第三十二話 企む者
「半年前の時形を襲った魔獣。でもって、今回武神を襲った疑似人型生命体と合成魔獣。その両方を操っていたのは、時形央理だ」
その日の夕刻過ぎ。
幸いにも無事だった宗主の私室で事の顛末を語りだしたのは、当然のように蒼耀だった。
その場にいるのは、蒼耀とイルマ。紅憐は当然として、その他にも樋上が座していた。彼はまたも病床に逆戻りとなった峰和の代理としてこの場に居る。なお、すでに紅憐が吸血姫であることを含めた、蒼耀の日本に来た理由は紅憐の判断で聞かされている。彼は最初、驚きこそすれそれ以上の動揺は見せなかった。
ちなみに、蓮には蒼耀が命じて時形央理の所在を調べさせている。今は時形家に出向き、その行方を探索しているだろう。
「……あの男か」
樋上は深く唸る。
「驚かないのか?」
「十分に驚いてはいる」
だが、納得できていた。あの含みのある笑みの奥底は、人を欺くには最適だろう。央理が黒幕と聞かされても、すんなりと受け入れることができた。
「続けてくれ」
「あいよ。──先に言わせてもらうが、央理の狙いは奴自身の不死じゃない」
「違うのですか?」
真っ先に疑問を浮かべたのは紅憐。イルマ吸血姫の欠片を持つのは、己の不死を目指しているからだと先入観を持っていたのに、説明のしょっぱなから否定される。
「奴にとって、『不死』は目的へのオプション補助要素に過ぎない。おそらく、奴の最終目的は最強のホムンクルス疑似人型生命体の創造だ」
「最強の……疑似人型生命体? ですけど、時形の家系は魔術士の──」
「現在の流れは、な。元々時形の家は疑似人型生命体の創造を主とした錬金術師の一族だ。こう言った事例はそう珍しくもない。逆に魔術士が錬金術師にって具合にな。方向を転換した途端に家系が力を得ることもあることにはある。時形家はその典型だな」
「なるほど。人工生命体の創造と治療魔術。共通点は多い」
得心した風に樋上が相槌を打つ。彼も、イルマほどではないが魔術の世界に入って長い。知識は豊富だろう。
「そもそも、だ。俺達が日本に欠片があると睨んだのは、イギリスの『異界』で見つけた、とある魔術士の研究資料が発端だ。そいつの名前はフルス・ディルフェルト。時形家へ入り婿になった時形央理の祖父だ」
「ディルフェルト……聞かない名前ですね」
「俺もだ。けど、古い資料を取り寄せたら、魔術士でありながらも割と有名な錬金術師の末裔だってことが分かった。そして何よりも、そいつの先祖は──」
「二百年もの昔に私を封印した、魔術士の一人だ」
蒼耀の説明を力づくで継いだイルマは、小さく歯を軋ませた。
イルマを封印したのは、七人の魔術士。
フルス・ディルフェルトは、その四人の魔術士のうちの一人だった。
憎き仇敵の姿を思い出し、イルマは吸血種特有の異様に発達した犬歯をのぞかせ、怒りを明確にする。それも蒼耀がすっと伸ばした手によって我を取り戻し、すぐに収まる。
「ということは、イルマさんの欠片を奪ったのも」
「──そうだ。そして手に入れた私の欠片は、代々ディルフェルトの子孫に受け継がれていったはずだ」
何しろ吸血姫の魂だ。不死を目指す錬金術師にとっては至高の一品。それを他の家に譲ることなどありはしない。たとえ数代に渡って遊び暮らせるほどの金を積まれても手放そうとはしないだろう。
語り手は蒼耀に戻る。
「しかも、ディルフェルトの末裔はそのフルスって奴が一人だけみたいだ。そいつも十年前に他界しているらしい。そして残った欠片を受け継いだのが、孫の央理ってわけだ。ま、奴の出生云々は予備知識程度に覚えてくれればいい」
本題はここから、と蒼耀は口調を改めた。
「俺とイルマは、イルマの欠片が残した最後の思念を頼りに、イギリスの『異界』の奥深くに残されたディルフェルトの研究室を見つけた」
そこで見つけた資料の内容は、不死の力を得た合成魔獣――あるいは疑似人型生命体の創造への研究ないし実験の成果。そのすべては、人の手による、史上最強の生物を創造するため。
