悪役女王に転生しています
――皆様は、悪役転生というものをご存知だろうか?
いや、これを読んでいる時点で多少の差はあれご存知のことだろう。ということで、詳しい説明は省く。
わたしの名前はエリノア・ハート。『不思議の国のアリス』を題材にした乙女ゲーム『四印のアリス』の悪役、ハートの女王に転生した元日本人である。
そう、「首を刎ねよ!」の決め台詞が印象深い、あのハートの女王がモデルの悪役である。あ、ちなみにわたしの口癖は「死刑だ!」である。ええ、結果は変わりませんね。
この手の話の転生の仕方には数パターン存在するじゃない? ガチでゲームそのものに入っちゃうやつとか、ゲームを元に神様が新しく世界を作ったやつとか、ゲームの方が異世界をモデルに作られてたりとか。
わたしの場合はパターン三。乙女ゲーム『四印のアリス』は異世界を元ネタに作られてたゲームで、わたしはそちらの異世界に転生しました。
そうと分かった理由はいくつかある。あ、わたしエリノアだ! って気付いたあと、思い返してみたらゲーム強制力的なものはなかったのだ。ただやっぱり元ネタをなぞる部分は継承されてたりもして、わたしの口癖もその一つ。
元々じゃないんだよ? これには深い理由があるのだ。
「さっきから難しい顔をしてるけど、心配事かい?」
仕事の合間の休憩時間。女王の立場だから堪能できる、高級茶葉を使って一流職人さんが淹れてくれた美味しいお茶を飲んでいても頭から離れない厄介事。それほど表に出していたつもりはなかったけど、気分は確かに沈んでいる。それをお茶菓子を給仕してくれた青年に訊ねられてしまった。
少し長めの銀髪を首の後ろで括った、紫の瞳の美青年。現在ハートの国に滞在している旅人で、職業は帽子屋。ちなみにゲームをやっているわたしは知っている。彼は『四印のアリス』の攻略対象で、名前をフェデリ・ジョーカーという。分類・高スペックチートキャラ。
そしてそのフェデリの手には猫じゃらしが握られており、正面の白い毛皮に紫の虎柄が入ったにゃんこと遊んでいる。そんな可愛らしい猫じゃないけど。こいつは。
「くっ。このっ。忌々しい繰り方を……!」
遊びだけど、本人たちは割と本気。猫じゃらしを捕まえようとする猫と、上手くかわすフェデリとの、コンパクトながらレベルの高い熱戦が繰り広げられている。
ちなみに今喋ったのは猫。この世界、動物系キャラも普通に喋るのだ。扱いとしては二ヶ国語話せますな技能な感じ。
そしてこの猫――ミラが、わたしの口癖「死刑だ!」の元凶。乙女ゲームにおいてはラスボス。知っていてもルートを外れきれない辺り、これは世界的な強制力といってもいいかもしれない。
「客人を招く日程が決まった」
わたしの言葉に、一人と一匹はピタリと手を止めた。
現在ハートの国は面倒な問題を抱えている。それを証明するのが目の前の猫、ミラ。
彼は人間の住む世界、ハート、クローバー、ダイヤ、スペードの国とは異なる世界、鏡の国に住む魔物。なのに今こうしてハートの国に存在している。
別世界だから基本的には干渉されないんだけど、ときたま道が繋がって、こうして魔物に侵入されたりするのだ。
ゲームのハートの国編において、わたしは主人公、アリスの前に立ち塞がる悪役。ゲームでは冷酷で短絡的で身勝手な我がまま女王として描かれてたけど、今のわたしは知っている。わたしのその立ち位置、こいつのせい。
鏡の国の魔物は人間の負の感情をご飯にしてるので、機会があれば人間の世界に混乱をもたらそうとする。
今回ミラが選んだのは、わたしの言動を縛る呪い。喋る言葉が全部悪意マシマシの毒舌になるのだ。おかげで城の皆さんから見事に恐れられています!
「それは朗報だと思うんだが、嬉しくない相手なのかい?」
「多少、思うところがある」
嫌いとかそういうわけじゃないけど、苦手ではあるんだよね。
「というと?」
「客人はクローバー王国第二王子、シスト・クローバーだ」
「ん? 確か、君の元婚約者か?」
あれ? そっちに食いつくの? まあ間違いなくそうなんだけど、彼に対してはもっと有名な情報があるじゃない?
「ほう、其方の」
「元だ。今は何の関係もない」
二年前、わたしが十五歳の時に婚約の話は白紙となった。正直に言おう。ほっとしている。
性格が合うとか合わないとか以前に、わたしには彼が考えていることがまったく理解できなかったのだ。婚約が破棄されたのもそれが理由。
シスト・クローバーは、それ以外に表現しようがないほどに――『天才』。
前世のことわざに『風が吹けば桶屋が儲かる』というものがある。一見無関係なことでも、巡り巡って意外な所に影響が出る、ということだが、シスト王子は凡人から見たら無関係と判断するような時点――風が吹いた瞬間に桶屋が儲かるのを言い当てるような人なのだ。しかもどこの桶屋かまでピンポイント。
その能力の高さを惜しんだクローバー王国が、ハート王国に婿入りさせることを危険視して白紙撤回となった。それぐらいの人物である。
ここまで言えば想像が付く方もいるだろう。そう、シスト王子も攻略対象だ。
四印のアリスは同一世界観で国とキャラを変えた四連作のゲーム。そしてシスト王子はクローバーの国編の攻略対象の一人。
わたしは四印のアリスを全編やったけど、エリノアがシスト王子の元婚約者だなんて知らなかった。だってそんな設定なかったもの!
