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第二十話 後ろを向く者、前を向く者。


 油断なく構える兄を前に、紅憐はいつになく興奮していた。


(……通用している)


 それは、生まれて初めて魔術を使えた時。蓮と言う式神と契約できた時の感動に近い物がある。手の届かなかった高みに、ようやく辿りつけた確信。


(私の力が、兄さんに通用している)


 いくら鍛錬しても己が強くなった実感がなかった。どれほどの強敵を葬ろうとも、実の父親に勝利した時でさえ、強さへの渇望は留まる所を知らなかった。


 心の底に、自分を圧倒した継承の儀の兄が根強く残っていたからだ。あの時の兄より強くなったと思えた時でさえ、己の満足することはなかった。


(これでようやく、私は兄さんを守れる)


 勝てる――ではなく、守れる……。


 彼女が強さを求めたのは、後悔したからだ。


 誰にも打ち明けた事はない。樋上や蓮にさえ告げたことはない。


 紅憐は世界の誰よりも、蒼耀を家族として兄として、そして男性として深く愛していた。おそらく、彼女にとって蒼耀に勝る存在は無い。今この瞬間にも、彼に駆け寄って抱きしめた気持ちすらある。


 だが、それを許さないのも己だ。


(私が弱かったから、兄さんを守れなかったんだ。私だけが兄さんを守れたのに)


 一族の中でずっと蔑みの眼差しに晒され続けてきた兄を、どうして自分は守ってあげられなかったのか。才能ある己が前に出れば、少なくとも兄は表立って嘲笑を受けることはなかったはず。彼の居場所を作れたはず。


 なのに自分は、才能を認めてくれる父や樋上の褒め言葉が欲しくて、それを怠ってきた。大好きな兄を放置し、自分の浅ましい欲望を満たすことに躍起になっていた。


 だからこそ、あに蒼耀は紅憐じぶんを負かすほどまでに強くなってしまったのだ。守られなかったが為に、代償として強さを手に入れた。


 ──俺が耐えられないしな。


 味方だと思っていた紅憐にすら怒りを向けられた蒼耀は、自分の精神が限界だと悟ったのだ。他の者からの悪意は何とか堪え切れても、たった一人の妹から向けられる憎悪には耐えられなかったのだろう。


 それが分かった時には、もはや手遅れだった。兄は決意し、家を出て行った。


(もう二度と、繰り返さない)


 守れなかった以前の――弱かった自分では無い。


(私は兄さんより強くなる。強くなって……兄さんの居場所を作ってあげるんだ!)


 その決意は、蒼耀が消えた日から変わりはない。


 樋上が危惧したように、たとえ兄に負けたとしても宗主の座を蒼耀に渡すつもりはない。ただ、蒼耀に勝つことが出来たならば、自分は今度こそ『代理』のつかない本当の宗主を名乗ることが出来る。『代理』を頑なに名乗っていたのは、兄さえ守れなかった自分が宗主として相応しいとは到底思えなかったからだ。


 全ては、再び兄と暮らす為に求めた。


 それがいま、目の前に掴めるところまで来ている。


 ──紅憐は確かに強くなった。


 三年前の蒼耀よりも実力は勝るだろう。


 それでも彼女は気が付いているのか。


 前を見据えて強くなることを選んだ彼と。


 過去を振り向いたまま強くなった己の違いを。


「では、そろそろ終わりにしましょうか」


 紅憐は両の手にそれぞれ刀を具現した。野太刀に部類される長刀は、そこにあるだけで空を切り裂いているように鋭い魔力を内包している。生身の人間など、掠っただけで両断できそうだった。


「俺はまだ、終わる気はないってのッ」


 攻撃力が劣る分、後手に回っては不利と判断したのだろう。先に地を蹴るのは蒼耀。強化された脚力による加速は、眼で追えない事は無かった。兄に敗れてから気功術にも力を入れ始めた紅憐にとって、兄の動きは追い付けないが捉え切れない事はない。驚異ではあるが脅威ではない。


 そんな言葉遊びを思い浮かべつつ、蒼耀の動きに合わせて、こちらも踏みだす。相手が間合いの内側に入るのを見計らい、右の刀で斬りかかる。もちろん、これが当たるとは思っていない。一刀目を身を逸らして回避されると、続けて二刀目を薙ぎ払う。これは身を屈めて避けられるが、本命は斬撃では無い。


 右の刀を手放し、具現を解除。刀を構成していた魔力は霧散し、今度はそれを直に拳に纏わりつかせる。そして再び具現。紅憐の右腕は銀色の手甲に覆われる。


「ふぅッ!」 


 ヘビー級ボクサーも即死させる程の威力を誇るアッパーカットで、兄の顎を抉る。


 手応えは無い。命中する寸前で首を傾けて回避したのだ。それでも、衝撃の余波に頬が深く削られる。兄の苦痛に歪む顔が見えるが、油断はできない。証拠に、左からのハイキックが打たれる。左の肩口に激突し、その奥にある関節が悲鳴を上げた。蓮と同化して強化された肉体であるのに、尋常では無い《気》が込められた脚力。

