2. オードの家
大柄な群れが突然倒れたことに驚いたのか、それとも自分たちが小さな少女一人を軽蔑して嘲笑したことが恥ずかしかったのか、皆は静まり返り、まるで石像のように固まっていた。
しかし、違った。
彼らが静かだったのは、誰かがこの状況を説明してくれることを期待し、周りを見回していたからだった。
誰も答えを出さないことにいらだち始めたのか、徐々にひそひそとした声が聞こえ始めた。
「え?何が起こったの?」
「急に倒れた」
「いや、なんで?急に倒れた?」
「あのバルダーの使者が何か怪しいことをしたんじゃないか」
目の前で何が起きたのか、自分たちが知っている知識を集めても
説明できない状況に慌てた人々は、互いにささやきながらあちこちを見てた。
その時 、誰かが自信のない声で小さく叫んだ。
「ま…魔法使い?」
人々はまるで餌に群がるワニのように再びざわつき始めた。
「魔法使いだって?」
「いやーーどこに魔法使いがいるんだ?」
「あー、あそこ!あ、あの小さな子だよ」
最初に《魔法使い》と言った人は、人々が自分の言葉に反応してざわめくのを見て、自信を持ったのか、私を指さしながら周りの人々に大声で叫んだ。
「ふぅー、この私は見たぞ!あそこのちびっ子が何かつぶやいたんだ。
そしたら、みんな倒れた!あいつはきっと魔法使いだ!」
「いやー、それはあり得ないよ!
あんなちびが魔法使いなわけないだろ!」
「魔法だって?
私はてっきり毒で倒れたのかと思ってたのに」
自分が持っている知識の範囲外にあるものに向き合うとき、人々が発する声はまるで赤ん坊のつぶやきのように頼りなかった。
ざわめきと複雑な感情のこもった視線が私に向けられた。
(ふん、何よ)
座がしらけた原因を見つけたかのように、私を指差して怒りの表情で手を振り上げる人もいた。
ずっと私を見て《ちび》だと言うのが聞きたくなかったが、
私はそのような人々を睨みながらむしろ意気揚揚と言った。
「ふん、そうだよ。私が魔法で彼らを寝かせたの。うるさすぎるんだよ」
魔法を使ったことを私が認めたにもかかわらず、まだ信じない人たちがいた。何かが納得できないみたいで怒りをあらわしてる。ある人たちは倒れた人たちに近づいて彼らを起こそうとして顔や体をたたいてた。人々は倒れた群れたちを支えながら体を起こそとしたが、群れたちは深く眠っている子供たちのように幸せな表情で全然動かなかった。
私はため息をついて言った。
「心配しないで。彼らは死んだわけじゃなく、ただ眠っているだけだよ。今起こそうとしてもすぐには起きないだろうけど、一日経てば目を覚ますよ」
年配の冒険者らしき男性が震える手で顔を覆い、同僚に小声で話していた。
(でも、全部聞こえてるんだけどな…)
「今までずっと冒険してきて、たくさんの魔法使いに会ってきたけど…あんなに短い呪文で魔法を使うのは初めて見たな。そういえば、昔あんな服を着た少年に会ったことがあったんだ、その少年は…」
彼はいつの間にか、自分が会った魔法使いの話を隣の人に語りながら酒を飲み始めていた。
他の人たちも、『本当に魔法を使ったのか』と話し始め、『あんな魔法は知らない』とか、『絶対に何かごまかしを使ったんだ』と疑う声も聞こえてきた。
(ふふ、私が疑われるのも仕方ないか。こんな若さでシードホートの魔法学校を卒業するのは普通じゃないからね)
もちろん、私も卒業するのは簡単じゃなかった。むしろすごく大変だったんだから。学校を卒業するのに《8年》もかかったんだしね。
でも、私よりすごいのは師匠の《ノーブル》。彼は学校を《7年》で卒業したんだよ。さすが、私の師匠だね。
