融通のきく呪いがあってもよかったと思うんだ……
「――陛下」
「!」
未練がましく神殿の入口の方を見ていたわたしは、死角からかけられた声に驚きつつ振り返る。
そこにいたのは短い金髪と青の瞳をした、背の高い好青年。ハートの国編の攻略対象でもある、近衛騎士団長ジャック・フローだ。
「失礼しました。先王陛下とシスト殿下は出立されましたので、陛下も戻られる準備をお願いいたします」
思いきり肩を撥ね上げてしまったので、びっくりしたのはバレバレだろう。実際、ジャックの顔には若干微笑ましげな笑みが浮かんでいた。
「声を掛ける機さえ満足に計れぬのか? 妾の側に侍るのが貴様のような鈍才であること、誠に遺憾に思うぞ」
腕を組み、睨み付けつつ吐き捨てる。
ただ、弁解させてほしい。断じてわたしの意思そのものではない。毒舌の呪いは喋っているときは表情と態度もセットなのだ。
そして誓って言うが、わたしは『分かった』としか言おうとしていない。
……ただ、照れくさい気持ちは滲んでしまったと思う。
細かなニュアンスも見逃さない、毒舌クオリティ。そんなところにクオリティとかいらないからね!?
「それは、失礼いたしました。以後気をつけます」
しかして文句を侮辱と同時にぶつけられた当人であるジャックは、然程気にした風もなくそう流した。多分わたしの毒舌に慣れたんだろうけど……それでも大物だと思います。
「ですが、陛下。シスト殿下とお会いになるときは、陛下こそお気を付けられた方がよろしいかと」
無難に済ませたいとは思ってるよ、わたしも!
「貴様はどこまでも妾を不快にさせたいらしい。貴様の頭で考えた程度のこと、妾に及ばぬとなぜ分からぬ」
同意です。同意しただけなんですよ、これ。
「いえ、ですから……。まあ、相手はあのシスト殿下。読み取ってくださる可能性もあるが……」
ため息をつかれた。無理もない。
「もう黙れ。戻るぞ。供をせよ」
「承知いたしました」
わたしの毒舌がなんとかなるのは、ミラにゲームで勝って呪いが解けたときだけなのだ。
今日も頑張ろう、うん。
「――さあ、ミラ。勝負をせよ!」
城に戻ったわたしは、客室の一つを訪ねた。シスト王子に宛がわれた貴賓用の方じゃなくて、ノーマルの客室の方。
フェデリが現在こちらに住んでいて、ミラもここに居る。というか、事情を知ってるフェデリに監視してもらってる。
「フェデリ、貴様は立ち会え」
「構わないけど。なあ、エリノア。ゲームは数打って当たることほとんどないぞ」
ゼロじゃないなら上等である。勝つ方法は模索してるけど、急に上達したりはしない。数打ちすぎて一日一回の挑戦にされた以外はペナルティもないし。
「焦る気持ちは分かるが。ただ俺が見るに、君がゲームで勝つより、ミラと交渉してみた方が可能性がある気がするぞ?」
「交渉だと?」
「シスト王子滞在中だけでも呪いを無力化しろって」
それを聞き入れるなら当面は何とかなるけど……。こういう事態になってわたしが困るからこそ、脅しとして成立するのだ。直面したからって避けるような意味、ミラにある?
「ミラの目的は君を脅して側にいることだ。破滅させたいわけじゃない。そうだろう?」
最後の呼びかけはミラに対して。しかし声をかけられたミラは窓に座ってぼんやり外を見たまま反応しない。
「――ミラ?」
「!」
再度名を呼んで、ようやく気付いた様子で体を震わせ、こちらを振り向く。
「妙な様子だな。今度はどんな悪だくみだ」
「気になるのかね? 安心したまえ。我輩、今のところはゲームに負けて悔しがる其方の感情で満足している。何より、我輩自身に向けられているところが甘美でよい」
やかましいわッ!
