揺らぎ
「……僕が見ますからノノさんは皆をお願いします」
「承知した、私達は入り口の方へ引き返しているから少年もそこで合流してくれ」
「了解です」
「全員、姿勢を低くして進むぞ。敵か味方か判断できない以上見つかるのは好ましくない」
「はーい」
私は近くの家に身を隠しながら、皆と一緒に村の入り口を目指して移動を始めた。アキナとユーリが付いてきていることを確認しつつ、中央から身を隠し進んでいく。変わらず無数の足音は聞こえ続けているためあまり油断はできない。
皆しゃがみながら移動するのが楽そうで羨ましい。私は胸がつっかえて動きづらくなるからどうしても四つん這いになって移動しないといけない。
「そう無理はしなくても大丈夫だぞ。そこの壁を抜けて外側から入り口へ向かう、敵か味方か分からない以上戦う準備はしておくように」
「はーい」
ノノさんの指示に従って、私は剣の柄に手を掛ける。壁を抜け入り口へ歩いていくと、数人の鎧を着た兵士が集まって立ち話をしていた。他に人などいる訳がないと思っているのか、声を潜めることなく大きな声で会話をしている。私達は彼らから見えない所で息を潜め、話し声に耳を傾けた。
「この村も壊滅か。あいつらには情けってもんが残ってないのか?」
「前線は地獄だぞ。隊長が拾ったあの武器、指一本で人の頭を吹き飛ばせるらしい。俺達が今着ている鎧なんて紙切れみたいに穴だらけになっちまうみたいだ」
「南に展開した5部隊の内3部隊が全滅したのは聞いてる。今は市街地で食い止めてるみたいだが、敵は殺しても殺しても増える一方だ、カルボシルもこれまでかもしれんな……」
「ふむ、あれはカルボシルの正規の兵か。ならば見つかっても襲いかかるといったことはないだろう。少年が戻って来るのを待つぞ」
「カズト、大丈夫かな……」
小さな声で、私はそう呟いた。どうしてだろう、少し姿が見えないだけなのにこんなにも心配になるなんて。周りの声だってあまり耳に入ってこない。こんな状態じゃだめだと頬を張っていると、どこか遠くで何か破裂するような乾いた音が響いた。皆その音には聞き覚えがあり、音のした方向へ顔を向ける。
「今の、銃の音?」
「その可能性が高い。少年に何かあったのかもしれない」
「だったら戻らないとカズトが!」
「慌てるな、この環境での単独行動は危険だ。私とアキナで確認に向かう、君は悠莉と一緒にここに待機だ」
「なんでっ……!」
ノノさんはアキナを立ち上がらせると元来た道を引き返していく。反論したかったが、感情的に動くのは危険なことを知っている。座り込むと寒くもないのにやけに辺りが冷えている感じがして、私は自分の身体を強く抱き締める。
ふと、腕を掴む私の左手を温かい何かが包んだ。
「大切な人が増えるほど、失うものが増えるほど私達は臆病になるんです。あの、だから、普通だと思います」
その小さな手で私の手を握り、落ち着いた声で話すユーリ。十近く歳が離れているはずの彼女は一目見ればまだ幼い子供だけど、私に向かって話すユーリはとても強い意志を持った一人の大人に見えた。
「アルカネさんは、怖いんだと思います。今の環境が、失われることが、怖いんだと思います。私も助けてもらって、みなさんに申し訳ない事をしたのに温かく受け入れてくれてとても嬉しかったです。もし皆さんと会えなくなったら、どうしようって不安になることもあります」
失う。短いのに、とても重い言葉だ。ユーリやアキナ、ノノさん、
「……カズト」
失う訳にはいかない。皆大好きで、大切な人だから。
「失うものがないのは、楽で辛くて寂しいです。森で暮らしてた時、私は何時死んでもいいって思ってたんです。私が死んでも悲しむ人なんて居なかったから。こんなこと、まだ元いた世界で生きてるかもしれないお母さんが聞いたらすごく怒られそうです」
ユーリ、はどこか申し訳なさそうに笑った。握る手は私の手と同じように微かに震えている。
「でも今はお兄ちゃんに、アルカネさんに、アキナさんに、ノノさんがいます。人は一人だと辛いから手を繋ぐんです。二人だと寂しいからもっともっと沢山の人と仲良くなるんです。どんなに弱くても皆がいます。
――もっと、頼ってください。私なりに力になりますから」
ユーリは手を離すと、ゆっくりと私に近付いて背中へ腕を回した。私は自分の腕ではなくユーリを優しく抱き締めた。小さい体は私の腕の中にすっぽりと収まり、水面のように揺れる黒く長い髪が彼女を覆い隠していた。
「えへへ、あったかいです」
「不思議、こうしてるとすごく落ち着くわね。ありがとう、ユーリ」
「お互い様です。不安な時にぎゅーってされると、かなり安心するんですよ」
全くその通りだ。ついさっきまで抱いていた焦りや恐怖は既に消え失せていて、目の前にいる小さな少女の呼吸と温かい鼓動だけが私の感覚の殆どをを占めている。
どれほど私達は抱き合っていたんだろう。遠くから石と土を踏みしめる音が近付いてくる。顔をそちらへ向けると、不思議そうな顔をしたアキナが立っていた。
「ねーアルカネ、どうしてユーリと抱き合ってるの?」
「ううん、少し不安になっちゃって。ユーリとお話してて、成り行きでこうなったの」
「うーん、分かった。ノノさんが二人を連れてきてって言ったから戻ってきたんだ。さっきご飯食べた所だって」
「移動ね。ユーリも行きましょう」
「はい!」
私は両腕にユーリを抱き抱え、先を行くアキナの後を追って走った。走る間、私達の足音以外は何も聞こえない。既に兵士は撤退したのだろうか。走り続けカズトを置いていった場所へ戻ると、険しい顔をしたノノさんが地面に座り込んでいた。すぐ近くの地面には、時間が経って間もない赤い染みができている。
「来たか。少年が先程目視したカルボシルの正規軍に連行された。銃声と血痕から少年が撃たれたものと推測できる。助けに行きたいのは山々だが、あの部隊の司令官は馬鹿だ。敵対しては面倒なことになる、発見されないよう後を追うぞ」
「カズトは、大丈夫ですか?」
「……傷の治療がされないまま連行されているのを目視した。少年が自分で治療しているはずだが失血量は多い、早く取り戻したいところだ。少年の奪還作戦にしゃれ込むとするか」
立ち上がったノノさんが白衣を翻し進みだす。私はその腰元に、お医者さんには不釣り合いなものを見つけ。
それは黒く小さな銃。カズトが何回も使っていたから構造はある程度理解している。予備の弾入れは三つ。艶は消され、光を一切反射しない。人目に触れないよう、なおかつすぐ取り出せる位置に仕舞われていた。
(何で、ノノさんが……?)
だめ、きっと今訊けば壊れてしまう。
興味を持つ心の声を抑え、前へ進む皆の後を追いかけた。




