憐れな魔王はまた大事な人を失う
列車の外ではシックと『義賊』の追っ手2名と、『カレンデュラ』5体による戦闘が行われていた。
「能力開放――“セタ・カウリオドゥース・ゲート・ハーデス”」
未だ頭から流れ続ける血をシックは利用し、それらを弾丸のように『義賊』の追っ手達と『カレンデュラ』達に飛ばす。
瞬間、『義賊』の追っ手の1人の頬にシックの血が付着し、追っ手である女は小さく悲鳴を上げた。
「あり? そのご様子だと、俺の殺しの手段はご存じ? 後、お前すっげぇ面倒くせぇ死に方してんな。最悪」
シックが今悲鳴を上げた女の死の運命を視た瞬間、さらに詠唱を追加する。
「“黄泉路はすぐそこだ”——“運命改変【現在ある死を却下。書き換え開始】”」
この女は後14年後に、『義賊』での任務中に爆発に巻き込まれた際、植物人間となることが確定していた。
しかもそれから2年は延命治療を行っていたため、死の運命は如何なる理由で死へ至らすか複雑化しかけていた。
ゆえに、シックは死の運命を捻じ曲げて、女が今頭を撃ち抜かれることで絶命するよう改変する。
結果、数秒も経たずに女の頭は撃ち抜かれて、そのまま彼女は死の淵に落ちていく。
「……さて。後は退路を切り開くだけだが、妙だな」
シックは一旦生き残った『義賊』の追っ手ではなく、『カレンデュラ』へ罪業が通るように攻撃を仕掛ける。
だが、明らかに『カレンデュラ』達の状態がおかしいとシックは察知する。
確かに回収された『カレンデュラ』の仮面を撒き餌にした場合でも、増援要請は可能だ。
ただ彼女らはヘレ・ソフィアの眷属なため、攻撃手段は五感ではなく、ヘレ・ソフィアが組み込んだ信号と攻撃パターンに頼っている。
だからこそ、このような利用のされ方が通じるのだが、問題はそこではない。
もし、この事態をヘレ・ソフィアが知ったらどうなるか。
普段人間に対して温厚な彼だが、自身の手足を勝手に弄る真似などしてしまえば当然怒るし、人間は近いうちに神からの罰を受けるだろう。
だが、その罰を今ここでしてしまえばどうだろう?
そんな可能性が脳裏を過った瞬間、シックはある気配を察知する。
気配がした先——頭上を見上げれば、そこには蒼い鎧を纏い、蒼い剣を腕と同化させた『カレンデュラ』の個体がいた。
そして、彼女がシックの頭上にて繰り出そうとしていた攻撃はこれだ。
「“神が下す罰は今ここ”——“刮目せよ”、“連鎖と血が繋ぐは人々を救世する光の道なり”」
「くそッ、ヘレ・ソフィアの“法”を継いだ特殊個体かよッ!」
今、蒼い鎧を纏った『カレンデュラ』が放った攻撃は、ヘレ・ソフィアの“法”だ。
普通の人間がこれを食らえば、超人強化措置を受けようが“法”の効力によって魂が焼かれる。つまり、直撃でもすればいくら『デーモン』と言え、弱体化は確定だ。
ただ予感ではあるが、ヘレ・ソフィア本人による“法”の発動ではないためか、攻撃範囲は大分限られているとシックは確信する。と言うよりも、この可能性に賭ける。
「だったらこちらも、相殺覚悟で行かせてもらうぜ」
そう宣戦布告し、シックは一瞬息と血を吐いた。
「“常夜に続く暗闇は、なにより悍ましく俺の意識を揺らしていく”」
詠唱が紡がれると同時に、地獄の底から漆黒い瘴気が一帯に満ちていく。
これこそ、人間を死に至らしめる芳香であり、死の運命を早める促進剤。
「“呪え、狂え、祟れと訴える声は、一体誰の声なのか”」
未だ理解しえないこの一節。
一体誰が自分を呪えと言い、狂えと囁き、祟れと怒るのか。しかし、そう告げる存在に薄々シックは勘づいていた。
「“俺こそが悪魔だと首を獲られた貴方が、俺に呪詛を与える”」
それら3つを唱えるのは、今や生きてなどいない断罪者。
