第十話 心に抱くは覚悟の祝詞
本日三つ目の更新。
読んでない方は八話にまでバックですよ。
一触即発の状況の最中、蒼耀はどこまでも態度を崩さなかった。それどころか、溜息を洩らす。
樋上の後ろ、木造の門の元には二人の術者。おそらく門の外と内側を結界か何かで隔てる役割を持っているのだろう。とすれば、武神の頂点が制止に割って入ることは期待できそうにない。
──もちろん、影で身を潜めている存在には気が付いていたが。
(黙認……か。ここで無理に止めたら後でめんどくさいだろうしな。ま、妥当な所だな)
逃げる、という手段もあった。不可能では無いし、労力の消費は減るに違いない。
しかし、その選択肢は選びたくなかった。
こうも喧嘩を売られて黙っていられるほど、蒼耀もお人好しではなかった。
蒼耀は丹田に力を込めながら、相棒に呼びかける。
「イルマ。周りのは任せた」
「心得た」
迷わぬ返答が、心強い。
思い出したように蒼耀は付け加えた。
「あ、くれぐれも手加減よろしく。武神を本気で敵に回すと、日本じゃ動きづらくなるからな」
「それぐらい言われんでも承知している。して、蒼耀は?」
「樋上をやる。どっちにしろ、俺の戦術は対多数に向いてないからな」
「つまりは、いつも通りと?」
「そういうことだ」
小さな会話が終わると、彼らはそれぞれの相手に視線を向けた。
「初撃を防いだら動くぞ」
言葉なく頷くイルマ。
片や圧倒的な人数差を前に。
片や魔術の一族に置いてつわもの兵とされる男を前に。
揃って不敵な笑みを浮かべた。
「さぁって、おっぱじめるか」
パシンと、拳と手の平を打ち合わせた。
蒼耀は心の中で、祝詞を奏でる。
(我は導き手にして、森羅の理解者也──)
それは、彼が心に深く刻んだ覚悟の呪文。
──ドクンッ。
心臓の鼓動が、一段階上がる
四肢に流れる『生命』が、息吹を増す。
誇るのはただ一つの才能と、己が重ねた月日。
(──我は理解者にして、森羅の導き手也)
ある者は火を。
ある者は水を。
ある者は土を。
各々の式神が放つ様々な属性を持った魔術が、蒼耀達に向けて四方から殺到する。それらが命中すれば、中心部の彼らは塵も残さず消し飛ぶだろう。
逃げ場はどこにもない。前後左右は元より、唯一の上方に逃げれば、樋上の契約する式神が雷撃で迎え撃つ。
まさに盤石の陣。本来の標的以外の者がいようが、それはもはや考慮の外に追いやられていた。
──己が無視されている事は、気が付いていた。
「はっ、舐められたものだ」
イルマの嘲笑が、攻撃の音をすり抜けるようにして術者たちへと届く。
紅の瞳を持つ少女が、何気ない動作で右腕を振り上げた。
──ならば刻ませよう、我の存在を。
巻き起こるのは烈風の嵐。
その規模は、小型の台風に近い。魔力の染み込んだ圧倒的な風力は、向かい来る魔術の全てを跡形もなく吹き消した。
「「「なぁッ!?」」」
驚愕に目を見開く術者達。
「汝ら程度の術、風術程度で防げる」
イルマはさも当たり前とばかり、つまらなそうに呟く。
包囲網から放たれる複数の魔術。イルマはその中から瞬時に風の属性が抜けている事を見抜き、あえて最も立場の弱い属性を選んだのだ。
彼女の言葉は、風術を蔑ろにしての発言では無い。むしろ蔑みの感情は攻撃を向けてきた術者たちへの、だった。
風の属性は速度と鋭さを得意とする。戦闘に関しては不意打ちや牽制、撹乱してからの速攻が主である。とにかくあいて他の属性との正面衝突には不向きな色合いが濃い。
それを防御に使った事はつまり、不得手な属性を選らんでさえ防げるという、実力の差を教える事となる。
もっとも、それを理解出来たのはその場でただ一人、攻撃に参加していなかった樋上だけだった。
「くっ……」
