第十一話 欠落したが故の代償(才能)
ようやっと、この作品における大きな要素の一つが明かされる回です。
一旦、バトルは決着です。
腕の痺れが取れ拳の握り具合を確かめると、挑発気味に蒼耀は尋ねた。
「んで、まだやる気か?」
「無論だ」
式神が、樋上の肩から飛び立つ。雷を纏う小鳥が主の直上に滞空し、樋上本人はグッと反身で構えた。
「残念な事に、貴様のような奴に本気を出さねばならぬようだ」
横目に見えるのは、圧倒的な暴風を纏い、並いる術者たちを薙ぎ払う金髪の少女。
もはや勝負にすらなってはいない。速さと鋭さが長所の風術に真正面から圧倒されている。実力差が違い過ぎるのだ。
かといって余所見をしている暇もない。他の者たちに指示を出す暇も惜しいのだ。全神経を前方の青年に向けなければ、一瞬にして粉砕される。
「残念なら手加減してもいいぞー」
間延びする気だるげな提案。
「ぬかせ!」
返答とばかりにドンっと、樋上の足元が爆ぜた。同時に、樋上の躰が弾かれた様に前方に向けて跳躍。……跳躍とは言うが、その軌道は地面に対して限りなく水平。まさに弾丸の如く蒼耀に向けて跳ぶ。
「っとぉ、アブね」
口では危険を感じさせつつ、態度は変わらぬまま。半歩横に体をずらすだけで回避。並の動体視力の持ち主であれば、『避ける』という判断すら出来ぬうちに直撃を受けていたに違いない。
「でもって──」
蒼耀は膝を曲げて身を屈める。
──バチンッ!
彼の胴体があった場所へ、紫電の槍が通過する。
「さらにッ」
左の足を軸に反回転、背後に接近していた樋上へと裏拳を叩き込む。肩で防御する樋上は忌々しげに、対して蒼耀は口端をつり上げたまま。
一瞬の力の拮抗、先に破ったのは間合いを外した蒼耀。彼が飛び退くのと一拍遅れ、雷撃の槍が穿った。当たれば致命的である紫電は、蒼耀に掠る気配すらない。
たかが十九年を生きた若造に、技術の面では完全に押し負けていた。ロクな反撃をするどころか、捌くのが精一杯。
(やはり……これはッ)
──樋上の中で以前に紅憐から聞かされた真実が現実味を帯び始めていた。
「くっ」
現実はどうあれ、魔術士として蒼耀にこのままいいようにやられていられるほど、樋上の積み上げてきた魔術士としてのプライドは軽くない。否定の意思を込めて、魔力を練り上げる。生成された力を魂の繋がりを通じ、式神に送り込んだ。
主の魔力を受け取った式神は、水を得た魚の様に激しい放電を繰り返す。それまでとは比べ物にならない、強力無比な一撃を狙う。
式神の魔術を中断させようと、蒼耀はグッと両足に力を込めた。
「させん!」
式神の魔術式を構成する時間を稼ぐために、樋上はそれを阻止しようとする蒼耀の妨害に走る。
「悪いな」
──間合いの内側に入り込んでいた樋上に向けて、蒼耀は不敵に笑って見せた。
「狙いは『式神』じゃない」
「な──ッ!?」
主の体術を式神が補佐し、式神が魔術を発動させる為の時間を主が稼ぐ。それが式神と契約を交わす武神家の戦い方。
ある時は肩を並べ、ある時はお互いを補い合う。持ちつ持たれつの関係。だがやはりその大元は主――魔術士だ。式神は術士からの魔力供給があるからこそ、思う存分に力を振るう事が出来る。
大概の魔術士は武神と戦う場合、式神の方を先にどうにかしようとする。少数の『例外』を除き、式神は強力な魔術を放つことが出来ても、直接戦闘に向かない脆弱な存在だからだ。逆に、主である術者は式神からの魔術的な守護を受け、さらに肉体を強化する『術』を駆使する。これを打ち倒すには余程の一撃が必要になる。
樋上は今までの経験から、蒼耀が式神を狙う瞬間を待っていた。こちらから注意が逸れる瞬間に、最速で攻撃を叩き込み、一気に攻め落とす。体術で後れを取っている樋上としてはこれしか勝てる策を見出せなかった。
ところが、蒼耀の考えていたのは真逆だった。
蒼耀の足に伝わっていた力の方向が、直上から正面へと転換する。
既に勢いの付いた体勢の樋上は急激にその躰を動かせない。
──術者を倒すには余程の一撃が必要。
言い換えれば、余程の一撃があるのならば、狙いは式神では無くむしろ術者。魔力の供給源さえ立ち切れば、式神を無力化することが出来る。
この瞬間、ほぼ零距離にまで接近した樋上の目にはしっかりと焼き付いていた。
「それなりに本気の一発だ──死ぬなよ!」
迫りくる蒼耀の、万力の様に握りしめられた右の拳に収束する、緩やかでありながらも大河の如くを思わせる《気》の奔流を。
──ズゴドンッ!
