1話 対人トーナメント決勝戦 ユーゴ
人間の脳とコンピュータをダイレクトに接続する機器、ヴァーチャルランナーの普及により、ヴァーチャルリアリティ技術は大幅な発達を成し遂げた。電子空間上に構築された仮想世界への意識投入が可能になったのである。この技術は生活のあらゆる部分に浸透し、その影響は娯楽の一つであるコンピュータゲームにもおよんでいた。
二月二十一日、十一時三十分。
瓦礫と廃墟で囲まれたフィールドの中をブーツを履いた脚が走り、その後を追うように弾丸が撃ち込まれる。着弾によって土くれが跳ね上がり、その距離は一発ごとに走るブーツの元へと近づいていく。そして何発目かの弾丸がブーツを捉える軌道に乗ったその瞬間、ブーツが地面を蹴り上げて跳び、近くのコンクリート壁へと姿を隠した。
俺の名はユーゴ。今、崩れかけたコンクリート壁の陰にいる。黒い髪に赤い瞳を持ち、ライトグレーの戦闘服の上から黒いボディーアーマーを着用している。両手に戦闘服と同じ色のAR-57を持ち、右腰のホルスターにはやはり戦闘服と同じ色のグロック18Cが入っている。彼が隠れた壁の反対側のどこかには対戦相手がおり、今も銃で狙っている。
ガンナーズヘブン・ガンナーズヘル。通称2GH。何らかの理由で文明が崩壊した未来世界に存在する高エナジー「エクス」を巡り、銃を手に機械のモンスターと戦いながら世界の真実に迫るという内容の、意識投入型VRゲームの一タイトルだ。
そして今、第二回対人トーナメントの決勝戦で一つの決着がつこうとしていた。
――手榴弾!
壁の上から放り込まれる黒い影に、俺は息をつく間もなく壁から離れた。背後、それも至近での爆発。HPバーが少しだけ減少する。
俺は廃墟の間を走り抜けた。それを追うように弾丸が放たれ、発砲音が響くのとほぼ同時に周囲に着弾する。
とにかく撃ち返さなければ。
俺は走りながら弾丸が飛んで来る方向へ目を向けて相手を探した。
灰色がメインの対人フィールド内で一瞬だけ金色が反射する。相手は瓦礫に体を隠し、金色に塗ったMP-5を手にした右腕と逆立った金髪を覗かせていた。
対戦相手が放った弾丸の一発が当たり、HPが手榴弾のときよりも大きく減少する。
俺は両手に保持していた灰色のAR-57を相手の方角へ向けて発砲した。狙いは甘く、あくまで牽制でしかない。しかし発砲されれば万が一の可能性を考えて顔や体を遮蔽物に引っ込めるものだ。相手の発砲を止めるだけでも効果はある。
しかし相手は頭を引っ込めるどころかここぞとばかりに撃ち返して来る。
二本の射線が双方へ伸び、更に一発の弾丸が俺を捉えた。
俺が長く続く壁の終端にある大きな柱に身を寄せる瞬間、相手の姿が瓦礫の向こうに消えるのが見えた。
HPを確認、青色のバーは蓄積したダメージにより最大値の半分近くまで落ち込んでおり、更に継続ダメージによって今も少しずつその長さを縮め続けている。
HPバーの下に継続ダメージの原因がエクスエナジー被爆という文字で示されている。この効果を持つ弾丸は一種類、エクスエナジー弾しかない。内部にエクスエナジーを封入したこの弾丸は、敵に命中すると封入されていたエナジーをゆっくりと放出してHPにダメージを与え続ける。この弾丸は一発が高価であり、使用しているプレイヤーは少ない。
HPはパッシブスキルである自動回復によって放っておいても少しずつ回復するが、今は継続ダメージの方が高いために意味を成していない。
継続ダメージを無効化するには何らかの回復手段を用いる必要がある。俺は腰の後ろのポーチから回復薬を取り出して打った。HPが回復し継続ダメージ効果が消える。
まだだ、まだ戦える。
とはいうものの状況は不利だった。
このトーナメントでは装備品や持ち物の制限が多い。武器はメインアームとサイドアームが一つずつのみ、インベントリにある弾丸以外のアイテムには使用禁止措置が取られておりバツ印がつけられている。
代わりにポーチが一つ支給され、使用できるアイテムは全てそこに入っている。
だがポーチに入れることができるのは無針注射器型の回復薬、自動起爆型のセンサー地雷、起爆装置付きのC4爆薬、手榴弾の四種類だけであり、それらも何十個と持ち込められるわけではない。よって、ポーチに何をいくつ入れるかによって取れる戦略に大きな違いが出て来る。
俺の持ち物は回復薬が残り一本、念のために持って来たセンサー地雷とC4爆薬が二つずつ。手榴弾は既に使い切っていた。
試合開始から十五分は経過しているが、俺は対戦相手にほとんどダメージを与えることができていなかった。それどころか、先ほどのように物陰から手榴弾であぶりだされては弾丸を撃ち込まれていく。実力そのものは相手のほうが明らかに上だ。
だがこれまでの手榴弾による攻撃の多さから、対戦相手が持ち込んだ道具はほとんどが手榴弾であり、センサー地雷とC4爆薬は間違いなく持っていないと判断できる。それどころか回復薬さえ僅かな数しか、あるいは一本も持っていない可能性さえある。
多く持っている手榴弾にしても、今まで散々使っているので残りが少ないのは明らかだった。
逆転の目はまだある。
AR-57の残弾数をチェック、マガジンを外し足元に落とす。ボディアーマーのマグポーチから未使用のマガジンを引き抜きセットした。空になったマグポーチにインベントリから次の一本が転送され自動的に補充される。
残り時間を確認、このままではタイムアップし、そうなれば総ダメージ量で負ける。このまま逃げ続けてもジリ貧ならば、勝つにはこちらから仕掛けるしかない。
だがプレイヤーとしての技量は向こうの方が上、迂闊な攻撃ではろくなダメージを与えられないどころかカウンターを食らいかねない。
何か攻撃の手段は、起死回生の一手はないのか。それともやはりあいつには勝てないのだろうか? そろそろ次の手榴弾が飛んできてもおかしくない。とにかく今は移動しなければ。
一歩踏み出した俺の足が、今しがた捨てたばかりのマガジンを踏みつけた。
ユーゴはマガジンを踏みつけ何かを思いついた
それは一体なんなのか?
ブックマーク、ポイント評価、感想、何でもお待ちしてます
3/23 冒頭にどんなゲームか書いてなかったので追加