第三十二話
ノリと勢いの第三十二話。意見感想待ってます。
トモが何やら知り合いが一人で行こうとしているのを止めたけど止められなくて結局自分も一緒に行くことになって二人だけで塔を目指すとか無謀にもほどがあるメールを読み終えた時、アタシの中で何か凄く不愉快な気持ちが渦巻いているのを感じた。
「知り合いってあの凄く髪の綺麗なショートの子でしょ? 二人だけなんてそんな・・・・・・アタシだって二人でなんて行った事ないのに・・・・・・」
「おいおいどうしたサオリちゃん、トモのやつが一人でどっか行ったけどどうしたって?」
「なんかさっき地上で再会した知り合いの子が一人で行くのが心配だから自分も一緒についてくだって! もう信じられないっ! この間まで死ぬのが怖いだの言ってたくせに今じゃ自分から厄介毎に首つっこんじゃってさ・・・・・・アタシと一緒にこの世界を回るって言ってくれたのに・・・・・・」
ああもう、なんか改めて説明すればするほどイライラしてきた。もうこうなったら
「で、俺らは何もってく?予備のテントは俺もマキシも持ってるしちょっとした武器の手入れの道具もいくつかまだあるしなんとかなるだろ。つうか早く行かないと追いつけなくなるぞ?」
レックスさんはアタシが何を言い出すか予想してたようで既にマキシさんにも声をかけ装備を整えていた。
「二人ともいいんですか? ちょっと・・・・・・いやかなり危ない事になるかもしれないのに」
「何をいまさら、元々俺はウダイからサオリちゃんの護衛兼食材調達係だぜ? それにマキシだって、なぁ?」
レックスさんが話を振ると
「ああ、俺はこの三人と今どっかいったトモの四人で旅をするのが俺のこの世界での新しい生き方だと思ってる。 だから誰一人としてかけることなく無事にこの攻略作戦をクリアしてまた四人で旅に出よう」
マキシさんは自分で自分の言ってることが恥ずかしくなったのか後半から明後日の方角を向いて話したが気持ちは伝わってきた。なんだか少し湿っぽくなっちゃったな。
「ありがとう、二人とも。それじゃトモを追いかけてこうなったらアタシたちがこの攻略作戦を終わらせるつもりで行っちゃおう!」
半分自棄な気持ちでアタシは言うと案外さっきまでの鬱鬱としていた気持ちが頭上に広がっている青空のように少し晴れた気がした。
俺たちが踏み入れた塔の内部はどこか懐かしい何処かで見たような石の風化具合だった。どこで見たのか具体的に出てこなくてもどかしくしていると
「なぁこれってさ、あのヘルのとこに行く途中の造りに似てないか?」
誰かがそういうと皆約二年前になろうとしている最終決戦の日の事を思い出したようだった。
「うむ、確かにそうだな。この大きな戦士の石造といい螺旋階段の手すりの造形、あの日を思い出すよ」
円卓のリーダー、アーサーが懐かしむように手すりの掘られた模様をなぞる。
「あんときゃまさかあんなことになるなんて誰も思っちゃいなかったがな」
「そうそう、ユウコさんが最後の一撃をぶち込んでヘルの野郎が消し飛んだ時、おっしゃあああああ!!って飛び上がったっけなぁ」
皆、楽しそうに思い出話に花を咲かせていると誰かが唐突に言った。
「ユウコさんかぁ・・・・・・彼女もあの空の向こうで・・・・・・・うぅ」
「いや死んでないから!」
定番のボケをかましたその人をリリがなんでやねんと言わんばかりに手の甲で叩く。
そんな昔話ばかりをさせているほど優しいダンジョンではないようで階段を登り切った先にある大きな踊り場には金属質な体表をしたカマキリが鎮座していた。
「おいおい、こんなメタリックなカマキリなんているのかよ!?」
その突っ込みに反応するかのようにカマキリは折りたたんだ翼を広げ羽ばたくと一気に上昇して鎌を俺たちに向けて急降下してきた。
素早い動きに皆陣形も何もない状態にされそこから着地したカマキリは鎌を振りかぶりながら急接近し鎌を振り下ろす。動きの遅い盾持ちランスのロナードさんが鎌をなんとか受け止めていた、だが相当固い防具で固めているロナードさんのHPバーが今の振り下ろしをガードしただけで三分の一削られ今もジワジワとダメージが加算されていっているのを見て緊張が走るのを感じた。
「総員、防御を怠るな! 攻撃、運動性を重視した装備の者は盾持ち、および防御が高い者の後ろで待機。受け止めている間に斬りかかれ!」
アーサーが声を張り上げ指示を出す。それに応える団員たち。
「野郎ども! 敵はカマキリだからって油断するなよ、気を抜いた奴から首取られるぞっ!」
コウジさんも負けじと声を出す。