「いずれたらふく毒を食わせてやる。楽しみにしていろ」
「ふむ。味見ぐらいならしてもよい。それも其方が我輩に向けたものに違いはないからな」
毒と分かっててプラスの感情も食べるの!? り、理解できない。魔物怖い……。
「さて、それで――……何の話だったか」
「シスト王子の滞在中、エリノアの呪いを無効化しないか? という話だ。お前も、ハートの国とクローバーの国を揉めさせる理由はないだろう」
「……ふむ。まあ、確かに。それを許容してしまえば、女王が我輩を側に置く理由がなくなるな」
わたしの毒舌で問題が起こってしまったら、そうかも。
そっと胸に手を当てつつ、そうなった場合のことを考える。
この四印の世界では、それぞれの国が司る力の象徴である印を体に宿すことが、王位を継ぐ絶対条件。今ハートの印は、わたしの左胸に浮かんでいる。
もしこの印が動いてくれなかったら、わたしは……命を絶って、強制的に次の人に譲り渡すしかない。
「了解した。……と言いたいところだが、それはそんなに器用な呪いではないのだよ」
「つまり、出来ぬと? この役立たずが」
「代わりの案を出そう。喉の具合が優れぬことにして、代弁を任せればよい」
大きな声を出せない為政者たちがちょいちょいやっていたあれですね。
「ちっ」
それしかないかと納得したわたしの横で、フェデリが小さく舌打ちをした。思いついてたけど、ミラに呪いを解除させようとして叶わなかったからだな、多分。
しかしわたしが目を向けると、フェデリは何事もなかったかのように話を続ける。
「だがそれをやるには、エリノアの意図を毒舌からでも汲み取れる相手が必要だぞ。それに、相応に身分のある人間が望ましい」
王子への通訳ですもんね。
一番安心なのは神エスパーなフェデリだけど、客人扱いの帽子屋(国での身分なし)では、クローバー王国に対して失礼と取られる恐れがある。ああ、身分制度が活きている時代の面倒さよ……。
と、なると。心当たりは一人だけだ。
「フェデリ、確認するが、裁判の支度は整っていような?」
わたしが死刑を言い渡しちゃっても、無罪になる準備が。
「もちろん。もう城の人たちもすっかり慣れて、流れ作業になってるよ」
安心感が増したことを喜べばいいのか、それだけの人数に死刑求刑したことに慄けばいいのか……。
「ならばよい。――侍従長を呼べ。人事異動だ。ニーナを妾付きの侍女に戻す」
ニーナ・ラシオン。伯爵家の次女で、以前はわたし付きの侍女をやってくれていた少女。
小さい頃からずっと一緒に育ってきたから、身分に隔てられることなく思ったことを言ってくれる、ありがたい人材。だからこそ彼女に死刑宣告をするのが嫌で、一時的に離れてもらったんだけ……ど。
「お呼びでしょうか? 女王陛下」
にっこにっこ、とフレンドリーな笑顔の中にも隠し切れない怒りの仁王がニーナの背後に見える。
あれ、おかしいな……。ハート王国に仏教はないはず……。
「じ、事情は聞いたな?」
「ええ、聞きましてございますわ、陛下。鏡の国の魔物に呪いをかけられ、今も解くのに奮闘中で、そのためにギリギリまで魔物の存在を許容しようと思ってるから、諸々協力してほしいって。帽子屋さんから。帽子屋さんから!」
怒ってる! やっぱり怒ってるー!
「ふ、ふん。妾の口から直接聞きたかったと? 思い上がるな。妾につまらぬ手間を掛けさせなかったことに、伏して喜べ」
「ふんふん。つまらない手間、イコール死刑宣告したくなかったしされなかったんだからよかったでしょってことね。……ちょっと面白いわねコレ」
エスパー二号いた!
いや、順番的にはニーナの方が先に知り合ってるから、ニーナが一号? ……どっちでもいいか。
「……でもまあ、そうね。仕方ないのは分かるわよ。貴女と親しくなければ言葉がすべてだし。……わたしでも多分、同じことすると思うし」
むう、と唇を尖らせつつもニーナは納得してくれた。
「で、そこの猫が魔物なのね」
「ミラ・ヴェルナという。女王の側にいるのなら、これからよろしく頼む。侍女」
「嫌よ。大切な相手に迷惑かけてる奴をよろしくしてやるほど、わたし物好きじゃないもの」
ニーナはスパンっ、とミラとめっちゃ遠い距離感を確保する。