しかし、彼の肉体はないと言えど、罪業を継承した時点で、シックの傍らには断罪者がいる。
昏い視界の奥にいつだって、彼は血まみれで横たわっているのだから。
「“ならば私はそれを頂戴しよう、それこそ我が終焉となるならば”」
仕方なく継いだこの罪業。
生き残るために、彼女を置いて逝かないために伸ばした全てこそ、シックにとっての終焉となった。
結果、彼は黄泉路を辿り、死を運び、死の淵から人を死に誘う者となる。
「“罪業こそ我が宿命”——“黄泉路を辿れ”」
彼こそ唯一無二の、憐れで目も当てられぬ魔王。
『デーモン』と恐れられた男の能力の10分の1が、今ここに顕現する。
「“死を宣告するはかつて救世主を討った魔王なり”」
魔王が地獄から喚んだ死を纏う瘴気は、神の使徒が放つ浄滅の光を相殺すべく働きかける。
本来、神の“法”は全てを浄滅するが、唯一罪業だけは神の“法”へと対抗出来る代物だ。
ゆえに泥で構成された肉体の一部を破裂させる程度で、神の“法”を殺すことは可能。
現に、蒼い鎧を纏った『カレンデュラ』は地獄の業火に焼かれて跡形もなく消えた。
「な……ッ、その姿は……ッ!」
男の目の前にいるのは黒い角を携えた人ではないなにか。
人の形こそしているものの、所々鳥やヤギの骨格と混ざったその様は、正に死者を黄泉に運ぶ存在そのもの。
仲間が殺されたがゆえ、残った5体の『カレンデュラ』は連携して『デーモン』を殲滅すべく動くが、今やもう遅い。
黒い衣装を纏った魔王は、青白い腕を伸ばす。
すると腕に浮き上がった血管が弾けて、そのまま血が数百の刃となって『カレンデュラ』に放たれる。
「まだだぞ」
白い唇が動いた瞬間、彼は背に生えた折れた羽を巨大化させて、そのまま羽で『カレンデュラ』達を薙ぎ払う。
今、『カレンデュラ』達は『デーモン』の羽にぶつかったが、その速度は時速200キロはゆうにある。
挙句には、肉片となった同胞が肉体を貫通して全身穴だらけにされた。
たった数秒で『カレンデュラ』6体は葬られ、『デーモン』の薄暗い瞳は唯一生き残った人間へと向けられる。
そして、『デーモン』が牙を見せて人間へ微笑んだ瞬間、彼は内側から弾けてそのまま地に崩れ落ちた。しかし。
「が……アァ…ががが……ッ!」
全身から軋むような痛みが生じて、『デーモン』は膝を折る。と同時に姿は『デーモン』としてのものではなく、シック・ディスコードとしてのものへと変わっていくが、彼は咥内から大量の血を吐き出す。
「づ―――ッ、やっぱこいつぁ痛いねぇ……。おーい、ルター! 全部終わったぞー!」
そう列車内に向けてシックは声を投げかけるが、一向にルタは姿を見せない。
一体何事かと体を引き摺って、再度列車の窓に戻ろうとした瞬間、横から回し蹴りが放たれる。
「な――ッ!?」
気配もなくこちらに寄って来た刺客に気づくと、シックはそのまま飛ばされると同時に刺客と距離を置く。
だが、シックの目の前に映ったのはルタを盾にした白衣の男の姿。
「ルタッ!」
「おっと。この子は無事ですよ、今はね」
そう白衣の男が言うと、ルタの首筋に再度注射針を刺そうとする。
「待て! そいつは俺とはなんら関係ないただの人間だ! お前ら『義賊』が殺してぇのは俺だろうが! 一般人に危害を加えるな!」
シックはそう制止すると、白衣の男は深く溜息を吐き「あのねぇ」と言葉を継ぐ。
「あなた、人類の敵なのでしょう? 死そのものなのでしょう? なのに、何故一般人なんて単語を使うんです?」
「は……?」
「あなたと言う死の前では、人間は等しく同じ個体なのです。そこに差別化をしてはいけませんよ? ……まぁ、人間を差別化する人間らしいところは興味が惹かれますが」