だが、三年前と比べれば堪え切れないほどでは無い。証拠に、その蹴りを受けながらも踏みとどまることが出来た。足を振り抜けない蒼耀は、予想外の反動に硬直を余儀なくされる。


 肩に食い込んだ右足が離れる前に掴む。


「ゲッ──」


 一眼で分かるほどに、蒼耀の顔が引きつる。


 紅憐は兄の足を握りしめたまま、腕を振りかぶる。


「──ぉぉおおッッ!?」


 成人男性並みの体重を持った蒼耀の体は軽々と持ち上がり、そのまま力任せに腕を振り下ろした。コンクリートを砕きながら、蒼耀の背中は地面にめり込んだ。


「がぁぁッッ」


 悲鳴を上げるのは余裕がある証拠だ。ダメージが深刻なら声を上げることすらできない。そこから紅憐は反撃の猶予を与えずに、何度も蒼耀を持ち上げては地面に叩きつけた。


「のがっ──こなくそぉぉぉッッッ!」


 六度ほど持ち上げられた時、蒼耀絶叫を上げながら、足の掴む手に踵を叩き込む。《気》が乗せられた衝撃が握力の緩みに繋がる。その隙に掴む手を振り払う。蒼耀は着地をする前に紅憐の背中にもう一度踵を叩き込み、反動を利用して距離を離す。


 靴底で地面を削る様に着地した蒼耀は、危うく膝を折りそうになる。


「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ。あ、危なかった。もう少しで終わる所だった」


 むせ返りながら、蒼耀は拳を構えなおそうとする。


「いいえ、次の一手で最後です」


 宣告にも近い紅憐の言葉。


 その意味は、蒼耀が感じた下半身の重さだった。


「──ッ、これはッ!?」


 右足の膝下から地面にかけて、銀色の鎖が隙間なく絡んでいた。鎖は地面に深々と食い込んでおり、右足はピクリとも動かない。魔力を感じられることから、紅憐の具現によって生み出された物と見て間違いはない。


「……なるほど、具現した器物を起点に再具現か」


 よく見れば、紅憐が先ほどまで掴んでいた部位に『輪』が取り付けられており、そこから足全体を拘束するように鎖が伸びている。


「さすがは兄さんですね。その通りです」


 紅憐が蒼耀の右足を掴んだとき、具現魔術の起点となるべき物を蒼耀の足に残していたのだ。


「いくら兄さんの気功術が優れていても、その鎖は力任せでは解けませんよ。なにせ兄さん自身の《気》を取り込んで鎖の強度と変換していますから」

「だろうな」


 右足は地面と同化したようにビクともしない。地面ごと鎖を引き抜こうと試みるが、どうにも鎖は地面に深々と根を張っているようだ。それに加えて、紅憐の言葉通り、蒼耀の《気》を取り込んで強度が増している。始末の悪いことに、拘束した対象の持つ《気》が多ければ多いほど効果を増すようだ。膨大な《気》に対してまさに効果的すぎる術であった。


「──では、そろそろ終わらせていただきます」


 紅憐は体内の《気》の殆どを魔力に変換し、同時に傍眼で分かるほどに巨大な魔術式を構築する。赤い魔光が全身から吹き出し、彼女の周囲を吹き荒れた。


「おいおい、マジか?」


 具現された物を目に、蒼耀は掠れた声で呟く。


「これが……私の最強の術です」


 彼女の頭上には、百にも届くほどの器物の群。槍や刀剣。斧や弓。およそ武具と称されるだろう代物、その先端の全てを蒼耀に向けていた。


「──丈夫さが取り柄の俺でも、普通に死にますよ? それ」

「安心してください。心臓と脳さえ生きてさえいれば、時形の家に依頼して治療してもらえます。腕や足が欠損しても再生は可能です」

「時形だけはちょっと勘弁して欲しいんだが……」

「──? なにを?」

「まぁ、いいさ」


 蒼耀は首を振る。諦めの仕草に見えるが、紅憐には違って見えた。


 事実、その通りだった。


「一つ、忠告して置くぞ」


 死に際であることを忘れさせるほどに、はっきりとした声量が紅憐の鼓膜を揺さぶる。


「そいつを使えば、お前は確実に負ける・・・

「──え?」


 一瞬、彼が何と言ったのかが理解できなかった。


 彼は負けると言ったのだ。

 この状況で蒼耀じぶんではなく、紅憐かのじょが『負ける』と。


「負け惜しみ戯語だと切り捨ててもいい。だけど、使う前によく考えろ」

「──そんなハッタリが通用するとでも?」


 ちっぽけな揺さ振りで動揺を誘っているとしたら、見くびられたものだ。彼を縫い留めている鎖は砕ける様子はなく、仮に抜け出しても次に来る攻撃の雨には回避の暇はない。


「だったら、やってみればわかるさ」


 どこまでも不敵な兄に、紅憐は苛立つ。

ならばお望みどおり、徹底的な敗北を与えてあげようでは無いか。紅憐は一時、兄への感情を切り捨て修羅の心境で器物達を解き放つ。


 次の瞬間、蒼耀に向けて、銀色の雨が降り注いだ。


最後はあれです。アチャ男の技まんまですね。


次回で兄妹喧嘩は決着します。


あと、五月七日時点でタイトルを弄りました

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