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第二十九話:兄貴の意見

 結局、三時間そのマンションで雨が上がるのを待つことになった。

 その間、ずっと会話無し。

 なんだか居たたまれないことになってしまった。

 正直、こっちまで落ち込む。

 マンションの管理人さんがまたやって来た。


「えーと、いつまでここに座っているつもりですか」


 すると、高橋さんが頭を下げる。


「申し訳ありませんでした。あの、体調がすっかり良くなったので帰ります。本当にご迷惑をおかけしてすみませんでした」


 俺も管理人さんに頭を下げて、マンションの外に出る。

 まだ小雨だが降っている。

 で、高橋さんなんだが、まだ調子が悪そうだ。


「高橋さん、体調良くなってないんじゃないですか」

「……うん、けど、あの管理人さんが他の住民さんたちに怒られてしまうとまずいと思って……」


 また他人に配慮してるなあ。

 もう少しわがままでもいいと思うんだけどなあ。


「タクシーで帰りますか」

「はい……」


 高橋さんの自宅までタクシーで帰った。

 もう、午後四時を過ぎてしまった。

 地下鉄で往復四分の区間を六時間も費やしてしまった。


 なんかお腹減ったなあ。

 昼食無しだもんなあ。

 

 さて、タクシーですぐに到着したのだが、高橋さんがまた口をおさえてアパートの部屋の中に入って、今度は洗面台に吐いてしまった。

 食事してないのでほとんど吐しゃ物は出なかったが。


「あの、横になったほうがいいのでは」

「はい……」


 高橋さんをベッドで横にして、俺は洗面台を掃除。

 高橋さんは、またもや薬を追加。

 ボロボロになってきたぞ、我が女神様は。


「洗面台掃除してくれてありがとう。あと、今日はなんだかつまらないことになってごめんなさい」

「いえ、あの、いつでも言ってください。訓練につきあいますよ」

「ありがとう」


 弱々しい笑顔の高橋さん。

 ああ、本当に痛々しい。


 そうだ、高橋さんの本棚にたくさんメンタルヘルスの本があったな。

 本人はこの手の本を読んでなんとか病気を治そうとしたんだろうな。

 それを彼女から借りて、我がバブル親父に見せてやろう。

 これで高橋さんや兄貴がどれくらいつらい思いをしてるのかわからせてやる。


「この本、借りていいですか。メンタルヘルスについて勉強したいんですよ」

「どうぞ、どうぞ、おかまいなく。好きなだけ持って行って」


 少し嬉しそうな高橋さん。

 この病気は他人には理解されないことが多いから、元気な人は全然興味を持たないんだよなあ。

 感心を持ってもらえるだけで嬉しいのかもしれん。

 だいぶ薬を飲んだので高橋さんも眠そうだ。


「あの、今日はお一人で家にいても大丈夫ですよね」

「うん、大丈夫……」

「じゃあ、俺は自宅に帰りますので、あの、なにかあったら連絡ください。すぐに駆けつけます」


 今日は高橋さんをそのままベッドで寝かして、俺は自宅に帰ることにした。


 家に帰る途中、考える。

 実際のところ、俺も仕事でぐったりしている。

 さっきは偉そうなこと言って、見捨てたりはしませんとか言ってた俺。

 しかし、俺には支えきれないかもしれない。

 共倒れになりそうだ。

 神聖変態帝国皇帝の座もどなたかに譲ることになるかもしれん。


 従妹のお姉さんは悲惨な結果になった。

 しかし、高橋さんには幸せになってもらいたいんだよなあ。

 それには俺は力不足のような気がする。


 だいたい俺にはもったいないほどの美人なんだけどなあ。

 彼女を誰にも渡したくない。

 もう一億年抱きしめていたい。

 離したくない。


 けど、こんな似合わない二人もいないとも思う。

 地下鉄の駅で想像した練炭自殺を思い出す。

 なんだか本当にそうなりそうだ。


 高橋さんの本当の幸せを考えるなら、キモオタの俺は身を引いてもっとハイスペックな男性が彼女の世話をしてやるのもいいのではと思い始めた。

 それも神聖変態帝国皇帝のけじめではなかろうか。


 何度も考えるが高橋さん本人もヤケクソ状態なんじゃないのか、実際のところ。

 こんなキモオタに身をまかせるなんて。

 もっとまともな男の人の方がいいのではないか。

 ちょっと、高橋さんと同じような病気を患っている兄貴の意見を聞いてみるか。


 家に帰ると、兄貴は相変わらず長椅子でぐったりと寝ている。

