救出へ
お待たせしました。しばらくは戦闘ラッシュになりそうです。
カメリアさんと地下を出ると、城外は既に戦場と化していた。あちこちで銃声と悲鳴が聞こえる。
「こちらです。前線には我らが王が指揮を執っておられます、そちらでカズト様が向かう戦線を決定します」
案内されたのはテントがいくつか並んだところだ。その内の一つ、沢山の兵士が出入りしているところへカメリアさんは歩いていく。
「失礼致します、リダ地域右方から多数襲撃! もう持ちません!」
「全員撤退させろ。第3地域で再度防衛線を引き中央から側面を叩かせる、誰一人死なせるな!」
「りょ、了解しました! ただ今伝達します!」
一つのテントの中から兵士が一人出ていく。さっき聞こえたのはかなり若い声だ、僕と同じか少し上くらいだろうか。カメリアさんはそのテントの中へ入っていった。僕も後に続いて中へ入る。
「ん、カメリアか。先程ジュークから報告は受けた。隣の彼がその当人かな?」
「はい、意識が回復したためお連れしました」
中には小さな椅子に座る一人の青年がいた。精悍な空色の瞳をもち、茶色の短い前髪が幼さの残る顔を引き立てている。着ている鎧は重そうで、目元には隈が見える。
「初めまして、旅人の少年。私はカルボシルの第二王子ビルクだ。ウィードから君のことについてはある程度の情報を貰っている。生き別れた幼馴染みを探してこの国へ来たようだね?」
「……はい、そうです」
「まずは私の部下が手荒な真似をしたことをこの場で詫びる、すまなかった。君の仲間は騎士数人に捜索させている、まずは彼女達と合流することを先にしよう」
王子は深く腰を折る。気味が悪い、話した事のない人に目的や行動が全て筒抜けだ。まるでどこかから視られているような……情報源はウィードなのだろうが、僕達のことをどこまで知っているんだ?
王子はそんな僕の様子を気に留める事もなく、頭を上げて続けざまにカメリアさんの方を向いた。
「カメリア、彼と共にグドルへ向かってくれ。あそこで50名余りが敵に包囲されている。連絡が途絶えてから2日経った今、急ぎ包囲網を破り救出する必要がある。一人でも多く連れ帰ってくれ」
「承知致しました、ビルク様」
カメリアさんは恭しく頭を下げる。指示はこれで以上みたいだ。ふとざわめきが聞こえ後ろを振り返ると何人もの兵士が行列を作っていた。もしかして報告待ちだろうか。だったら早く出ないと戦線が崩れる可能性もある。僕はカメリアさんの腕を軽く引っ張った。
「カメリアさん、後ろが控えているのでそろそろ出ましょう」
「そうだな。ビルク様、失礼致しました」
「ああ、二人とも気を付けてくれ」
テントを出ると、乾いた空気が頬を凪ぐ。相も変わらず周辺は人の出入りが激しい。ぼーっと立っていると邪魔になりそうだ。
「それではカズト殿、これよりグドルへ向かいます。徒歩で約半日程、警戒を行いながらでは一日消費しますので、途中の拠点で休憩を挟みつつ移動します」
「あの、他に付いてくる人とかはいないんですか?」
さっき王子は彼と共にと言っていて、他に付いてくる兵士はいない。援軍にしても少数精鋭すぎやしないだろうか。
「ええ、私達だけです。もう戦える者も我が国には残っていません。このままいけば後一月ほどでカルボシルは滅びるでしょう」
「滅びるって、そんな……」
「比喩ではありませぬ。奴らは突如、生物以外には興味を持たない殺戮者としてこの地にやってきたのです。各地で起きた混乱を収め城で守りを固めた頃には民の半数以上が亡くなりました」
カメリアさんは悲しむ素振りも見せず淡々と言葉を連ねる。何も思わない、というよりは何も思いたくないのかもしれない。
「日によって数はまちまちですが一日に20人から50人、週に一度ある大規模な侵攻の場合は100から1000人。座して待つのは死のみです、敵の本陣を捉え次第王子は突撃命令を下すでしょう」
「毎日そんなに犠牲が……」
「私どもに出来るのは、命令を遂行することのみです。向かいましょう、カズト殿」
カメリアさんは手を差し出してきた。握手でいいのかな。
僕がその手を固く握るとカメリアさんは笑みを浮かべた。
「道案内は私めが致します、カズト殿は敵の警戒を行って頂けると。飛び道具には歯が立ちませんもので」
腰の剣を叩きながらカメリアさんはおどけるように笑った。確かに剣じゃ遠くにいる銃に敵うはずもない。
「任せてください。僕が、何とかして見せます」
「頼もしい限りですな。それでは向かいましょうか」
_____
カメリアさんが先頭に、僕は人気のない市街地を歩く。辺りの風景は、日本を切り取ったようにそっくりだ。
高くはないがビルがあり、四角い住宅が狭そうに立ち並ぶ。車や自転車もあり、ついさっきまで誰かが乗っていたような気がする。砕け散ったガラスに撒き散らされた紅の花と力無く壁にもたれかかる体の一部がないヒトの痕。
目を覆いたくなるような凄惨な光景は視界の至る所に映り込み続ける。僕は目を逸らすのを諦めて、敵がいないか視線を散らしながら黙々と歩き続けた。
そうやってどれくらい進んだだろうか。カメリアさんがゆっくりと立ち止まり、右手で僕を制止した。
「これより先は敵の哨戒地域になります、ご注意を」
「……了解です」
僕は大きく深呼吸をし、魔力で銃を創り出した。
今回出したのは2丁、M1ガーランドとグロック17だ。グロック及びガーランドの弾薬は既に装填されている。グロックを仕舞うホルダーを出して腰に収め、スリングを取り付けたガーランドをぶら下げながらカメリアさんに視線を向ける。
「では、進みますぞ」
建物ばかりで死角の多い場所は敵のことを考えるとあまり通りたくない。同じ銃火器を使う身として的当ての的になるつもりは毛頭無い。ここから先は1秒先に死が待つ世界だ、気を引き締めないと。
カメリアさんに従い、狭い路地を進む。至る所に崩れ落ちた瓦礫が道を塞ぎ、その都度進路を変える。幸いと言うべきか、未だ敵との接触はない。
進路には一本の大きな道路がある。向かい側に渡らなければグドルに着くことが出来ないが、開けた場所は大体狙撃手が待ち構えている。瓦礫越しに敵がいないか窺うが見つかる訳もない。
……単独で突っ込んで索敵しようか。カメリアさんを巻き込まないようにするなら一番手っ取り早い。
「カメリアさん、僕が敵を探してきます。この辺りで待っていてもらえますか?」
「分かりました、ご武運を」
カメリアさんをその場に置いて、僕は道路の真ん中へ躍り出た。即座に全方位に強度の高い防壁を展開すると、図ったかのように一斉に銃声が鳴り響き、防壁に当たった弾丸があちこちに跳弾する。
敵の数は10、建物の中に潜んでいるのが殆どでその内2人ほどが狙撃手だ。先にそちらを倒そうか。
大きく息を吸い、無茶な行動にも耐えられるよう身体強化を行う。早鐘を打つ胸を押さえていると、もう一人の僕がからかうように意思を投げかけてきた。
『一人で出来るか? なんなら俺が少しばかり手助けしてやるが』
「大丈夫、覚悟はしてる。本当にヤバいときだけお願い」
跳弾の音が止み、敵が弾を装填する僅かな隙が生まれる。僕は防壁を解除するとガーランドの銃身を震える手でしっかりと握り、勢いよく駆け出した。




