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第二十一話 消失──そして決着


 紅憐は魔力の枯渇に肩を上下させた。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 今の技は言う通り、彼女の持ち得る最大級の術である。何せ具現した一本一本が、並の魔獣を二桁は葬れる程の威力を誇る。それだけに魔力の消費量も半端では無いが、威力もまた絶大だ。


 蒼耀が立っていた場所は、鋼の雨によって蹂躙され土煙が舞いあがっている。爆撃機がピンポイントで爆薬を降らせたかのような惨状だ。その中心地にいた蒼耀がどうなったかも推してしかるべし。


 兄のことだ。五体満足とは言い難いかもしれないが、生きてはいるだろう。もし腕の一本や二本が捥げていても、父の主治医をしている時形央理ならば時間さえあれば失った部位も再生できるだろう。


「これで、私の勝ちですね」


 《気》を急激に消費したため、躰に深く疲労がのしかかる。紅憐は静かな深呼吸に合わせて、枯渇した《気》を大気中から補給しようとした。


「──?」


 ──何かがおかしい。


 もう一度、今度は意識をして《気》を取り込むための特殊な呼吸法を試みる。


 ──やはりおかしい。


 違和感は確信となる。


 息苦しいくはないのに、この酸欠の様な違和感は何なのだ。


「──《気》が……取り込めない?」


 いくら空気を吸い込んでも、肺を満たすのは酸素だけ。肝心の《気》が全くと言っていいほど摂取ができない。どれほど吸い込んでも、枯渇した《気》が満たされる感触が無い。


 さらにもう一度、《気》を取り込もうと深く深呼吸をするが、その動作は無意識に停止した。小さな風が吹き、舞い上がっていた土煙が吹き飛ぶ。


 ──居たのは、武神蒼耀の立ち姿。


「そんな……馬鹿なッ!?」


 今にも倒れそうな満身創痍ならばまだ分かる。だが、蒼耀は不敵に笑みを浮かべ、真っ直ぐに紅憐を見据えていた。地を踏む二本の脚は力強く、双眸は鋭く光っている。躰の到る所に傷口を持っていたが、それはむしろ手負いの獣を連想させる獰猛さを連想させた。


「くぅ……ッ!」


 慌てて武器を具現しようとするが、手の中に生まれた剣は実体を形成する前に歪んで消える。


「しまったッ……」


 あらかじめ用意ストックしていた魔力が底を付いたのだ。反射的に《気》を魔力に変換しようとするが、そこで《気》の補給が出来ていない事を思い出す。これ以上《気》を消費すれば、《神衣》を維持できず強制的に蓮との同化が解除される。


「言っただろう?」


 短い言葉が蒼耀の口から洩れた。

 ──お前は俺に勝てない。


 声にでない語り掛けが、聞こえた気がした。 


 言い返す前に愕然とする。


「──ッ!? そ、そんな……」

 驚愕が思わず漏れる。彼女はようやく、己を取り巻く環境の異変に気が付いた。


 ──大気中から《気》が失われている。


 別にその現象自体は珍しくはあるが不思議では無い。風船から空気を抜けば萎むように、《気》も消費しすぎれば量を減らす。複数人数が同時に、大規模の魔術式を行い、さらに同時に大量の《気》を取り込めば、一時的にその場一帯の《気》は減少するだろう。


 だが、それは少なくとも術者達の半径数メートルが限度だ。この場に起っている事は規模が違う。


 彼女が今いる廃遊園地の敷地のその全てから、《気》が消滅したのだ。現在も大地から吹き出す《気》が量を増やし続けているが、それは微々たる量。取り込んだとしてもたかが知れている。そもそも、魔術は一度発動されれば再び《気》に返還されるのが通常だ。なのに、紅憐が放った魔術の分の《気》すら感じられなかった。


「いったい……あなたは何を──」



 続けられる筈の言葉は、突如として背中を襲った衝撃によって遮られた。


「かはッ──!?」


 ミシッと、背骨が悲鳴を上げた。肺から強制的に排出された酸素が、悲鳴の代わりに喉から絞り出される。


 少し遅れて、背骨からの痛覚が脳へと浸透する。ようやく自分が攻撃されたのだと気が付く。ハッとすれば、兄の姿が消えていた。


 どうにか背後に目を向ければ、そこに蒼耀が立っていた。


(いつ……動いたの──)


 今度は思考すらも中断させられる。視界の中の蒼耀が不意に消失し、次の瞬間には彼女の左横に出現していた。


 肘の辺りに凄まじい衝撃が伝わり、関節部分が容赦なく破壊される。


(まさか……空間転移? いや、兄さんは魔術を使えないはず──ッ!?)


 そこから、腹部に駆けて衝撃が起こり水平に弾道飛行。その途中でさらに衝撃を受け、紅憐の躰はゴムボールの様に跳ね左へと軌道を変更する。


「──ッ」


 連続した正体不明の攻撃に、紅憐は悲鳴すら上げられない。反撃をしようにも現状が把握できず、それ以前に、魔術式を構築するための冷静な思考が完璧に崩壊していた。


 落ち着いて状況を分析すれば感じ取れたはずだ。


 ──蒼耀の躰に循環する、莫大な《気》の気配。


「悪いな、また俺の勝ちだ」


 そっと耳に触れた優しい言葉。


 最後に胸板を掌低で撃ち抜かれ、紅憐の意識は闇に呑まれた。




 気絶と同時に分離した紅憐と蓮をゆっくりと地面に横たえ、それでようやく蒼耀は盛大に息を吐きだした。排出された二酸化炭素と合わせて、莫大な量の《気》が大気に溶け込む。


「だぁぁぁ……。何度やってもきっついな」


 全身の筋肉から力が抜け、蒼耀はおもむろに膝を崩した。


 限界をさらに限界にまで稼働した関節と筋肉が悲鳴を上げている。疲労は取り除けても、蓄積した過負荷のダメージに数分は身動きが取れそうにない。《気》の循環を操作すればある程度の解消は出来ない事もないが、精神的にも疲弊した今は自然回復に任せたい。


 幸いなのは、これで紅憐が倒れてくれた事だ。最後の手札が通用しなければ、倒れていたのは蒼耀だろう。あるいは、彼女が最後の大技を使ってくれなければ、本当に戦いの行方は知れなかったのだ。


「本当に、強くなったな……」


 自然と頬が緩んでしまうのは仕方がない。


 妹の成長は蒼耀の予想を大きく上回り、彼を残り一歩の所まで追い詰めたのだ。次に戦えば勝てるかどうかすら分からない。それほどまでに紅憐は強くなった。妹を置き去りにして日本を離れてしまった兄としては、彼女の成長が嬉しい限りだ。


「こいつはあながち、樋上たちの期待が達せられるのも遠くないか」


 彼女みたいな人種を正真正銘の『天才』と呼ぶのだろう、と蒼耀は思った。この歳にしてあれほどに莫大な魔力を操れるのは、恵まれた才能の上に妥協しない努力が積み重なっているからだ。紅憐は百年に一人の逸材とされているが、とんでもない。


 彼女ならば、至れるかもしれない。

 

 ──魔を導き、理を解き明かし、魔術師の頂点とも呼ぶべき存在に。


「お兄ちゃんとしては、将来が楽しみだ」


 蒼耀は紅憐の頬を優しげに触れた。その表情はまさに、妹を慈しむ兄のものであった。


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