まあ、当然っちゃ当然。歴史上の人物をモデルに作られる乙女ゲームの場合ですら、既婚者が未婚になり、妻となる女性は出てこないのがほとんどである。
だって婚約者とかいたら、気が引けて攻略しにくいよ!
恋愛要素有りの某生活ゲーでもそうだった。あ、この二人好意を持ってるんだなー、って思ったら割り込もうとか思わなかったからね! むしろ微笑ましく見守りたい。いいの。わたしは愛らしい動物たちに囲まれて、お金を貯め込む穏やかな一生を送ります。
――じゃなくて。
「関係がなくなっても、会うのに気が重くなる相手なのか?」
シスト王子が若干苦手なのもあるけど、本当のところの気がかりはフェデリが見抜いてくれたように別のところ。
四編それぞれの時系列が分からないから断言できないんだけど、これ、クローバーの国編の前日譚に当たる可能性がある気がする。
ハートの国編の悪役であるわたしには直接関係ない……と思うんだけど、騒動が起こると分かっていて何食わぬ顔で応対というのもどうなんだろうか。でもゲーム知識を披露しても怪しいだけで、説得力など皆無。どうしたものか。
自分で考えても結論が出ないなら、頼れる人に相談するのも有りだと思います。と、いうことで。
「もしかすれば、シスト・クローバーはここで鏡の国の魔物に目を付けられ、そいつを連れ帰ってしまうやもしれん」
「ほう。其方の未来視がそう告げるのかね? ジョーカーを手懐け、我輩の干渉を見抜いたように」
目を細め、ミラは楽しげに笑う。
もちろん、わたしに未来視なんて力はない。ゲームをプレイしていてシナリオを知っているので、その部分に関してだけ知識があるというだけである。
あまりに正確すぎるから未来視の力があるんじゃないか、なんて噂されてたりもするけど、事実は違う。わたし自身が一番よく知っている。
クローバーの国編では、能力の高いシスト王子派と、すでに立太子された穏やかな気質で国民人気の高い第一王子派で争い、内乱寸前まで行く。そしてここで登場するのがヒロイン、アリス。ゲームではアリスが選んだ方が王太子になります。
シストを選べば賢君ルート。第一王子を選べば仁君ルートと、どっちもハッピーエンドではある。王太子にならなかった方も、王を支える重臣になるだけで、後味も悪くない。むしろ王位を巡ってちょっとぎこちなくなっていたのも解決されるぐらい。
そしてこの二派の対立を煽るのが、黒幕、鏡の国の魔物。
鏡の国への道なんて、そんなポコポコ繋がるものじゃない。騒乱の火種をウチから持ち帰らせるのとか、すっごく嫌なんですけど……!
ということで、思い出したからには活用しよう、ゲーム知識。目指せ、ゲームで起こる混乱を未然に防ごうプロジェクト!
「ミラ。貴様の同族はこのハートの国に潜んでいたりはしないのだろうな?」
「さて。そもそも我輩たちは個体数が少なく、人のようなコミュニティを形成しているわけでもない。誰がどこで何をしているかなど、其方に魅せられこうして側にいる我輩には分からんよ」
「目障りな上、役立たずときたか。貴様に存在価値などないな。死刑だ」
ミラが知らなかったのは残念だけど、それだけでここまでは言わない……。いや、知っててもいいのに、ぐらいの愚痴は言ったよ?
それぐらいの文句が死刑求刑へと変化する。それがエリノアの毒舌クオリティ。
ちなみにこの呪いをかけやがったのは、ミラである。ゲーム知識をもってしても防げないことはあるんだ……。
「というか、ハートの国に潜伏されている可能性があるのなら、ここが狙われることだってあり得るだろう?」
はっ。それはそうだ。
フェデリに言われてやっと気付いた。
ハートの国編でのエリノアに迫る危機のあれこれを乗り切ったせいで、自国に関わる危険については意識の外だった。
しかしそもそもこの世界はゲームでも何でもない。ゲームシナリオでピリオドが打たれたあとだって、当たり前に続くのだ。
クローバーの国で騒動を起こす前菜に、ハートの国を摘ままれてもおかしくない。
ただ、そちらの可能性については、わたしのゲーム知識は役に立たない……。
ま、人生なんてそもそも先が分からないものだしね! 少しでも予測できる部分があるなら使っていく。その程度の心持でいた方がよさそうだ。
「些細なことであろうとも、違和感を覚えたら報告を上げるよう徹底させるとしよう」
「そうだね。現状でできるのはそれぐらいだろう」
公式がチートキャラに設定するほどの人材であるフェデリが言うなら、間違いない。