一世一代の愛の告白は彼が黄泉へ旅立つための別れの言葉か
「ねぇ、せっかく人が奢ってやってんのになんで食べないの?」
2人は入院費や治療費を支払った後、『アミシャ』にある料理屋へと入った。
ルタの治療費と入院費は左程かからず、ルタが所持していた財布にある金だけで十分事足りたのだ。
そして2人は腹ごしらえと気晴らしという名目で食事をしている訳だが、シックはフォークを持ったまま硬直している。
「早く食べないとスパゲッティ伸びるよ?」
「うん」
「お前がどんな身体構造してるか知らないけど、こんなときに栄養摂らないとさすがに死ぬよ?」
「うん」
既に放心状態になりかけたシックは、ただミートパスタの盛られた皿を見つめている。しかし、彼にそれが正しく映っている訳もない。
むしろ、彼の瞳に今映るのは血に濡れて地面に転がるラインバレルの姿だ。
「……みんな」
シックの耳は、ただラインバレルの後悔だけを聞いている。
「ごめん……。俺はもう、みんなと一緒にいられない」
そう涙ながらに語るラインバレルの姿を見て、思わずシックは席を立つ。
あまりの勢いで立ち上がったため、突然店内に響いた騒音に店内にいる客達の視線がシック達に注がれる。そしてシックは蒼い顔をして口元を手で覆う。
「……悪い。少し外で一服してくる」
「そう。じゃあ、スパゲッティはもらうね。お腹空いて仕方ないから」
「ああ」
まるで幽鬼のように、店内を出ていくシックをルタは見送る。
一口も手もつけられなかったミートパスタの皿を自身の方へ引き寄せると、独りこう呟く。
「なんで、目の前にいる俺を見てくれないの……」
そんな虚しい一言は、すぐに和気藹々とした客達の声によってかき消された。
一方、シックは胸ポケットに入っている煙草へ手を伸ばす。
あれだけの騒ぎが起こったと言うのに、煙草もライターも無事だという摩訶不思議さに思わず失笑する。
煙草を1本取り出して咥えれば、静かに火を点けて煙を吸い込む。しかし、煙を吸い込んだ瞬間に肺が痛んだ。
「げほ……ッ、が、ぐぅ……!」
シックはまるでバケツに入った水を地面にぶち撒けるように、血を吐き出した。
すぐにシックは吐いた血を足で掃って蒸発させるが、自身の状態も酷いことをようやく思い出す。
「はぁ……。後18年は絶対安静なのに、ここ2日で命削りすぎだろ」
どうせ死にはしないがなと小さく胸中で付け足して、今度こそ煙を吸い込んで舌の上でゆっくり転がす。
長年味わい続け、知った落ち着く苦味を感じることで、ようやく気が落ち着き始める。
半『魔王』化したことで、今のシックは暴走への道を順当に歩んでいた。
恐らく、自我を失うとすれば、後罪業を4回展開してからだろうと悟ると、今後の戦闘スタイルを思案する。
「もう、ただの弾じゃ安心出来ねぇな」
そう呟くと懐から拳銃を取り出し、弾倉を取り外す。そして取り出した弾倉を軽く舐めた。
弾倉を舐めた後、すぐにまた拳銃へと装填し、再度懐へと仕舞う。
今、シックが行ったのは拳銃の弾の改良である。
彼が持つ拳銃の弾は普通の銃弾だが、今シックは自身の体液を弾倉に纏わしたことで弾を無限に放てる仕様へと改造を施した。
さらに、弾倉を通して弾へ自身の体液を付着させたため、弾が当たらずとも弾を放てば半径3メートルにいる人間は確実に仕留められるようにしたのだ。
「これで少しは足しにはなるかね」
確かに自分は察しが悪いし、戦闘以外では頭が回らない阿呆である。
なにせ、『カレンデュラ』が生まれて以降、彼は神からの追跡を受け続けて、事あるごとに矛を交えてきたのだ。
ゆえに嫌でも戦闘経験と思考は身に着くし、さらに2年前から活発になっている『魔王討伐』で逃げることを覚えた。
これで万が一の事態にも備えられるが、所詮はそこまで。
死と言う事象は、思考能力もなければ戦う術を必要とはしないはず。なのに、それらを身につけざるを得なくなったのは何故か。
それは、下手にシックが人間でいることに固執したからだ。
あのまま地獄にて彼女を待ち続けていれば、こんなことにはならなかっただろう。
しかし、約束の日時を過ぎても彼女は自分の元にやって来ない。だからシックはわざわざ人間界へと這い出て、こうしているのだ。
「……そういや、俺はリシェのためにここに来たんだっけか」
などと、自身が人間界に来た理由さえ忘れている始末だ。
自身の完全体に心臓や頭がないのも、『デーモン』が死そのものであるからこそ。
弱点などないし、そもそも元は事象なのだから姿形もない。
完全体の姿は、人々が浮かべる魔王の姿が転写されたもの。だから、所詮は仮初めの姿。
自分の居場所はこの世にはなく、それどころか自分1人が地に足を着けていない死人とあらば、一体どうすればいいのか。
また不安と混乱が脳内を蹂躙する中、シックの頭上に手のひらが乗る。
「お待たせ。行こう」
「ルタ、か」
唯一、この世で点いた希望を目にすることで、シックの中にある不安は徐々に薄れていく。しかし。
はたして、自分はこのまま断罪者のように自我をかき混ぜられて一生を終えるのか恐怖が粟立つ。
そもそも自分は死ねないのだから、『祭壇』に着いたところで無駄なのでは?