シードホートの魔法学校を卒業してこそ魔法使いとして認められ、《魔法使いの帽子》をもらうことができる。卒業するためには【業績】を一つ以上達成しないといけない。【業績】にはさまざまなものがある。ある魔法使いは病気を治す薬を作った。この店にもあるあのリオスカシと呼ばれる魔法の照明も魔法使いが作った。自分が関心のある分野であれば何でもいい。新しい魔法を作ったり、魔法の道具を開発したりする。既存のものを改良して、もっと便利にしてもいい。
今、私が着ているこの服とカバンは、学校を卒業して冒険に出ると宣言した時にノーブルがくれたものだ。もちろん、この服やカバンも魔法の道具だ。
一見ボロボロの服に見えるが、この服は魔法の布で作られていて、寒さや暑さからも守ってくれる。巨大なヨツンに叩かれても破れることはなく、痛みも感じない。
(ノーブルが自慢しながらそう言っていたから、そのはずだ)
そして、このカバンはとーーても頑丈に作られていて、中に入っている物は壊れないようにしっかりと保護されている。
(これもノーブルが言ってた)
また、重いものを入れても全く重さを感じない。
(これは確かにそうだね)
最も驚くべきことは、このカバンが私の顔ほど小さいのに、たくさんの物を入れることができることだ。
(どんな魔法でこうなっているのかはまだ理解してないけど…)
これらすべてが、魔法使いたちが作り出した魔法や魔法道具の力だ。 私も卒業するために、自分だけの魔法を作ろうと努力した。
(いや本当に一生懸命努力したんだよ)
もちろん、その多くの時間を夢の中で迷いながら過ごしたけどね。
隠れて寝ている私を見つけ出して起こそうとするノーブルから逃げるのが、私の日常だった。
(そのために隠れる魔法も覚えたんだよね。 でも、ノーブルはいつもよく見つけたなぁ)
結局、私に必要なのは【寝ながらも仕事ができる魔法】だと思って、その魔法を作ったんだ。
(本当に大変だったな…。短くて《カッコいい呪文》を作るために、いろんな本を調べたり、考え込んだり、即興でいろいろ叫んでみたりしたっけ。でも、なかなか思い通りにはいかなかったな)
ある日、夢の中で聞こえた音を真似して、ようやく魔法の呪文が完成したんだ。まあ、とにかく私は無事に卒業して、こうして冒険もできている。
けれど、私が魔法使いだという事実を、人々がなかなか信じてくれないのも理解できるよ。
(ふん、ならこれを見せるしかないね)
私はカバンをかき回し、【魔法使いの帽子】を取り出してかぶりながら、堂々ともっと大きな声で言った。
「あなたたちが知らないからって、魔法じゃないなんて言うのは本当に馬鹿げてるよ。ふふ、知るわけがないよね。だって、これは私が作った魔法だから! そして、この魔法を使えるのも、私しかいないんだ!」
私の話を聞いた人たちはしばらく静かになり、さらにざわめき始め、お互いに騒ぎ出した。
「うっー、嘘だろう! 」
「こら! 話にならないことを言うな!大人を舐めるな!」
「ゲホッ!ゲホッ!
シードホートの魔法使いだって? あんな…幼い者が?
私が見てきたシードホートの魔法使いたちは、
皆、年配のお年寄りばかりだったぞ。
何の嘘をついているんだ!」
「あぁ、あれは偽物だろう」
「ふむ、もしかして、魔法使いの帽子を盗んだんじゃないか?
あいつの後ろにいるやつも怪しいね」
人々は【私が魔法で群れを眠らせたこと】を忘れたかのように、
【私が本当に魔法使いなのかどうか】で騒ぎ始めた。
どうしてシードホートの魔法学校を卒業した人しか持っていない帽子を
見せても、私が魔法使いではないということを信じるためにあんなに必死なんだろう。
人々が騒いでいる間、小さな猫がテーブルの上に上がって来て、残った食べ物を食べ始めた。
私も、もはや説明する気もなくなり、席に座ろうとした。その時、酒に酔った男がテーブルをドンドン叩きながら、絡まった言葉で騒ぎ出した。
「ふーふさけな!
