初めまして、愚か者
お待たせしました。
「痛い……」
痛覚が戻り、途切れていた視界が開け始めた。
目が覚めると、僕の周囲を見知らぬ女性達が忙しなく歩き回っている。格好から推測するに看護婦だろう、その周りにも体のあちこちに包帯を巻きつけた男の人達がいて痛みに喘いでいる。
僕も足に痛みを感じ、見知らぬ地域に運び込まれた事を思い出した。記憶は床に叩きつけられた所で途絶えているが、あの比較的年を取った兵士に助けられたことはしっかりと覚えている。見つけ次第お礼を言わないと。
足を見ると、きつく巻き付けられた包帯が鉄錆色に染まっている。あの時撃たれた傷がまだ塞がっていないみたいだ。魔力を足に回して治療していると、一人の看護婦が近づいてきた。
「目が覚めたみたいですね。カメリア様があなたを運び込んだ時はどうなるかと思いましたが良かったです。足の出血が酷かったので縫合を行いました、身体から血がかなり抜けていますからしばらくは安静にしていて下さい」
「わ、分かりました」
どこか威圧感のある微笑みを浮かべながらそう言い、看護婦さんは別の人達の所へ向かい同じように様子を訊いていた。傷を治しても血が足りないとまともに動き回ることは出来ないだろうが、なるべく早くみんなの所に戻らないと。
僕は魔力をさらに回し、撃たれた場所の治療を痛みがなくなるまで続ける。しばらくして包帯を剥ぎ取ると縫い糸だけを残して傷痕は消え失せていた。
(よし、あとはここを抜け出して皆を探しに行こう)
看護婦さんが遠くへ行ったのを確認すると靴を履き、部屋の出口を目指して駆け出したが丁度入ってきた人とぶつかってしまった。
「っと、失礼」
「す、すいません!」
頭を下げて相手の顔を見ると、どこかで見覚えのある顔だった。
「足の怪我が見当たらないな。どうやって治したんだ?」
「えっと、魔力を使って、回復魔法を使いました」
ぶつかったのは僕を助けてくれた初老の兵士だった。名前はカメリアで合ってるのかな。体のあちこちにカメリアさんの鋭い目線が突き刺さり、僕の手が掴まれると同時に部屋の外へ引きずり出された。
廊下は狭く、人がすれ違うと肩がぶつかるくらいだ。カメリアさんは一言も言わず、僕をどこかへ連れて行く。
「あの、今はどこに向かっているんですか?」
「静かにしろ、事情を知らない奴らに出くわしては面倒なことになる。王に報告は済ませているが末端への伝達までには時間が掛かるからな、君とその仲間の存在はまだ伏せておきたい」
口を挟ませてはくれないみたいだ。というか、アルカネ達のことをもう知っているのか? 僕を捉えた人は気付いていなかったのにどうやって……
カメリアさんは歩きながら懐から何かを取り出すと、それに向かって話しかけた。
「ウィード殿、例の少年が目覚めましたのでただいまそちらへお連れします。声は届いているでしょうか」
「届いてるよー。彼を連れて来るんだよね? いつもの場所で待ってるねー」
「了解しました」
ノイズ交じりに聞こえてくる若い声。カメリアさんが手に持っているのはトランシーバーだ。剣士の格好にそれはあまりにも不釣り合いで、奇妙な感覚を覚えた。カメリアさんはトランシーバーをしまうと、下へ下る階段を塞ぐ鉄格子の前で立ち止まった。
「この下へ向かう。入り組んでいるから私からはぐれるな」
「分かりました」
カメリアさんは大きな鉄格子の鍵を開けると中へ入っていく。階段の先には、今までとは異なる造りの空間が広がっていた。
まず電気がある。通路全体をくまなく照らす光が白い壁や床に反射し眩しく、目を細めながらカメリアさんの後を追う。
時々電子キーや自動ドアもあり、研究所のような雰囲気だ。誰がこんな場所を作ったんだろうか。多分異世界人だけど、永遠ではない可能性が大きくなってきた。さっきのトランシーバーの声の主が恐らくそうだろう。
入り組んだ通路をどれだけ進んだだろうか。小さな扉の前でカメリアさんは立ち止まり丁寧にノックをしたが、中から反応は返ってこない。
「またなにかお作りになっているのだろう、構わず入るぞ」
そう言ってカメリアさんは扉を開けた。
中はとても広く、そして狭かった。学校の教室が2、3部屋ほど繋がった広さの部屋には設計図らしき用紙があちこちに散らばっている。それに付随して銃やロボット、冷蔵庫やラジオ等が山積みになっている。文字通り足の踏み場がない。部屋の中央には今もなお何かを組み立てる茶髪の子供の姿があった。彼は僕とカメリアさんに気付くと手を振り、こちらへ来るよう手招きした。カメリアさんに促され、僕はその子供に近づいた。
「僕の研究所へようこそ。僕の名前はウィード、君と同じ異世界から呼び出された人間だよ。君の名前は一宮和人、幼馴染を捜して女の子3人と旅をしている異世界人で合ってるかな?」