「トモさん、私が盾になります。その間に攻撃をお願いできますか?」
「わかった、でも無茶はしないでね」
ジュリアは静かに頷くと「それでは行きましょう」と小さくだが気迫に満ちた声で言った。
カマキリのHPバーはさっきの鰐に比べればどうという事はないがいかんせん素早い上に空を飛んでからの急降下攻撃、加えて鎌のおかげでリーチも長い上に高威力ということで慎重にならざるを得ない状態になっていた。
それでも戦いは続き、HPを半分に減らしたところでカマキリの体色がシルバーメタリックだったのがレッドメタリックに変化しカマキリの口から高温の炎がチロチロと噴き出し鎌の刃の部分も赤熱し赤く染まっていた。
「HP半減からのパターン変化だ! 全員回避行動だけに集中しろ! パターンを見るんだ」
コウジさんの声が響いたがカマキリの近くに居た盾持ちが急に声を出した。
「報告! カマキリの半径5メートル以内は熱ダメージ確認! HPが削られるぞ注意しろ!」
ただでさえ攻撃力の高い鎌に熱ダメージ追加。これでは盾にガードしてもらってる間に攻撃するパターンを続けるにしてもガード役のHPを常に一定以上に保てなくなればこの攻撃パターンが成り立たなくなる・・・・・・。
「みんな、順番で持ってる回復アイテムを盾持ちに使ってHPを一定以上に保つんだ。とにかく防御とHPに気を付けていればいけるはずだ!」
だが、さらに最悪な事が重なった。HPが満タンだった盾持ちが片手剣のプレイヤーを後ろに逃がしてガードしようとして盾を構えたところを俺たちは視界に捉えていた、けれど次の瞬間その盾ごと赤熱した鎌で切り裂かれHPが一瞬にして消え去り後ろに下がろうとしていた片手剣プレイヤーも鎌に薙ぎ払われ同じくHPを全損させ粒子になって消えてしまった。
「おい、嘘だろ・・・・・・」
防御無効化攻撃・・・・・・まれに今までのボスモンスターの中でクリティカル判定で一撃死が存在するがそれは無防備な状態で受けた場合であって、その攻撃は防御して受け止めれば防げるしそもそも攻撃自体が大ぶりなため避けてしまった方が早いという物だったのだ。それがこのカマキリは避けられるのは接近戦特化の軽装タイプ、盾持ち、フルプレート装備のプレイヤーにはとても避けられる速度の攻撃ではない。
「こんなの、盾持ちのやつらが無駄死にするだけじゃねえか」
コツさんが呟くが、それをロナードさんが肩を叩いて前進しながら背中越しに
「まぁ、見てろ」
ロナードさんはこうしてる間も機敏に動き暴れ回るカマキリへとゆっくりとだが確実に近づいていく。
「こっちだカマキリ」
カマキリはまるで餌でも見つけたようにロナードさんに向き直り両前足の鎌を振り上げ交差させ高温による揺らめきを伴いながらロナードさんめがけて振り下ろされたがロナードさんは寸前で自身の槍の先を床に突き立て棒高跳びのような動きで鎌を回避し眼前にあったカマキリ顔面に槍を突き刺した。
弱点部位だったようでHPが目に見えて減少したカマキリは激高しロナードさんへ襲い掛かろうとするが今度は左サイドからリリとコツさんが渾身の両手槌を後ろ脚に叩き込みダウンさせる。
「ったくよぉ、ひやひやさせんなやロナード」
「そうだよロナ、もしタイミングずれてたら今頃お陀仏だよ?」
二人から責められるもロナードさんは涼しい顔で
「さ、結構カマキリのやつも体力減ったみたいだしもうひと踏ん張りだな!」
「話聞けよ!!」
あんな神回避しておいてマイペースってどんな神経してんだロナードさんって・・・・・・。
あまりの凄さに立ち竦んでいると左隣にはコウジさんがいて「考えるな、感じるんだ」と言い残し前線へ右隣にはジュリアが居て「あの動き私がやるとしたらどうすればいいのかな」などとあの神業を自分でやろうとしているし。
「なんだ、ただのバカの集まりか」
そう言って俺はさっきまでの恐怖はどこへやら自分自身の頭のネジが飛んだように笑いながらカマキリの鎌をスライディングで回避して間合いを詰めて攻撃に専念した。
戦っているうちにジュリアとコウジさんたちとアーサーたちの微妙な心の距離感のようなものはいつの間にかなくなり目の前のカマキリにだけ集中するようになっていた。ギルドも何も関係なく回避攻撃回復このリズムをスムーズに行えるようにそれぞれが最初は声を出し合い、夢中になるあまり時間が曖昧になりいつの間にかアイコンタクトのみでそれは伝わるようになりいつしか恐怖で固まっていた盾持ちの人たちも前線に加わり一つの巨大な生き物にでもなったかのような感覚が俺を包んでいた。
