13. 咆哮、決意の形、絶望の中で踊る影、燃える木
「ふー、だから、私がまた攻撃しちゃったの?」
私は地面に座り込んで頭の上にいるスキブーをなでながら言った。
バグナが私を見て笑いながら言った。
「ああ、大きな蛇がフレアの体を巻きつけ、その恐ろしい口を大きく開きました。すると、フレアの顔が光って、その光が蛇の口に吸い込まれ始めました。 何が起こるか分かりませんでしたが、ぞっとする光景でしたね」
ローレンが私と同じように座り込んでカバンから何かを取り出しながら言った。
「トニーおじいさんからもらったこれ、飲もう」
スキブーは私の頭から降りてきて私が飲んでいるのを匂った。
「あ、甘い!美味しい!」
ローレンは一気に飲み干して立ち上がりながら言った。
「うぅ、美味い。やっぱり、トニーおじいさんが作ったものだよ。それにしても、ヘルが蛇をすぐに倒したのにフレアは口を開けっぱなしで、まだ正気に戻れていなかったよ。シャーリンの魔法でも止まらないから、両腕でぎゅっと抱きしめて動けないようにしてたね。その後に、あのキツネがフレアの頭の上に乗ったんだ。しかし、よく起きたよね」
私はスキブーをなでながら言った。
「あ、シャーリンの声が聞こえたよ。シャーリンとスキブーの声じゃなかったら、起きられなかったよ。ありがとう。それにしても悪夢を見たようだったよ」
シャーリンは優しく微笑みながら言った。
「フレア、あなたは自分でやり遂げたんです。治療しようとしても、自分の意志がなければ治療はできません。生きようとする意志がなければ、何もできないんです。私ができることはあなたが起きられるように手を握っていることだけです。起き上がるには自分自身です」
バグナが嬉しそうに言った。
「ああ、こんなに濃厚で甘美な味わいは初めてです。最後にほんのりと苦味が広がり、それはまるで夕焼けの中、穏やかな波に足を浸しながら一息ついているような気分にさせてくれますね。心地よく疲れが解けていくようです」
ヘルが私に私の剣を手渡した。
「あ、ありがとう。じゃあ、もうあの暗い中に進まないといけないよね?」
ヘルが森の奥を見つめながら言った。
「鉱石を探すのが優先だが、あいつが我々を邪魔するだろう。 静かになったのも束の間のようだ」
「フレア、大丈夫?」
(大丈夫、フレア)
「うん、もう大丈夫。行こう」
私たちはヘルを先頭にさらに奥へと進んだ。黒く焦げて骨だけが残ったまま立っている死人のような黒い棘の木を見て、幻覚の中で見た死んだ自分の姿が頭に突き刺さるように浮かんだ。その時、足にふわりと温かい何かを感じた。
「スキブー、大丈夫。ありがとう」
木が不気味な音を立てて動いているように見えた。森の奥からまた黒い煙が立ち上った。
ローレンが言った。
「気味の悪い霧だな。まだ続くのか?」
次の一歩を踏み出した瞬間、地面が沈んでいくように見えた。地面が割れてその隙間から煙が立ち上った。そして、その穴から蛇が現れた。
(あ、これも幻覚だな…)
私はローレンを見た。ローレンは目を閉じていた。
ローレンが言った。
「幻覚だね。目に見えるものにそのまま反応するなよ。あのヨツンが喜ぶだけだよ」
バグナが奏でる音楽が森に響き渡ると沈んでいた地面が元に戻り始めた。
何かが怖くて逃げる動物のように蛇や煙は消え去った。
「これは、もう私たちが来るのが嫌みたいだな。ハハ」
(しかし、うるさいな。この声。
ずっと、先から小さい声でずっとしゃべてる。ん?)
ヘルが私たちを見て言った。
「みんな、危ない!」
遠くから木が倒れる音がだんだん大きくなってきた。そして、黒い何かが私たちの方に猛烈な勢いで近づいてくるのが見えた。
(あれは火なの?)
黒い炎はまるで口を開けて私たちを飲み込もうとするヨツンの顔のように見えた。陰惨な音を立てながら黒い木を燃やした。それは燃やすより、壊すようだった。崩れゆく黒い木は灰となって空へ舞い上がった。巨大な轟音が響き渡り、黒い灰が雨のように降り注いだ。
「フレア、避けて!」
(逃げない!)
その時、私の剣が炎をまとった。
(あれ、まだ呪文を唱えていないのに)
私は黒い炎に向かった剣を振り回した。私の剣から放たれた炎は黒い火とぶつかった。
(うっ、負けないよ!)