思わぬ伏兵に、樋上は他の術者たちを下がらせようとするが。
「悪いな」
懐深く、間合いの内側から聞こえる青年の声。
「相手は俺だ」
イルマが魔術の集中砲火を防いでから一秒も経っていない。その間に、蒼耀は既に至近距離で構えていた。
「──ッ!」
「余所見してる暇は──」
ドゴンッと、腹部に響く衝撃の振動。辛うじて構えた左腕には、蒼耀の肘が叩き込まれていた。かろうじて『気』を収束して強化した骨が、だがミシミシっと不協和音を奏でる。
「──ないぞッ」
「ぐぅっ!」
踏み込みの運動エネルギーから展開された衝撃を殺し切れず、樋上の躰は直立の体勢のまま後方へと吹き飛ばされる。
追い打ちをかけようと、蒼耀は樋上に突進を仕掛ける。彼の直進する速度は、地に足が付かない樋上に追い付かんばかり。
「放てッ!」
主の意思に応じ、樋上の式神は電撃の槍を蒼耀に向けて放った。
音速に達するばかりの青白い雷光を、しかし蒼耀は僅かに身を逸らし、まさしく紙一重で回避する。
「おらぁッ」
右の握り拳を、地面に靴底を到達させたばかりの樋上に放つ。ろくな迎撃態勢を出来ない樋上は、あわやという所で雷の障壁を前面に張った。
『雷』は瞬発的な威力には優れている反面、長時間の安定した維持には不得手。防御には適さないが、カウンターの要領で発動できれば結界としては効果を成す。
「どっせい!」
──バヂンッ!
蒼耀の拳は雷の障壁を砕き、その先に居る樋上へと到達した。
「がぁっ!」
左の肩に命中。関節の外れる感触と激痛が、樋上の脳を直撃した。
それでも樋上は敵から目を逸らさず、止めの回し蹴りを繰りだそうとする蒼耀に向けて雷撃を放った。しかし、蒼耀の動きは風の様に素早く、バチンと雷撃が炸裂する前にその効果範囲内から飛び退いていた。
「……────」
間合いを外した蒼耀はにやりと口端をつり上げ。
「──――~~~~~」
やがて左手で右の手首を抑え、肩を震わせた。
「のぉぉぉぉ……。しびれる~~~……」
右の手首から先が、小刻みに痙攣する。電撃の障壁を素手で殴るのは無理があったようで。
──むしろ『痺れる』程度で済んだことが驚愕に値する。樋上の生み出した防御壁は、生身が触れれば瞬時に炭化するであろう熱量を誇っていたのだ。
「くっそ、素手だって事をすっかり忘れてた」
具合を確認する意味で、指を曲げる。時折意思に反してビクンビクンと思わぬ動きを見せる。まるで自分以外の者が躰を動かしているようだ。拳が上手に作れない。
「けど、さすがは武神の五位。上手く避けてくれる」
肩の関節を外した一撃。本来であるならば攻撃の源である式神を狙ったのだが。
「やはり蒼耀……お前は魔力を──」
肩の関節を嵌め直しながら、樋上は意識を研ぎ澄ませる。
感覚の焦点を蒼耀に合わせるのだが、やはり魔力を感じられない。どころか、術者でない普通の人間すら内包している魔力の片鱗すら見当たらない。
「んな事は、俺が生まれた時から分かってるだろうが」
──そう、彼は魔術士の家系でありながらも、魔術士としての素養を持たずに生まれた異端児。魔力を生成する能力と持たなかった、一族の蔑みを受け続けてきた無能。
その無能が持ち合わせていた、唯一つの才能があった。
蒼耀はナカノムラ作品における主人公像の原点とも呼べるキャラですね。
現在連載中の二作品の主人公に蒼耀を構成する要素は色濃く受け継がれています。
でも、この作品はシリアス成分強めなのであそこまではっちゃけたキャラではありません。
……このころのナカノムラは、厨二病が暴走しつつシャイだったんで、おっぱいおっぱいと叫ぶ勇気がなかったんです。
でも、それであっても大好きだったので、金髪ちゃんと妹ちゃんは脳内でたゆんたゆんでしたが。




