ある日の定例会議にて
長々ご無沙汰いたしております。
リハビリがてら書き上げた思い付きでございます。
軽い気持ちでさらっと流し読んでくださるとありがたいです。
ある日の放課後。
カーテンを閉め切られた薄暗い教室に彼らはいた。
特別教室棟の最奥。
現在はあまり使われない部屋に集まった人数は十数名。
鍵は内側から締められている。
「同志諸君。よく集まってくれた」
教室内にロの字で組まれた座席の上座。
黒板に背を向ける位置に座ったその人物は口を開いた。
重々しい口調の彼の表情はわからない。
否。
この室内にいる全員の表情がわからない。
なぜならば、彼らはすべて何らかの方法で顔を隠しているからだ。
仮面しかり。被り物しかり。紙袋しかり。
今話した彼は紙袋をかぶっていた。
なんの変哲もない茶色の紙袋には何やら王冠のマークが書いてあった。
「本日の定例会議を始める」
全員をぐるりと見回して、隣にいた女生徒に頷きかける。
性別の区別は制服でみられる。
その女性とは中心の人物と同じく紙袋をかぶっていた。
こちらにはティアラのマーク。その下にはAと書いてある。
目線を受け取った彼女はカタンと音を立てて椅子を軽く蹴って立ち上がって口を開いた。
「では、皆様の定時報告をお願いいたします。まずは」
すっと視線をメンバーの一人に向ける。
「モブルークから」
「はい」
すくっと立ち上がったのは男子生徒。
彼が被っているのは特撮物の仮面だった。
「モブルークAです。今週のヤツラの動きをご報告します。華咲愛子とその一派ですが、今回は来月に迎える体育祭に向けて前哨戦を開始しました」
「モブルークBです。どう見ても華咲に片思い中の皆藤勇気が自分がかっこいいところを見せると宣言。同クラスの黒田剣次が、張り合い、短距離走での対決が決定しました」
「引き継ぎまして、モブビショップです」
続いて立ち上がったのは女生徒と男子生徒の二名。
「生徒会長が華咲を景品にした勝負と持ちかけようと画策中」
「更に生徒会書記の双子が借物競争のお題に細工をしようと動いています」
ビショップと名乗った二人はおかめとひょっとこだった。
はい、と手を挙げたのは小柄な体格の男子生徒…某顔をむしって子供に食べさせるアニメのヒーローと某ゆるキャラの黒いやつだ。
二人の体格と動きは際めて似ている。
「モブナイトAです。その件で生徒会役員のファンクラブがそれぞれ浮き足立っています」
「モブナイトBです。華咲を景品にした勝負は妨害を、借物競争のお題は隙あらば内容を把握、自分達が手に入れられないかと動いているようです」
それぞれの報告を聞いた王冠紙袋…モブキングは両肘をついて指先を組んだ、いわゆるゲンドウポーズを取った。
「なるほど。体育祭は予想通り荒れそうだな」
その呟きに、全員がざわざわと近くの人物と顔を…仮面やら紙袋やら被り物やらを向けあって話している。
「静粛に。ポーンからの報告は何もありませんか?」
その騒ぎを制止したのはキングの隣に座っているもう一人、Bという文字の上にティアラを描いた紙袋の女生徒。
問いかけに対しての発言はない。
それを確認した女生徒はキングに顔を向けて小さく頷きかけた。
「みんな報告ご苦労」
その言葉に全員がぴしりと背筋を伸ばす。
「今後大きな騒動が予測される。状況を正確に把握し、報告連絡を怠らないように」
「「「「「はい!」」」」」
異口同音に返された返事。
「我らはモブだけで結成されたモブテンプル騎士団。騒動のない、平穏と平凡な日々を愛する者」
かたりと音を立てて椅子から立ち上がったキング。
「同志諸君の楽しい学校生活を守るためなら協力を惜しまない。しかし」