「実験に使われたのは、異界の中に生息する幻獣だけじゃない。残された資料が真実なら、生きた人間を町から拉致し、そのまま実験道具にしてたらしい」
話す口調こそ冷静だったが、そこに含まれる明らかな怒気は、この場にいる者──イルマさえも──を震え上がらせるほどに冷たく、また苛烈だった。
数秒間の沈黙が続くと、蒼耀は怒りの気配を静めた。
「で、その中で見つけたのが、これだ」
手には古びた本が一冊。彼らが日本にまで訪れた最もたる理由。
「ここでまた話がずれるが。不死への一番の問題は、不死を宿した器の制御方法だ」
そも不死とは、欠損した肉体を無限に再生、修復する究極の自己治癒能力である。
蒼耀は指を三本立てた。
「不死に必要な条件は大まかに分ければ三つ」
一つ目は、欠損した部位を再生するための強力な生命力を持つ細胞。
二つ目は、細胞分裂に必要な無限の熱量。
三つ目は、それらの度合いを制御する方法。
「この場合、最初の一つは吸血鬼の欠片が手に入った時点でクリアできる。ふたつ目もそうだが、一番の問題は三つ目。再生の度合いをどうやって調整するかだ。分かりやすく例えるなら癌のメカニズムを考えてくれ」
生命体の細胞には、分裂、増殖と『|プログラムされた細胞の自壊』が備わっている。
これらの制御機構があるおかげで、生命体のもつ全体の細胞数が一定に保たれている。そしてその制御機構が崩壊すると、細胞は不必要な分裂を繰り返し、なおかつアポトーシスが働かなくなる。そうして出来上がった細胞の異常集合体を医学では悪性腫瘍──俗に癌と呼ばれる病気となる。
「この制御機構の役割を担うのが、それ専用の魔術式なんだが……」
現代の魔術のレベルでは、不死が導く超再生能力を完璧には制御しきれず、小さなほころびがあればいとも容易く暴走に陥る。結果として、それは癌細胞と同じく宿主の器を崩壊させ、死に至る。
「この点、吸血鬼はその制御機構を魔術に頼らず、遺伝子レベルで調和が取れてる。だから、過剰に躰の組織が増殖をすることはない。だから不死の研究をする者は吸血鬼の魂を──設計図を欲しがる」
「不死性を制御するための術式を開発するため、ですか」
「けど、仮に手に入れたとしてもそう簡単に制御用の術式が開発できるわけでもない。ご存じのとおり、魂は遥か古来から現代に足るまで未知の領域だ。そこからピンポイントに制御の真理を特定するなんて無茶な芸当、できるはずがない」
途方もない道程に、不死の探究者たちが導き出した答えの一つ。
「生物の体内に吸血姫の一部を直接埋め込み、その上で欠片の不死性を外部から直接制御すればいい、ってな。これならふたつ目の条件である魔力の問題も解消できる」
吸血鬼には元から不死と制御の仕組みが備わっており、自体が膨大な魔力を秘めている。そこに制御の手を加えれば、一から制御術式を組み立てて操るよりは難易度は下がる。
「この本の中には、ディルフェルトがその可能性を元に行われた過去の実験結果と理論が残されてる。そして、この中からある記述が抜き出されている。おそらく、俺達よりも早く、あの研究室に訪れた央理が持ち去ったんだろう」
「それが──武神に伝わる『契約の刻印』につながるのですね」
話の流れを汲み、紅憐はその内容が何なのかを推測できた。制御云々のところあたりから、もしかしたらと睨んでいたのだが。
「その通りだ。正確に言えば、これから抜き出されたのは、欠片を埋め込んだ生物との魔術的なライン繋がりをどうすれば強固にできるかって事だ。この場合、ディルフェルトは不死の制御が可能なほどに強固なライン繋がりを生み出せなかったらしい。諦めて違う路線に変更したみたいだけどな、結果は失敗に終わってる」
央理は祖父の研究室をで見つけた資料をもとに、世界的にも有名である武神の秘伝に目を付けたのだ。
「祖父が作り出せず、なおかつ自分にも開発不可能なら、他のすぐれた場所から手段を得ようとした。ま、妥当な結論だろう」
『契約の刻印』が生み出す術者と式神の魔術的なライン繋がりは魂を直結させるほどに強い。おそらく、それだけに限ってしまえば世界で最も昇華された術式であろう。