あーー あんなちびっ子がシードホートの魔法使いだって?
笑わせるぜ!ぬはは!」
その言葉にカッとなった私は腕を伸ばして酔っ払ってる男に向かって言った。
「ちび、ちび。うるさいよ!
あんたも彼らみたいに眠らせてあげようか?
今度こそよく見てよ!
私が魔法使いだってこと、ちゃんと見せてあげるからね!」
その時、いつの間にか私のそばに来た《ヘル》が、私の肩に手を当てて言った。
「ローレン、これ以上騒ぎを大きくしないほうがいい」
彼の手元から漂ってくる草の香りとさわやかな風の匂いが、私の怒りを少し和らげた。私は手を下ろして、帽子を脱ぎ、カバンにしまいながら周りを見回した。
私をさっきからなんとかしようと睨んでいる人たちがいたが、誰も立ち上がれずにいたのは、私の隣に座っているヘルを警戒しているからのようだった。灰色のフードをかぶっていて顔ははっきり見えないが、月のように輝く彼の目は、見つめる者の勇気を試しているかのように感じられた。
私はため息をついて言った。
「ここは【オードの家】でしょう?
助けを求める人を助けるのが【オードの約束】であり、それがこの場所の存在理由じゃないの? ヘーニル人なのに、それが恥ずかしくないの?」
私が《ヘーニル人》という言葉を口にした瞬間、彼らの顔は怒りで赤くなり、ある者は怒りを抑えきれずに口から泡を吹き出し、叫びながら立ち上がってテーブルを蹴り、店を出て行った。
ある人は何もない空間をじっと見つめ、誰にも聞こえないような低い声で何かをつぶやいた。興が冷めた人たちはしばらくしてそれぞれの席に戻っていった。演奏を止めていた演奏者たちは再び、魂の抜けたような音を奏で始めた。
彼らのぼんやりとした目は、どこか遠くを見つめていた。
ーー皆が《魔法》を忘れ、《剣》に頼って生きていた時代があった。
そんな平和なある日、空から火を噴き出しながら、暗闇と共にドラゴンが現れた。
どんなに強い剣も、勇士たちも、ドラゴンの前では無力だった。
剣は折れ、勇士と呼ばれる者たちは逃げ去った。
【剣の時代】が終わり、【闇の時代】が始まった。
村は燃えて消え、人々はドラゴンを避けて他の村に逃げたり、隠れて暮らした。息が詰まるような暗闇の中で生きる彼らに、ある少年が赤い石を持ってドラゴンと戦い、勝ったという武勇伝が聞こえてきた。
絶望に狂って作り出した話だという人もいたが、ある人たちにとってその話は希望になった。
やがて、他の場所からも石を手にした者たちがドラゴンと戦い、勝利したという話が届いた。
新しい英雄たちが誕生したのだ。
最初にドラゴンと戦って勝った少年の名前は《オード》だった。
彼は自分の村をドラゴンから救い、助けを必要とする村を訪れてはドラゴンたちと戦った。オードの話を聞いた多くの人々が自分たちの村を離れ、オードの村に移住してきた。
オードはそのような人々を歓迎し、助けが必要ならいつでも自分のところに来るように言った。
英雄たちの活躍で【闇の時代】が終わり、【魔法の時代】が始まった。
オードの村はさらに大きくなり、繁栄した。
オードが亡くなった後は、彼の意志を継ぐ者たちが、かつて燃え崩れた土台の上に堅固で大きな宿を建て直した。闇の時代以降、多くの冒険者や助けを求める者たちは、このオードの家で互いに助け合い、情報を交換しながらオードの意志を守ってきた。
ここは多くの人々にとって憩いの場であり、闇の中の光のような存在となった。
そして、オードの家がある【ガングラード】は、ブリミル大陸で多くの冒険者が活躍を夢見る【羨望の都市】として発展していった。
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