくるね!次に来る時にはトニーおじいさんが作ったものを楽しみにしてるよ!」
「気をつけてな、私の大切な子よ」
バグナは私たちと一緒に行かなかった。
「皆さんと共に冒険できないのはとても残念です。目に見えない明日を手探りしようとせず、腐った過去に掴まれず、ただ輝く今を生きる時、人生は続きます。そして、きっと風に乗り、皆さんの冒険の物語が人々の口を通して私の耳にも届くでしょう。
長い時が経っても、皆さんの冒険譚は語り継がれるに違いありません。
そして私はそれを歌い続けることでしょう。
ハハハ、皆さん、どうぞご無事で!」
その夜、私たちはシードホートを後にした。
ローレンが言った。
「はあ、やっとシードホートを出るね!次に行くところではおいしいものが食べたいな!」
商人が笑いながら言った。
「アハハ、シードホートの魔法使いの中にも食べ物に興味がある魔法使いがいるんですね。それなら、ハーグビルクの北に位置する小さな村で食べた料理をおすすめしましょう。ここローズルでは味わったことのない美味しさでしたよ」
「うん、どうせ行く途中だし、立ち寄ってみようか?」
<ドーン、ポン>
眩い光に包まれたシードホートを見上げて私は言った。
「よし、決めたよ、スキプー!《モードラン》 、私の剣の名前は《モードラン》 にするんだ」
空に響く音、光、それらすべてが私たちの旅立ちを祝福しているように感じられた。
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