第三十三話 導く者
長々とした説明話に疲れたのか、蒼耀は首を回し、肩をクキクキッと鳴らした。
「ここまでが推測と状況を組み合わせて作った今回の事件の概要だ。よっぽどの事がない限り、そう外れたものじゃないと思うぞ。──質問がある人は挙手しろ」
スッと、紅憐が手を挙げた。
「はい紅憐。なにかな?」
「父の躰に仕込まれていた術式に気付く事は容易ではない。兄さんは言いましたよね?」
「言いましたね」
「でも当の兄さんは父の躰に触れただけで、躰の中にある術式の存在に気がついたのですよね? それだと兄さんの説明と矛盾するような気がします」
「ッ……」
そして先ほど、紅憐が治療した時には、峰和の中には半年間潜伏していたはずの術式が跡形もなく消えうせていた。それだけの長い期間を置けば術式が躰に根付き、後遺症に近いものが残されているものなのだが。
まだ疑問の残る点は多い。
峰和を圧倒した時の──おそらくは昨夜の終盤で紅憐を打倒した時と同じ──文字通り目にもとまらぬ超速。同時に起こった《気》の消失現象。そして極めつけは、その時に兄が内包していた途方もないほどの《気》の量。
これらすべてを『才能』の一言で済ませるには、少々無理があった。
必要がないかも知れないと判断したのだろうが、蒼耀はまだ真実を隠している。紅憐は我慢できずにその点問い詰める。
「……それは、だな」
妹の追及に、蒼耀はどう答えるか迷う。
「──蒼耀が『導き手』だからだ」
口をまごつかせる蒼耀の代わりに答えを出したのは、それまで沈黙を保っていたイルマだった。
「ちょ、おいっ!」
慌てて振り向く蒼耀に、吸血の姫君はさも気にした風もない。
「別にいいだろう。隠す程の事でもない。さっさと教えてしまった方が話の進みも早くなるだろうし」
「だからってお前ッ──、はぁ……」
複数の口文句が浮かび上がるが、それが声となる前に蒼耀は諦めた。
ここまで来てしまったのだ。今更隠し立てするのも後味が悪い。
「…………? 兄さん?」
二人の会話の内容をいまいち読み取れない紅憐。一方で、樋上は今日で何度目かになる驚きを半分と、やはり何度目かになる納得が半分といった風に頷いた。
「ようやく繋がった。貴様のその異様な《気》に対する操作能力と解析能力。そして、先ほど見せられた、常識を逸した《気》の内包容量。──なるほど、な」
(──―導く者………ッ!?)
事象の根本を理解し、あるいは極めた者が到達できる極地。
「まさか──《コンダクター》ッ!?」
それはすなわち魔を導く者──《魔道師》。
生物が息をするが如く、彼らによって理解された事象は術者の意に導かれるままを形作られる。絶対の支配権であり、究極の魔術。
現代でその存在が確認されているのは僅かに八つ。
武神蒼耀はその内の一角を担う魔道師なのだ。
「魔術士ではない者が魔導士の称号を得るとは。武神はとんだ逸材を逃してしまったものだ」
才能が無い、本家始まって以来の恥さらしとばかりされていたものが、誰よりも魔術士の頂点を手に入れてしまったのだ。これほど愉快な話はない。さすがに樋上も笑いを堪え切れなかった。
「蒼耀は『生命』を導く者。彼の前に、すべての生命体は正体を偽ることはできない。その者の内に流れる《気》を本質的に読み取るのだからな。そして同時に、彼は手に触れたありとあらゆる《気》の流れに干渉することができる」
「それは……まさかあの時もッ」
蒼耀と戦った時、彼を拘束していたはずの鎖が消滅していたことについて、ずっと疑問に思っていたのだ。あれは特別な術式を組み込んであり、それ自体の魔力の他に、高速対象の《気》を取り込んで己の構成に取り込む性質を持つ。対象の《気》の保有量が多ければ多いほどその強度を増す仕組みだったのだが。
「拘束しているもの鎖の構成に己の《気》が使われているのだ。そこから逆に術に干渉し、術式を破壊することなど、蒼耀にとっては容易いことだ」
もちろん、直接的な外部からの魔術。一言でいえば他者が放った攻撃魔術には干渉できない。できないこともないが、魔術式を構成する《気》を読み取り、破壊するとうい手間を掛けるなら普通に回避したほうが断然に早いし、タイミングが遅ければそのまま無防備に魔術を食らってしまうからだ。
「そして妹君の質問の答えだが──」
どれだけ巧妙に偽装していても、峰和の躰の内部に仕組まれた術式は、彼自身にとっては外部から手を加えられた異物。川の流れに一石を投じれば波紋が広がるように、《気》の流れにも歪みが生じる。
「蒼耀はまさに、その投じられた一石を見つけて取り除いたのだ。峰和のに何ら影響を残さない形でな。それは、生命の導き手たる蒼耀だからこそできる芸当だ」
イルマは口調こそ淡々としていたが、どこか自慢げな風に言い終えるのを、紅憐は何気なく感じていた。
語られている蒼耀自身は、イルマの話に一切の否定を挟まなかったことから、おそらくそれはすべて真実なのだろう。理屈や状況が事実を証明しているだろうが、本心ではいまだに現実味を持っていなかった。
「本当なんですか?」
「……本当だ。俺は理解者にして導き手──」
──『生命の魔導士』だ。
その表情は、肯定しながらもどこか辛そうなだった。
彼にとって、自覚の切欠は人生の中で最も思い出したくない記憶の一つだった。
色々とつぎ込んでやったぜ。
当時のナカノムラが好きだった要素がコテコテに盛り込んでおります。