そこで言葉を区切ったキングはしばしの沈黙ののち深いため息をついた。
「残念な知らせがある」
その言葉にびくりと肩をすくめた人物が一人。
「モブポーンC、起立したまえ」
「っ!」
その言葉に、某美少女戦隊物の仮面をかぶった女生徒が震えた。
「あ、あの、私…っ」
「起立、したまえ」
静かに促され、おずおずと立ち上がる。
その身体はわずかに震えており、忙しなく周囲を伺っている。
「君は……君の弟は、サッカー部のルーキーで、先日華咲に一目ぼれ、猛アタックを繰り広げているようだね」
「そっ! それは、そのっ」
「教室にも時折襲撃をかけ、ハーレム要員である男子に喧嘩をふっかけているとか」
「それは、そう、なんですがッ」
指摘に可哀想な程、動揺する。
「お、弟と私は関係ありませんっ!!」
「そうはいかないのだよ、モブポーンC」
彼女を見て、そっと目を伏せ…たようなしぐさをするキング。
「教室の中にいた君に向かい、弟君は『あれ? なんだココ、姉ちゃんのクラスか』と言ったことで、皆藤や黒田が弟を追い返すよう君に言ったそうじゃないか」
「更に空気を読めない華咲に『あれぇ、夏樹くんのお姉ちゃんって春子ちゃんだったんだね』と言われ、周囲にもサッカー部ルーキーの姉と認識されたと聞いています」
「弟くんの同級生である生徒会書記の子にも君の名前は伝わり、引いては生徒会長にも伝わったと」
「~~~っ!?」
追加で示された情報は、彼女にも知らされていなかったことなのだろう。
声にならない悲鳴があがる。
「そんな…そんな…、あの馬鹿弟のせいで、中学時代は最悪だった…やっと平穏な生活が遅れると思っていたのに」
がっくりと肩を落とし、震える声で呟く。
「モブポーンC……」
周囲の席の仮面たちが、気遣わしげに彼女を見つめる。
「残念だ。……本当に残念だが、彼らに存在を知られた以上、君はこの組織から抜けてもらわければならない」
「見逃してくださいっ! お願いです! 私は、私はもう表舞台などまっぴらなのです!!」
悲鳴のような声が教室に響く。
「もう、主人公格のKYどもに振り回される日々など真っ平なのです! どうか、どうか!!」
悲痛な声に誰もが自身を顧み、胸を押え、目頭(がある場所を仮面ごしに)押える。
「………許可できない」
「モブキングっ!」
「できないのだ。すまない。同志を見捨てるような真似だとわかっている。だが、すでに彼らに認識された以上、もはや我らの手では…っ」
苦しげに吐き出された声にモブポーンCが言葉を途切れさせる。
「私…私は……っ」
誰もが口を開かず、二人を伺っている。
しばらくして、口を開いたのはモブポーンCだった。
「ごめんなさい…我儘を、言いました」
声はどこか疲れ果てた、全てを諦めたような声音だった。
「そうですよね、もう、私はモブでいられないんですよね……。わかってました。わかって、いたんです。あの弟が進学して来たら、遠からずこうなることを」
ふふ、と零れた苦笑が哀れだ。
「このまま、この組織に所属して、他の皆に迷惑をかけるわけにはいきません」
ふぅ、と吐息をついて、顔を上げ背筋を正す。
「私は、本日限りでこのMテンプル騎士団…モブテンプル騎士団を退団します」
「…っすまない……無力で、すまないっ」
「…顔を上げてください、キング」
声が震えるキングを前にモブポーンCは晴れ晴れとした声を上げる。
「私、この騎士団で過ごせた一年間、幸せでした…ありがとうございました…」
「モブポーンC…」
「ポーンC! 確かに貴女は仲間から抜ける…だけど、友達だっていうのは変わらないからっ!」
「も、もちろんだ、先輩としてなら、いくらでも助けるから」