 こちらも、依然として痛々しい。

 飯を食った後、兄貴に声をかけた。


「あの、兄貴、ちょっと相談があるんだ。今、いいかなあ。調子悪ければ後でいいけど」

「いや、大丈夫だよ」


 ぐったりとしていたが、なんとか起き上がって、俺の部屋に来てもらう。

 ボーッとした表情で椅子に座る兄貴に俺は話しかけた。


「彼女のことなんだけどさあ。何か自信が無くなって来た。それに、俺には似合わないんじゃないかって。もっとしっかりした男と付き合ったほうがいいとも思えてきた。俺は身を引いてさ。それが彼女の幸せになるんではないかと思うようになってきたんだよ。俺も彼女が本当に幸せになってもらいたいんだよ。それで兄貴の会社って大企業じゃん。ハイスペックで若い独身男性でいい人知らないかなあ」


 俺の話を聞いていた兄貴が黙り込む。

 ん? なんだか怒っているような雰囲気が。

 しばらくして口を開いた。


「お前や家族に迷惑かけている俺が言うのはおこがましいと思うが、あえて言わせてもらうよ」


 なんかすげー顔が怖い。

 病気になる前はいつも朗らかな兄貴だった。

 そして、うつ病を患った後はボーッとした表情になってしまった。


 しかし、今、すげー怖い顔をしている。

 こんな怖い顔したのを見るのは始めてじゃないだろうか。

 きょどりまくる俺。


「お前、逃げるつもりかよ! この前、彼女の事を一生支えるって言ってただろが!」

「え、いや、そんな逃げるとかじゃなくて、その、俺には資格がないというか、俺なんかと付き合うにはもったいない女性って言うか。本当に真面目で優しい人なんだよ」

「あのさあ、お前が彼女の病気を知らなかったならまだ少しは許せるが、けど、お前は彼女が精神病であることを知っていて付き合っていたんだよな。で、構うのが面倒になったからって、今さらポイ捨てかよ!」


 精神病であることを知っていたが、付き合っていたというか、なんというかなし崩し的にそうなったというか、自分でもわからん。「朝まで抱きしめて」とは言われたが、そもそも、告白なんてしてないじゃないか。「あなたが好き」とも「君のことを愛してる」ともお互い言ってないぞ。俺としては宇宙の中心で愛を叫びたいほど好きなんだが、いまだに言ってない。

 なぜだろう。

 結局、俺も自信の無い男なのか。


 それにしても、ポイ捨てってそんな事する気、全然ないんだけどなあ。

 そもそも俺の方が粗大ゴミみたいな人間だ。

 高橋さんが病気治ったら、ポイ捨てになるのって俺のほうじゃね。


「もう、彼女はお前無しでは生きられないんだよ。お前には責任を取る必要があるんだ。絶対に彼女を守ってやれ」

「けど、はっきり言って俺ダメ人間のキモオタだよ」

「だったら、まともな人間になれよ。もっと自分に自信を持て。もし、お前が逃げたら、彼女が許しても、俺は絶対に許さんからなあ」


 俺の事を睨みつける兄貴。

 兄貴にこんな怖い顔で睨まれたのって、人生初めてじゃないか。


「そ、そんな怖い顔しないでよ」

「それに、ちゃんと就職もしたし、お前は全然ダメ人間でもキモオタでもないぞ。だいたい外見だって普通じゃないか。とにかく彼女を守れ。一生な。それがお前の義務だよ」 


 いや、脚フェチの変態なんですけど、俺って。

 兄貴はそれを知らないんだよなあ。

 そして、ちょっと黙り込む兄貴。


「……まあ、厳しいこと言ってすまん。こんなことを言う資格は俺にはないよな」

「そんな、謝る必要はないよ」

「ただ、とにかく彼女を大切にしてやってくれよ。彼女の幸せを願っているなら、お前が幸せにしてやれ。これは彼女と同じような病気の俺の願いでもあるんだ」

「……うん、わかったよ」


 うーん、兄貴に厳しく言われてしまった。

 俺は逃げようとしていたのか。


 ダメ人間とかキモオタとか言って自虐的になっていたが、実は深層意識では、『西巣鴨と巣鴨の一区間往復に六時間もかかるあんな面倒なメンヘラ女なんてさっさと捨てちゃえよ! もう三回やっちゃったからいいだろ』とか思っていたのだろうか。

 うーん、フロイトさん、分析してくれ。


 俺は単に面倒になって、精神を患っている高橋さんから逃走を企てていたのか。

 本当に最低最悪の男だな、反省! 

 確かに今逃げ出したら、高橋さんの身体をもてあそんだあげくひどい言葉を言ってポイ捨てした三友商事のセクハラ上司と変わらないぞ。


 よし、こうなったら高橋さんを絶対守るぞ!