最初は私の炎を食べようとする黒い炎だったが、だんだん黒い炎を覆い隠した。ヨツンの顔みたいな黒い炎はまるで悲鳴を上げながら絶叫するようだった。そして、黒い炎は赤い炎に飲み込まれ、黄金色に輝きながら消えていった。
「はぁ、消えた」
ローレンは私の剣を見ながら言った。
「ほぉー、やっぱり、トニーおじいさんがよくしてくれたね。それにしても、フレア、スゴイよ」
バグナが言った。
「成長してますね。これ以上迷いがないですね、フレア」
「へへ」
私はスキブーをみた。スキブーを私を見て笑うように見えた。
「あぁ」
空から舞い降りる灰が風に乗って飛んでいった。
ローレンの魔法で風が吹いて涼しく気持ちが良かった。
ヘルが合図をしながら小さく話した。
「進もう」
歩いていると不気味な音とともに周りの黒い木が再び成長し始めた。
私は驚いて小さい声で言った。
「木がまた伸びてる?」
バグナが周りを見ながら言った。
「ここはまるで迷路のような場所ですね。こんなにも霧が立ち込めてるし、ヘルさんの導きがなかったら我らはこの森で道を失いましょうね。そして、一歩でも誤れば抜け出せない沼地に落ちてしまうでしょうね」
「ふんー、ヘルがいなくても、私の魔法で道を見つければいいんだよ。
それよりもヨツンが一匹も見当たらないね」
私はスキブーが立ち止まったので周りを見回して言った。
「ん?羽音?鳥?一体どんなヨツンなんだ?
10年前に現れたヨツンがこの音を出しているんだよね?」
ローレンは手を前に出しながら言った。
「ふん、どんな奴だろうと全部片付けてやるよ。口ばかりでまともに戦える奴なんていないからな。魔法使いの中にも口ばっかりの奴は腕が大したことないんだよ」
バグナが言った。
「ハハ、まるで私に言ってるみたいですね。前にも言いましたが、戦う腕前はないかもしれませんが、逃げ足だけは自信がありますよ。あ、もちろん皆さんと一緒なのでその腕前をお見せする必要はないでしょうけどね」
ヘルが止まって静かに言った。
「すぐ目の前だ」
スキブーが唸り声を上げながらゆっくりと後ずさりした。
私はスキブーをなでながら言った。
「大丈夫だよ。私たちが一緒にいるから」
ヘルについていくと、木で囲まれた空き地に木の間から暗くなる空が見えた。正面の奥に立っている巨大な木にこれまで見たこともないヨツンがいた。そして、木の周りの地面は紫色に浸されていた。
「うっ、これはなんだ」
骨だけになった痩せこけた鳥の形をした体や翼から黄褐色の羽が紫色の地面に落ちた。羽が地面に触れると黒い炎が燃え上がり、跡形もなく消えた。そして、その場所から小さなヨツンたちが生まれた。
鳥の顔は骨だけが残って死んでるように見えた。体は至る所に骨が露出していて、翼も骨が見えて痩せ細って空に伸びていた。その一方で黒い鱗に覆われた長い尾は力強く木にしっかりと巻きついていた。尾の先にはワニのような長い顔が付いてた。長い口にはギザギザの黄色い歯が見えて裂けたような細い目はどこを見ているのかわからないまま、忙しく動いていた。
そして、よく見ると巨大な木の周りにある木には何かがぶらりとぶら下がっていた。
(目がこちらを見ている?)
「恐れを知らぬ者は冷えた食事と同じだ。まるで味がないようにな。お前たちがここから戻れることなど、できない」
その瞬間、周囲が闇に包まれた。
「絶望して恐れおののくがいい」
(今までとはまったく違う場所? え?体の動きが鈍くなった気がする。ここは一体どうなっているんだ?)
ローレンの声が聞こえた。
「ふん!こんな幻覚にはもう騙されないよ!」
暗闇の中から聞き慣れたバグナの音楽が聞こえてきた。そのゆらっとして心地いい音に耳を澄ますと体の動きが戻り始めて目の前が明るくなり始めた。
「くっ、つまらん。塵芥な存在よ、何者だ!?その不愉快なものを我が目の前から消え失せろ」
バグナは笑いながら言った。
「重たい心を軽くしてくれて
暗い夜を慰めてくれる音を鳴らす。
古びた記憶に積もった埃を払いのけてくれる懐かしい音楽。
一瞬の儚い存在でもその意味を忘れずに語り継ぐこと。
それが私の役目でございますよ」
ヨツンは悲鳴のような不気味な鳴き声を発したらヨツンがいる周りの木から何かが地面に落ち始めた。
(え?目玉?)