なんて不安さえ浮上し始め、ふつふつと煮え湯のように不安は湧いて出てくる。
どうやって、ルタは自分を殺すのだ? そもそもお前は一体何者だ?
本当に俺にとっての死なのか――そう視線で問い詰めるが、すぐにシックは頭を横に振って湧いて出てくる不安をかき消す。
すると、シックの目に1つの露店が留まった。
露店の傍には老婆が立っており、台の上にはアクセサリー類が所せましと置いてある。
それを見るや否や、ふらりとシックの足が露店の方へと吸い寄せられていく。
「シック?」
背後にいるシックの異変に気付いたルタは、シックの後を追う。
そして露店にて、アクセサリー類を覗き込むシックを見て首を傾げた。
「なんでアクセサリー? 別にお前、そういうの着けてないじゃん」
「お兄さん、これはアクセサリーじゃないよ。お守りさ」
シック達のすぐ傍に立っていた老婆は、ルタに微笑みつつそう告げる。
シックは台に並ぶアクセサリー類――もといお守りを見つめ、ある銀色の指輪を手に取った。
「これは……」
「お兄さん、お目が高いねぇ。それは身代わりのお守りさ」
「……ああ。だから、スイセンの花が彫刻されてんのか。よくこんなもん彫刻出来たな」
シックは指輪を指でつまんではまじまじと見ると、老婆は「ふふ」と笑い声を漏らす。
「よく分かったねぇ。それは私の息子が型を作って、指輪に焼印したんだ。彫刻はしてないよ」
「ねぇ、なんでスイセンなの?」
ぼそり、とルタが会話に乱入してくると、シックは静かに指輪を元にある場所へと戻す。
「冥界の王であるハーデスの話だ。ハーデスはペルセフォネに惚れて彼女を冥界に連れ去るが、その際ペルセフォネはスイセンを落としたんだよ。おかげでスイセンには私の元に帰ってって意味があるんだ」
「私の元に帰って……いや、この指輪の場合は還ってか」
一見、なんの繋がりも見えないが還るということは、また1度大事に胎の中で育てられる訳だ。
なにより産む側は、長い間胎に宿した存在を守らなければならない。
ゆえになにかあったときは一蓮托生であろうが、出来ることならばあなただけは生かすという愛が見て取れる。
ルタ的には、こじつけもいいところだと思うが、指輪に十字架や古代文字が刻まれるよりかマシかとこみ上げてきたツッコミを必死に飲み込む。
「ってか、どこでそんな知識学んだの?」
「んー、女を口説くのに必要かと思って、一時期花言葉にハマったんだよ。結局花言葉を覚えて口説いても、女は落ちないことが立証されたが」
「はぁ?」
ルタはシックの言葉に顔を怒りで歪めては硬直し、老婆はおかしいのか腹を抱えて笑っている。
そして、シックはもう1度スイセンが刻印された指輪を手に取っては老婆の方へ振り返った。
「なぁ、姉さん。こいつをいただけないかい?」
「ちょっ、シックってばお金を持ってないんじゃないの?」
ルタがそう2人の間に割って入るが、シックはスラックスのポケットを漁ると、大粒の蒼い宝石を老婆へと渡す。その刹那、老婆は息を呑む。
「お兄さん、これは……」
「怪しいなら調べてもらっても構わねぇぜ。そいつは正真正銘本物のサファイアだ」
「は!?」
ルタは本当かと身を乗り出すと、女性はサファイアを手にとってルーペで覗き込む。そして、じっくりと観察した後にルーペを台へと置いた。
「……うん、質は悪くない。けど、だからと言って値に開きが出るだろうに。お釣りを用意するのは大分時間がかかるよ?」
「いや、釣りはいらねぇ。その代わり、これをもう1つくれるか? あるだろ?」
「ふふ、成程ねぇ。分かった、ちょっと待っててね。今息子に持ってきてもらうよ」
そういうと老婆は振り返って、少し離れた場所でダンボールを抱えた男性へと声をかける。そして男性がこちらへやって来て、老婆が用件を伝えていた。