「ですけど。契約の刻印を施す為の術式は、代々の宗主ただ一人に口授されるのみです。どうやって外部の者がそれを手に入れるのですか?」
紅憐の新たな疑問も当然ではあるが、蒼耀はそれに対しての答えも持っていた。
「別に新しく刻まなくても、既に刻まれたものを解析すればいい」
そこで、半年前の魔獣の真相が出てくる。
彼とて正攻法で『契約の刻印』を手に入れられるとは思ってなかったのだろう。ならば正面からではなく斜めから切り崩せばよいだけの話。
「シナリオはこうだ。まず自分で生み出した合成魔獣を魔獣に仕立て上げ、自分の家を襲わせる」
偽装に見られないように、犠牲を出すほどに本気でな、と付け加える。
「そして、その魔獣の退治を武神家に依頼。魔獣を倒しにやってきた武神の術者を返り討ちにし、あとから増援にやってきた新しい術者に倒させる。でもって、事件の解決後に、最初に返り討ちにあった術者の治療を申し出るって寸法だ」
「少しいいか蒼耀」
「なんだ樋上?」
首をかしげる樋上が言った。
「武神に魔獣の退治を依頼するまではいいとして、派遣された術者を返り討ちにするとなるとよほどの戦力が必要になるはずだ。ましてや誰が来るかわからん。もし紅憐様が出向けば、その時点で計画は破綻するのでは?」
蒼耀は簡単な推測を延べる。
「そんなのは簡単だ。奴には紅憐でさえも倒す算段があったんだろうよ」
「なん──」
「待ちなさい樋上」
捉え方によっては宗主代理を侮辱するような物言いに激昂しかける樋上だったが、それに待ったをかけたのは他ならぬ紅憐だった。
「紅憐様……」
「今日この屋敷を襲撃したあの合成魔獣……私が戦ってきたどんな魔獣よりも強大な力を秘めていました。おそらく、万全の状態であっても届くかどうか……」
もしイルマの加勢がなければ、もしかしたら武神の屋敷はあの三つ頭の魔獣に──それこそ敷地内の人間ごと──全てを焼き払われていたかもしれない。
悔しげながら紅憐はそう認めるしかなかった。
歯嚙みをする妹を尻目に、兄は続ける。
「そして、武神の術者の治療を始めてからが、いよいよ刻印の解析だ」
蒼耀は無意識に、袖の下にある右腕の刻印に触れていた。
「知っての通り、親父の躰には術式が仕組まれてた。施したのは当然央理だ。奴は瘴気の浄化を面目に、半年の時間をかけてゆっくりと、慎重に。刻印の解析をするための術式を親父の躰に刻んでいった」
蒼耀が父の躰に触れたとき、瘴気など感じられなかった。おそらくこれも央理が瘴気に似せて偽装した別の何かだろう。
「親父が央理に選ばれたのはおそらく単なる偶然だが、ある意味で好都合だったろうさ。他の奴らと比べて、宗家の人間は『刻印』との相性は抜群だからな」
「私は樋上達はともかくとして、どうして当の父が気が付けなかったのでしょうか?」
外部からの感知はできなかったとしても、己の躰の中に刻まれた『異物』の存在を感知できないとは、さすがに考えにくい。
「それは敵ながら央理の手腕を褒めなきゃいけないな。何せ、術式を構成する魔力の一部は、親父自身の《気》で練り上げた魔力を組み込んでたからな。術式の存在を明確に捉えて、なおかつその内容を把握しなけりゃ、施された者でも気がつくのは容易じゃない」
本人さえ気づかない隠者を、他者が気がつける筈もなく、結果としては半年間もの期間を峰和は術式を躰の中に宿すことになる。
「で、極めつけは朝での騒ぎに話が進むわけだ」
証拠隠滅の為だろう。手札の中で一番強力なものに、術式の施されたままである宗主を殺す。峰和が死ねば、彼自身の魔力で構成された術式は力の供給元を断たれて自然消滅する。
「手の込んだことだよ、まったく」
一通りの推測を述べた蒼耀は、肩をすくめるのだった。
読み返すと、この作品の中で最も読み返すのが辛い部分。
ちょっとご都合主義がすごい場所であります。
まぁぶっちゃけ『敵の事情なんか長々語っても無駄に長くなるだけや!』な気分で読んでもらえると助かります。