キノコのように生えるヨツンの体にはいっぱい目がついてた。そして、紫の地面から現れたヨツンたちと共に私たちを狙って攻撃してきた。
「ふん、口ばっかりうまいこと言って自分は後ろに隠れてるタイプだな。ノーブルが言った通りね。あのヨツンは大したことないよ」
ローレンは炎の魔法でヨツンたちを焼き払いながら言った。
私はスキブーと一緒に一番前でヨツンたちと戦っていた。私たちは絶妙なコンビだった。スキブーがヨツンを攻撃して態勢を崩すと私がとどめを刺した。見えない攻撃からスキブーが私を守ってくれることもあった。なぜかスキブーを見ているだけで幸せな気持ちになった。戦いは辛いけど、笑顔でいられる。そして、以前ラウペイと戦う時に素敵に笑ってた冒険者を思い出した。
バグナは音楽を演奏しながら話した。
「ハハ、フレア、いい笑顔ですね。そして、あのヨツンは様子を見るともう手は尽きたようですね」
ヨツンの口から出た黒い煙が渦巻いて影を作り出してバグナに飛びかかってきた。しかし、バグナの前に立つシャーリンの魔法の剣によって影は光の粉になって消え去った。
ヘルの攻撃に悲鳴を上げていたヨツンはこちらを見て叫んだ。
「ふん、あの生き物!ちっぽけな生き物か。毎晩、赤く輝く貴様らを食い尽くすために飛び回っていたが。もううんざりだ。飛ぶのはもうごめんだ。
こいつは自分の腹を満たすために俺が地面に引きずられて口に泥が入ろうがまったく気にしなかった。忌々しい奴だ。
昼間にこいつが寝ている時に俺は木を掴んで絶対に離さなかった。
俺はもう飛びたくない。この森で獲物を待ち、噛み砕いて食うほうが性に合っている。
この生意気な奴との共生関係はもう終わりだ。
俺がこの森の王だ」
バグナが言った。
「うっー、これは以前どこかで嗅いだことのある匂。そう、あの黒い荒々しい獣の匂いを思い出しますね。ハハハ。しかし、あの姿は何をしてるんですかね」
ヨツンの尾は木を登り始めた。そして、尾は溶けたようにぐにゃぐにゃと変形していた。鳥の骨は尾に吸い込まれていった。全身が黒くなったら硬くなって黒い鱗で覆われた。翼はコウモリの翼のように変わって羽ばたき始めた。
「我こそはこの地に降臨なさる御方のために準備を整える者なり。
我の名はナーグリムル」
「えっ?!ド、ドラゴン?!」
ローレンが言った。
「ふん、蛇に羽が付いただけじゃん。私が知ってるドラゴンではないな」
それはまるで尻尾はないドラゴンに見えた。姿を変えたヨツンは大きな口を開けて翼を羽ばたかせながらこちらに飛びかかってきた。しかし、ヘルの攻撃とローレンの攻撃を受けて地面に叩きつけられて木を壊しながら突き進んでいった。
「ふん、本当に面倒なヨツンだね。みんな、私が消えても驚くなよ。あのヨツンの動きを止めてやる。ヨツンが気づかれないように頼むね」
その瞬間、ローレンが私たちの目の前から消えた。
(あ、本当に消えた。どこに行った?どんな魔法だろう)
スキブーが唸り声を上げながら空の方を見た。
ヨツンはいつの間にか空へ飛び上がってこちらに向かって急降下してきた。ヘルはヨツンに向けて矢を放った。しかし、ヨツンは口から黒い煙を吐き出して魔法の矢は砕けて光の粒となり消え去った。
「無駄だ。忌まわしい存在め。貴様は私の興を削ぐだけだ。消え去れ!」
その瞬間、四方から光る縄がヨツンを捕えた。ヨツンは悲鳴を上げながら体を捩ったが縄に縛られて地面に落ちた。ヘルはヨツンの頭上に跳び乗って矢を放ちながら背中に移動した。ヨツンは苦しみながら体を捩った。いつの間にか木の上に登っていたヘルはヨツンの目を狙って矢を放った。悲鳴を上げるヨツンに私は剣を振りかざして炎がヨツンに向かって襲いかかった。
「くぅ、こんなもので私を止められると思うのか?深い闇の中、その方の苦しみから生まれた破片である私には、そんな炎は無力だ」
ヨツンは口から黒い煙を吐き出して炎を消し去った。
「これで全てを消し去れ。絶望の中で死ね。その方の来る道を整えるがいい」
「ふん、お前こそ消え去れ!」
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