「モブポーンEちゃん……、モブルークA先輩…っ」
周囲の声に、声を震わせ、深々と頭を下げた。
「ありがとう…ありがとうございますっ」
暖かい言葉、労わりの声。
それらを受けた彼女は、震える手で自身の付けている仮面をそっと外した。
露わになった彼女の顔は、やや丸顔の可愛らしい顔立ちだった。
優しげで、気が弱そうな少女。
彼女は、この組織に入った頃にはもっとおどおどした少女だった。
弟のファンに絡まれ、利用しようとされ、人の目に怯える様子すらあった。
そんな彼女はここで同じモブの先輩や仲間と出会い、彼らの生き方を知り、助けを受け、強くなったのだろう。
もう、あの頃の頼りなさはない。
「君との別れは辛い。なれど、これ以上君と同じ道をいくわけにはいかない。だがせめて、我らは君の未来の幸福を願おう」
「感謝します」
少女は部屋の扉まで行くと、もう一度深々頭を下げる。
もう言葉はない。
団員たちは一斉に立ち上がり、彼女の方を向く。
ぴしりと片腕を胸に当て、キングが声を張る。
「我らモブテンプル騎士団は、同志の新しき日々に多くの平穏あらんことを願う。君の生活に平凡あれ!」
「「「「平凡あれ!!」」」」」
「平穏あれ!!」
「「「「「平穏あれ!」」」」」
一糸乱れぬ動きで片手を胸に当て、復唱する彼らを目を潤ませて見つめ、同じく片手を胸に当てる。
「同志に日々に、平穏と平凡あれ!!」
それが最後の言葉。
彼女はもう一度深々頭を下げると、ドアの鍵を開け、振り返らずに走り去っていた。
彼女の去った扉をからりと音を立てて締め、鍵を掛けなおす。
室内にはなんとも言えない、寂寞とした空気が漂った。
「……私は」
ぼそりと零れた言葉に全員の視線が集まる。
「今後、彼女の行動を、華咲他主人公格の監視と同じく観察し、必要とあらば、私の裁量で手助けをする」
「キング、それは」
「わかっている。必然的に私も表舞台に引きずり出される可能性は捨てきれない」
ぐっと握りこんだ拳は、込められた激情を表していた。
「だが、彼女をスカウトしたのは私だ。その程度のことはしてやりたい」
「リスクを承知の上で、ということですね」
「ああ」
「そうですか。それならば私たちは何も言いません」
「クイーンA!!」
「ありがとう、クイーンA。私に何かあれば、次代のキングは君に…」
「馬鹿なことを言わないでください。まだ、継承する気はありませんよ、キング」
紙袋の内側で、ふ、と微笑む気配がした。
「諦めるなんてらしくありませんよ、キング。平穏かつ平凡な生活を満喫するために全力を尽くす。それが我らではありませんか」
「そう…そうだったな」
その言葉に苦笑したキングに、全員が表情を緩めた気配がした。
「力を貸してくれるか」
「無論です。皆同じ気持ちでしょう」
その言葉に周囲を見回し、それぞれが頷くの見つめ。
「では今後は更に気を引き締めて行こう」
「「「「「はい!」」」」」
いつものように仮面や紙袋を外し、目立たないように一人ずつ室内から退出。
日常の生活に戻って行く。
彼らを見送り、最後に教室に残ったのはキング。
紙袋を外し、カーテンを開け、室内に彼らの密会の痕跡がないことを確認。
ガラスに映るキングの素顔は、憂いに満ちた美少年だった。
その自身の顔を忌々しげに見つめ、懐から取り出した瓶底眼鏡を装着。
髪を片手でぐしゃぐしゃに乱し、あえて少し背を丸める。
それだけで、先ほどまでいた美少年は姿を消し、どこかやぼったい、何処にでもいそうな男子生徒になる。
ガラスに映るその姿を見て、満足げに吐息をつくと、彼もまたその教室から出ていく。
そして、教室には静寂が取り戻されるのだった。