軽快に男が笑えば、シックは拳銃を抜いては白衣の男の手のひらを撃ち抜く。
無事、腕に銃弾は貫通して注射を打つことを防げたかと思うも、瞬間、ルタの全身が痙攣し出す。
「いいことを教えてあげましょう。『義賊』の人間は全員超人錬成……もとい強化措置を受けているのですが、強化措置の方法にも色々種類がありまして。中には私のように自身の細胞を利用して同じ力を付与する者もいます」
「まさか……」
男の言葉に、シックは今ルタの身に起こっている現象を理解する。
白衣の男は口元を三日月に歪め、声を震わせて哄笑した。
「そう! 他者を連鎖的に超人錬成させることも可能なのです! 案外心地いいものですよ? 自らの手で強い誰かを……『デーモン』に匹敵する駒を生み出すのはねぇッ!」
「て、めぇええええええ――—ッ!」
怒号と同時にシックの頭に血が昇った瞬間、彼の脳内である一言が想起される。
「ならさ、この後万が一なにか起こった際は周囲の人間は捨ててくれない?」
先程交わしたルタとの約束。
それを想起すると同時に、シックの中で昨晩誓った終焉への憧憬が腹奥から湧き上がってくる。
「てめぇ、はッ! 断罪してやるッ!」
再度罪業を展開し、地獄が顕現する刹那——。
ふと、シックの体温が下がっていく。同時に黄泉の底から擦り切れた声が聞こえてくる。
「お前、俺になんて言ったか覚えてるか?」
そう問いかけてくるのは、かつて自身が殺した断罪者。
そして彼は血に塗れた腕を伸ばして、シックの足首を掴んで、血眼でシックを見上げる。
「お前が正義だというのなら、俺は悪になるって。悪人であるお前が誰かを裁くのか? そうじゃないだろ?」
瞬間、断罪者の言葉に心臓の鼓動が速くなっていく。
咥内は水分を失うどころか、血の味さえ感じなくなり始める。
今も忘れられない『デーモン』としての宣誓と恐怖。それが闇の底から這いずり出て来た。
「約束なんて捨てろ。お前は、人じゃないから」
「あ……ああぁ……ッ」
そう、自分は人ではない。
自分こそ死そのもの。死と言う事象。形なき魔王。
「それに力を手にしちゃうとこうも思うんだよな、周囲にいる全員が雑魚みたいだって。嫌になるよな」
最後、断罪者ではなくラインバレル・ルテーシアが残した言葉をきっかけにシックは狂笑を響かせる。
そして列車内が、この世界が魔王の狂笑を耳にした瞬間、彼の半径15キロ以内にいる人間達は死を纏う瘴気に呑まれていく。
当然、ルタとルタを変えた白衣の男も死の運命を速められて地獄の底へ墜とされる訳だが、その事実に気づいたのは、罪業を展開させて10秒経った後だった。
「あれ……?」
シックは身を震わせながら、窓から列車へと乗り込み、列車内の状況を確認する。
すると、そこには死屍累々と死体の山が積み上がっていた。
その無惨な光景に、思わずシックは足を折る。
「嘘だろ……ッ!? そうじゃないだろ!? 俺は人間だ! ただの人間なんだよッ! 自分勝手なクソ野郎だ! 彼女を悲しめた重罪人だッ! 決して『デーモン』なんて存在じゃあないんだよぉおお―――ッ!」
そう自身を否定するも、本当は自覚している。
自分は人間ではない。自分こそ死を操る魔王。そしてなにより、魔王なんて無敵な存在でありながら酷く弱い。
中途半端に人の心を捨てられず、人でありたいと縋ってしまった愚者。
その選択はあのときに捨てたはずなのに、まだ自分はこの世界で生きたいと思う。
彼女——ルタに、殺されたいと思ってしまう。
けれども、ルタは魔王への勝利という軌跡を求めた存在によって人間ではないなにかにされてしまった。
愚かな、自分のせいで。
1000年前のように、彼女を1人置き去りにしたときのように。