相変わらず硬直したままのルタだったが、突如我に返るとシックへこう声をかける。
「って言うか、あれはどこで手に入れたの? それに何で身代わりの指輪を2個買うの?」
「あれは『カレンデュラ』の残骸だ。奴らはヘレ・ソフィアの持ち物から錬成される。それに男が指輪を2個も買うなんて理由は1つしかねぇだろ」
「え?」
その言葉に再度固まるルタを他所に、老婆はスイセンが彫刻された指輪を持ってこちらへとやってくる。そして、シックの手のひらに指輪を転がす。
「はい、ありがとうね」
「こちらこそ。んじゃ、行くぞ。ルタ」
「ちょ……っ! 待てって」
ルタがシックの腕を掴めば、シックはそのままルタの左腕を引く。
シックはルタの左腕を引くと、そのまま手を手首へと滑らせる。
「正直、どこに嵌めりゃいいのか迷うけどさ。一応こうさせてくれ」
そしてシックは、ルタの左手の薬指へと指輪を嵌めてこう呟く。
「どっかの宗教じゃ左手の薬指に指輪を嵌めるのは、自身の心臓を留めるためだと言われてんだと」
「……プロポーズとかじゃなくて? なんで心臓なの?」
眉を顰めるルタに対し、シックは苦笑しながらルタへと説明していく。
「万が一、心臓が外に出たら大変だろ? だから留めるんだが、要は自分の命を握っていて欲しいってことじゃねぇの? 知らんけど」
「人に適当な話を吹き込むなよ」
そう言ってルタは口を尖らせ、シックは「確かに」苦笑を返した。
「まぁ、なんにせよ……だ」
そう呟くと、ルタの左手の甲を自身の口元へと持って行き、軽く自身の唇を押し当てる。
瞬間、シックの視線は惑う翠玉色の瞳へ向けられた。
「俺の命はお前のモンだ。しっかり手綱を握っておけよ?」
「——ッ、馬鹿!」
ルタはそのまま手を振り払って、ついでにシックの足に前蹴りを入れる。
おかげで体勢を崩すシックだが、ルタは顔を赤らめては足を押さえているシックを睥睨した。
「なに数日前に会ったばかりの小娘にこんなことしてんの!? 格好つけてるとしたら、本当にダサいし、口説いてるんならもっとダサいよ!?」
「いや、ルタさんや……。出会った初日にこう言っただろうが。俺を愛して殺すって。あの言葉は嘘か?」
「それは――……、ッ!?」
シックとルタの視線が再度混じ合った瞬間、ルタの背中に怖気が走る。
なにせ、シックの黒い瞳に今映っているのは、人の命を投げるような危うさだ。
今にも崖から身投げするような、後悔のなさが異様なまでに冷たい。
生などなく、ただ死を覗くだけの硝子玉を見た瞬間、ルタは息を呑む。
そして、ルタは確信した。最悪このままシックを放っておけば、勝手に心だけが死んでいくと。
肉体の消失は二の次だ。
今は心だけを殺して、ただの肉の器となる。いや、心を殺したら、彼は地獄へと還るのだ。
そして一生、地獄の底で『デーモン』として生きるであろう。
今度こそ人間に害など一切出さず、ただ独り冷たい世界で生き続ける。
そうしてやると告げる覚悟が、ルタの胸を突き刺した。
やめて欲しい。そうじゃないんだ、と。
自分はただ救いたかっただけ。地獄の底から彼を解放して、もう1度人間として生かしてやりたかっただけだ。
決して、本当に彼を――シック・ディスコードと言う人間を殺したい訳ではないのだから。
わぁ…下手なプロポーズだぁ……って、待ってシックさん! それじゃあルタが危ないよ!
…と思うかもしれませんが、皆様大丈夫です。シックは多少であれば罪業の操作が出来ますし、今はめっちゃ弱ってます。だからって無効化出来る訳じゃないんですけどね。
後、スイセン云々は滅茶苦茶ゴリ押しです。だってお守りでも指輪に古代文字とかそういうものを埋め込みたくなかったですし…なにより、このスイセンの部分は後程大事な伏線になるので…どうかお許しを……。