ウィードといった子供はすらすらと僕達の情報を話していく。最初から分かっていると言わんばかりの自身が彼の表情から見て取れた。実際情報はほとんど合っているし、あちこちを旅する目的も間違っていない。
そして今の話を聞くことで確定した。
カルボシルにも永遠はいない。
「ノノさんが省かれてるのは置いておくけど、それで合ってる。何で僕のことを知っているんだ? この世界に僕らを呼び出した何者かが授けた能力?」
「ああ、あのスヴェラとかいう奴のことかな? あいつから貰ったのは自分で作りたいものを実際に形に出来る能力さ。頭の中で創りたいものを思い浮かべれば設計図が書けるようになるから、それ通りに物を用意して組み立てればいい。ぶっちゃければ意味のない能力、産廃さ」
ウィードは部屋の中を歩き回りながら話す。時折足元の部品を蹴り飛ばしたり、壁に投げつけては穴をあけたりしている。落ち着きがないというか、どこか様子がおかしい。遠くで様子を窺っているカメリアさんがびくびくしているのがその証拠だ。
「君の事を知っている理由はたった一つ、そういう能力を僕が元々持っていたんだ。このクソッタレな世界に呼ばれる前からね。第六感、超能力、胡散臭いものに例えるとそう言うけども、僕は自分に関わる未来しか視えない。君は僕と出会い、協力して犠牲を出しながらもスヴェラの半身、スヴェラの使い魔を倒す。それが決まりきった君と僕の未来さ」
ウィードがそう言ったとき、僕は彼の胸ぐらを掴んでいた。焦りから、それとも恐怖だろうか。僕にはどうしてそうしたのかは分からないが、狂人と罵られても否定できないほどに血走った目をしながら、ウィードを問い詰めた。
「なあ、もう一人の僕はそのスヴェラってやつの使い魔なのか? 永遠はどこにいるんだ? 君は全て知っているんだろ、教えてくれ! 僕はどうすればいい!?」
掴み掛かる僕の手をウィードは気にした風もなく、笑顔のまま言葉を続けた。
「まあそう慌てないでよ。急がば回れ、ちゃんと教えるけどもまずは君の仲間と合流しないと。全ては一週間で決まる、まずは最初に連行された村の方へカメリアと一緒に戻るんだ。さ、離した離した」
「痛っ!」
手を襲った鋭い痛みにウィードを掴んでいた手が離れ、ウィードは回転しながら床に着地する。ウィードの手にはいつの間にか針金が握られていて、手から零れた滴が白い部屋を微かに赤く染めた。
「分かった、あの村に戻れば良いんだね。それと、急に掴み掛かったりしてごめん」
「分かればよろしい。カメリア、彼の案内は任せたよ」
「了解しました。カズト殿、私の後をお付きください。門前に馬車を手配してあります」
急に敬語になったカメリアさんは扉を再び開け部屋を出る。僕もそれに続こうとすると、ウィードが呼び止めてきた。
「そうそう、一つ聞きたいことがあったんだ。もう少しいいかい?」
「大丈夫だけど、何かな?」
「簡単な質問さ。君はいつから僕を信用した? いつから君の手助けをする仲間だと思い込んだ?」
「何言って……」
「何の面識もない僕が正しい情報を君に伝える保証が何処にある? 君はお人好しすぎる、もっと人を疑うことを覚えた方が良い。そんなんだから君は誰も救えないんだよ」
「そんな事はない! 今までだってちゃんと皆を守ってきた! 誰も、死なせはしない!」
「まあ、止めはしないよ。君がそうしたいのならそうすれば良い。ただ、このままだと――」
そこまでウィードが言ったとき、大きな揺れが部屋を激しく揺すり積み立てられた機械類が大きな音を立てて崩れ落ちる。ウィードの言った事は最後まで聞き取れなかった。
「じゃ、頑張ってね。カメリア、和人のことはよろしくね」
「はっ。カズト殿、まずは敵の撃退にご協力願いたい。ここが落ちては元も子もない」
「……分かりました、行きましょう」
先に進むカメリアさんの後を追い、僕は城の外へ出た。
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「いやあ、見事なまでに真っ直ぐだね、尊敬しちゃうよ」
警告をしたつもりだけど、彼はそれを聞き入れず自分がが信じる道を選んだ。人の身で全てを救うことなんてできるわけがないのに。
「理想だけを求めて君の仲間が死ぬことになっても、君は同じ事を言えるかい?」
確かにあれはモルモットにするには丁度良い人間だ。スヴェラが彼を選んだのも頷ける。彼は掌の上で弄ばれていることにすら気付いていないのだろう。
「全てを救えるのは聖人や神だけだ。僕は僕なりに見守らせてもらうよ、愚か者」
君は、未来を変えることができるかな?
遠ざかる彼の背中を見送りつつ、僕は大きな欠伸をした。