「リシェ……。ルタ……」
シックにとって大事な2人の女性。
しかし、彼女らの名を呼んでも返事はない。いや、そもそも1人は今さっきこの手で殺してしまったじゃないか。
「ルタ……? ルタッ!」
急いで、シックはルタの元へと駆け付ける。
今ならまだ間に合う。彼女を冥府から連れ出せる。
そんな僅かな奇跡に全てをかけて、再度線路へと出た。
しかし、そこにルタはいない。
「ルタ……」
今のシックは『デーモン』の瘴気を浴びたことで、人間がどうなるかと言う可能性が頭から抜け落ちている。
その可能性に気づいたのは、ルタの姿を探し続けて2分経った後。
あんな間近で自身の瘴気を浴びてしまえば、肉体が持つわけがない。
現に超人錬成としての処置が施された『義賊』達の死体も溶けて、泥と化している。つまり、既にルタは。
「シック」
死んでしまった。シックが絶望の底に堕とされた刹那、聞き覚えのある声に思わずシックは振り返る。
「ルタ!」
そこにいたのは、本来なら死んでいてもおかしくない彼女。
だが、ルタは肉体が融解するどころか、特に外傷もない。
その喜びに思わずシックはルタを抱き寄せるが、ルタの呼吸は浅い。刹那、そういえばルタはあの白衣の男になにをされたかを思い出す。
『義賊』が施す超人錬成とは、単に人間としての底力を上げる程度のもの。
速さや動体視力、さらには身のこなしなど人間よりも圧倒的に優れているが、人間との違いはそれだけではない。
『義賊』の超人錬成を受けた者は、代償を支払う。その代償とは自身の寿命を削ることだ。
力を得るためならば相応の対価。だが、たかが身体能力の底上げで寿命は半分以上削られるのだ。
挙句、肉体は施術を受けた時点で体内で細胞の自壊が始まっていく。つまり、ルタは死の運命を速められてしまったのだ。
現にシックが自身の目でルタの死の運命を覗き込めば、そこには『祭壇』にて力尽きるルタの姿があった。
「ルタ……お前、は……もう……ッ」
精々、彼女の命は後2週間程持てばいいぐらいだと死がシックへと囁く。
まだ生きるはずだった彼女が、2週間には息が絶えてしまう。そんな非情な運命にシックは喉が裂ける程に泣き叫ぶ。
気付けば地面に倒れていたルタの身体を抱き上げて、ただみっともなくシックは涙を零し続ける。
ああ、なにが『デーモン』だ。
また自分は大切な人を守れず、独りこの世界に取り残されるのか。
自身にとっての都合と、中途半端な人間が持ち合わせる罪の意識が混ざり、魔王は徐々に狂っていく。
これこそ先日の件を踏まえ、『義賊』の上層部が立てた『魔王討伐』の第一候補だ。
今まで敗北し続けた人類達が僅かな勝利のピースをかき集め、抗った結果がこれである。
人間の戦う意味と抵抗すると言う意志表示。なによりも、強者がゆえに見下していた人間達の叡智に魔王の心は壊されていく。
シックが活き活きしてると思ったら、即座にヒロイン消失のルートが差し込まれるだと……!? はい。タイトルにもありますよね、彼は憐れな魔王です。無敵の存在じゃないんです。
にしても、前作の主人公のラインバレル君が一瞬出てきましたが、断罪者になって結構性格ねじ曲がってますね、この子。
にしても『魔王討伐』の策がえげつないな~~…魔王は無理だから大事なツレを狙えなどと……。常套手段ですね、はい。
これで第4話は終了になり、いよいよ5話にてラブストーリーは突然に……。
今回はシックの詠唱がフルで出たので、その解説と能力も活動報告で解説しています。
能力解説はこちらから読めます↓
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