小隕石が追突したような轟音。
それで、終わりだ。
「屈辱だな。よもや『気功術』だけで圧倒されるとはな」
仰向けに、力なく伏しながら樋上は悔しげに呻いた。蒼耀の右腕に収束していた『力』はただ一つの直撃で武神の四位を倒したのだ。脳から四肢に伝わる神経が切断された様に、指先一つすら動かせない。彼の胸元には、主の身を案じるチドリが小さく鳴く。
「何言ってんだか。今時の魔術士で気功術を習得してない奴なんていないだろうさ。おまえら武神だって、戦いの基本は気功術だろうが。基本を疎かにしちゃいかんよ」
魔術士は術を扱う為の魔力をあらかじめ体内に宿している訳ではない。
大気中を漂う《気》――西洋では『霊力』と呼ばれている――を特殊な呼吸法で取り込み、それを魔術士に備わっている独自の器官『霊脈』を通すことによって魔力に変換するのである。
「……いんや、気絶しなかっただけでも十分に《気》を練ってるって事か」
蒼耀は、魔力を生成するための『霊脈』を欠落させて産まれた。一方で、魔力を生み出す根本となる気を操る術には異様な才能を持ち合わせていた。
《気》とはすなわち生命力そのものを指し、イルマが扱う万物に宿る精霊よりも更に根本の部分を形成する要素。全ての原子の形を『形』として留める根幹。
この世に実体を持つ人間にも気の流れは存在し、それを強めれば器となる肉体の身体能力は底上げされる。
それが『気功術』。
蒼耀が武神で暮らした十六年で磨き上げ、魔術士すら妥当するほどに研ぎ澄まされた技術である。
「ふざけるな。貴様のような非常識、三十五年の人生で初めてだ」
「……うっそ。お前さんってそんなに若かったの?」
的外れな所に蒼耀は驚いた。無理もない。
「五十歳近くかと思ってました、はい」
「そこまでは老けておらん」
「鏡を前にもう一度、よく考えてみろ。お前さんの老け具合の方が非常識だ。……おッ、そっちは終わったらしいな」
「とうの昔に終わっている」
汚れどころか、砂埃すら付着していない。イルマは変わらぬ姿で腕を組んでいた。その背後に、呻き声を洩らしながら倒れ伏す術者の山。どれもが式神共々力尽き、意識を失っていた。胸が上下していることから、死人は出ていないようだ。
「あれほどの数を……」
仮にも武神の術者。それをこれほどまでに短時間で全てを倒すとは。蒼耀に負けず劣らずである。洋人形を思わせる可憐な少女の力は、一目の外観からは計り知れなかった。
「ちゃんと手加減したよな?」
「私がお前との約束を違えるとでも? ま、骨の一つや二つは折れてるだろうがな。そこら辺は許容範囲内だろう?」
「ああ、御苦労さま」
労いの言葉を相棒に投げかけ、蒼耀は仰向けの樋上に向き直る。
「で、お前はどうするつもりだ? この期に及んでまだ挑んでくるか?」
「ふんっ、認めること甚だしいが、貴様の勝ちだ。煮るなり焼くなり好きにしろ」
「そうかい。じゃあ好きにさせてもらう」
──蒼耀は歩きだし、樋上に止めを刺すことなく隣を素通りした。
樋上は身体中が痛む中、絞り出すように声を発した。
「貴様は……」
「ん?」
背中に投げかけられた樋上の言葉に足を止める。
「貴様は……我らを怨んではいないのか?」
十六年間に溜まった怨み。たった三年で清算できるほどに軽いものでは無いはずだ。樋上をその手で打倒し、なおかつ他の術者は同行者によって動けない状態。復讐するには格好のお膳立てでは無いか。
「思う所はあるがね」
樋上の方には顔を向けず、遠くを見る眼で空を見上げた。
「仕返ししてやろう、ってところまでは怨んじゃいないし──」
──堕ちる気も無い。続く言葉は呑み込んだ。口にすればどうにもそれが嘘臭いように聞こえそうだったからだ。
「むしろ、ある意味では感謝しているさ」
「感謝だと?」
意外な言葉に、樋上は嘲るように笑った。
「貴様を蔑み続けてきた我らのどこに感謝を抱く?」
生れ故郷から離れた年数に抱いていた、胸中の真実を吐露する。
「いくら蔑まれても、ガキ子供だった俺を十六年間は育ててくれた。魔術士として無能な俺に《刻印》を施してくれた。何より、魔術士として早々に見限ってくれた」
「何だと?」
最初の二つは、もしかしたら感謝される謂れはある。ただ、最後の一つだけは、自然からしては明らかにおかしい。
「じゃあな、縁があったらまた会うだろうさ」
不明瞭な点を後に残し、蒼耀は武神の屋敷を後にした。
家を飛び出し武者修行の旅に出て、意気揚々に実家に帰ったら並み居る実力者にボロクソに負ける、なんて展開がこの作品を書いた当時のラノベにはありました。なわけで、あえて逆を走って『出もどり主人公が完勝したら面白くね』? とか考えてた記憶があります。
でもって、魔術をバンバン使ってくる相手に素手で勝ったら面白くね? とか思ってステゴロ系主人公が出来上がりました。蒼耀はまさしく『レベルを上げて物理(素手)で殴れ』を字でいく人間です。
ちなみに、『気功術』なんですけど、実はイマイチ名前にピンとこないので、もしかしたら以降に書き換えるかも。