やがて、HPが焼失したカマキリが消えドロップアイテムを回収して皆が寝転がったり壁に寄りかかったりして休憩しているとコウジさんとアーサーが背中合わせに座っているのが目に入った。
「何人死んだんだ・・・・・・」
「我々の精鋭7人・・・・・・」
それを聞いたコウジさんは目を閉じると
「そっか・・・・・7人か・・・・・・この様子じゃこの上の階はもっときつくなりそうだな」
「ああ、我々の誰かがまた死ぬかもしれないな」
「ひとまずこの塔は野良モンスターは現れないようだしこの踊り場を拠点にしよう。最初の湖にいる人たちにも伝えておこう。コウジくん・・・・・・今夜はやけ酒をしようと思う。付き合ってくれないか? この部下を7人も死なせた無能な団長に」
自虐めいた言葉を吐きながらアーサーはコウジさんに問う。
「おうよ」
コウジさんは背中越しに笑いながら答えた。
「あひゃひゃひゃ!! いえーい!」
コウジさんが半裸で奇声を発して踊り狂っているのをドン引きしながら後からサオリたちも合流したので手元にあるノースガーデン特製の料理を口に運び味を楽しんでいた、ちなみにユウコは島の周囲を片っ橋から探索してからこちらにくるつもりのようで今夜は野宿するつもりだというメールがさっき届いた。そしてサオリは先ほど『ソル』の女性陣リリ、イヴェールさんとしずくさんに連行され何やらガールズトーク?のような事をし始めた。
その様子を見ながら俺は次は何を食おうかと床に敷いたシートの上に並べられたそれなりの種類の料理たちを左から見ているとジュリアがこっちに向かってきているのが見えた。
「結構食べるんですね。細身なので小食なのかと思ってました」
ジュリアは手に俺と同じジュースを持ち俺の隣を指さして座っていいか尋ねてきたので頷くと「失礼します」と小さく言ってから俺の隣に腰を下ろした。
「こんな大人数でこうやって騒ぐのは初めてです、いいものですね」
「ああ、こんな世界だからこそこうやって少しの間だけでも笑って騒いで心の中に溜まった物を吐き出してるんだよ皆」
「・・・・・・皆さんは強いですね。プレイヤースキルがどうとかそういうのじゃなくて精神的な部分でとても強い。 あの人もここの人たちと同じくらい強かったら・・・・・・」
そういうジュリアの顔には少しばかり陰りが見えた。
「言いたくないなら言わなくてもいいんだけどさ・・・・・・あの人って?」
「そうですね・・・・・・貴方にだけは言っておこうと思います。 実は」
そう言って俺の耳元に彼女の息がかかり一瞬だけビクッとなるもそのあとに続いた言葉は俺の思考回路を真っ白に染めた。ただ、ジュリアに向き直りじっと見つめる。
「それが、本当だとしたら他の人たちには言わない方が良い。この世界に居る人たちがここに居る人たちのように優しくはないしここに居る人たちだって全員が善人とは言えない、それを知ったら君に危害を加えようとする人も出てくる。でもどうしてそんな大事な事を俺に?」
間近にあったジュリアの顔が遠ざかるとジュリアは手に持ったコップに入ったジュースに映った自分の顔を見ながらゆっくりと話しだした。
「それは、ここに来る前に少し話しましたが貴方のおかげなんです。貴方があの時生き生きとバイトクエをして調教したあの馬とじゃれ合いながら駆けて行ったあの数分。あの時の感動は今でも忘れられません、この閉ざされた世界であんな風に楽しそうに笑っている貴方の笑顔が私の背中を押してくれました。あの時私は決意しました、このままじゃダメだって。誰かが私の代わりにこの世界を終わらせてくれるって他人任せでいたらダメだって。そう思ってお金と情報だけは沢山ありましたからそれで貴方が宅配に来てくれたあの家も売り払い旅に出て少しでも皆さんの役に立ちたくて各地を転々としたんです」
なんだろう、あの頃の俺はただライバックと駆け回る事しか考えてなかったけどその能天気さが逆にサオリやジュリアにとってはきっかけのひとつになったって事か。世の中分からない物だな。
「なんか、照れる。でもそれで? さっきの話が本当ならここの事も知ってるの?」
「いえ、私が知ってるのは塔の外の島の部分までです。塔の内部の事は全く分かりません、すみません肝心な所がこの体たらくで・・・・・・」
申し訳なさそうに顔を伏せるジュリアに俺は慌てて
「いや、謝ることなんてないよ。だって先に何があるか分からないからゲームって楽しめるもんだと思うしさ。この先に何があるかなんてわからない方が良いんだよ、でも絶対に最期まで行こう」
「はい」
ジュリアは決意に満ちた声で答えた後、上を見上げて次の踊り場を睨んだ。