 守ってあげなくてはいけない! なんて言うとフェミニスト団体の方々が女の自立の邪魔すんなって怒られそうだ。

 しかし、高橋さんの場合、やはり守ってやらないといけないと思うんだな。

 彼女、気が弱すぎますよ、ホントのところ。


 古い名言を思い出した。


『男は強くなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない』


 俺も高橋さんに優しくしなければ生きていく資格がないんだ。

 うむ、しかし、俺は変態だ。


『変態は強くなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない』


 ちょっと違うな。

 残念ながら俺は強くないんだよなあ。


『変態で弱いけど、優しくしますので生きていてもいいですか』

 これで勘弁してくれ。


 そんなところへ、我がバブル親父が帰宅。

 高橋さんに借りたメンタルヘルスの本を読ませるとするか。


 酒臭いぞ、バブル親父。

 加齢臭たっぷりの背広を着替えているバブル親父に声をかける。


「親父、読んでもらいたい本があるんだけど」

「なんの本だよ」

「メンタルヘルスの本だよ。兄貴がいかに大変かってことをわかってほしいと思ってね」


 そして、高橋さんのこともわかってほしい。


 しかし、俺が手渡した本をいきなり床に投げ捨てるバブル親父。


「お、おい、何すんだよ!」

「読まねーよ、そんな本。つーか、とっくの昔に読んでるよ、内容は全部ゴミだ」

「な、なんだと。おい、親父。兄貴のことが心配じゃねーのかよ」

「心配だよ。けど、そんな本いくら読んでも無駄だよ」

「なんで無駄なんだよ」


「人の心なんて、他の人にはわからねーからだよ。あと、脳の仕組みもおおまかにしかわかってないのに。だから、そんな本読んだところで意味なし! 精神科医が適当な御託を並べているだけ。結局、人生は本人の気合と根性が決めるんだよ」

「ふざけんな! このバブル親父! いい加減にしろ、今は昭和じゃねーよ、平成を飛び越して令和だぞ。なに考えてんだ!」


「うるさいぞ。実際、うつ病の人とかって、どんどん増えていくばかりじゃないか。昭和の頃はもっと少なかったぞ。結局、本人次第なんだ。やはり気合と根性しかない! 精神科医なんて全然役に立ってないんだよ。ただ薬出すだけだろ。しかも患者を精神薬に依存させてどんどん悪い方向へ向かわせている。金儲けのため一生飲ませるつもりなんだぞ。そんな連中が書いた本なんて焼き捨てるのが一番だ。何の役にも立たないぞ」

「本を焼き捨てろって、お前は始皇帝かよ、それともゲッベルスかよ。このバブル親父!」

「親に向かってお前とはなんだ! だいたい、精神薬なんてどんどん生産量が増えているみたいだぞ。そして、患者もどんどん増えていく。製薬会社が金儲けしたいだけだぞ。ある抗うつ薬なんて治験の段階で自殺者が続出したのにごまかして発売したって話もある。薬飲んで身体がだるくなって、家に引きこもってなおさら悪くなる。で、ますます薬を飲まざるを得なくなる。それを狙ってんだよ製薬会社は。精神科医とつるんでな。薬なんて必要無し。百害あって一利なし。滝にうたれた方がよっぽど効果があるんじゃないのか。実際、俺は会社の地獄の新人研修で滝にうたれたことがある。すごく冷たかったけどな。つらかったぞ。けど、気合と根性を出して我慢したら、実にさわやかな気分になった。薬なんかよりよっぽど効果があるんじゃないか。やはり、この世は気合と根性だ! そう俺は確信したよ」


「精神科医のお医者さんだって真面目にやってんだよ。うまくいかないときもあるだけだ」

「違うって言ってんだろ。患者を薬漬けにして儲けてるだけだよ、連中は。特に日本は最悪だ。海外では最長でも四か月しか処方しない精神安定剤を何十年も患者に飲ませて平然としてやがる。日本の精神科医は最低最悪の凶悪な殺人集団だな。あいつらサイコパスだろ」

「おいおい、なに言ってんだよ、バブル親父! なんだ、その偏見は。薬で治った人もいるぞ」


「それは治ってないぞ。そもそも精神薬を飲んで治った人は人類史上ただの一人もいない」

「なに考えてんだ、どういう意味だよ」

「治ったとみせかけてるだけだ。薬なんていくら飲んでもだめだよ。効果はあるんだよ。俺も知ってるよ。けど、治らないんだ。効果はあっても切れたら終わり。しょうがないから増やす。また効かなくなる。ますます増やす。ますます効かなくなる。その繰り返しだ。最後には効果がなくなって、自殺。その裏で精神科医の連中はほくそ笑んでんだよ。またバカが死んだってな。お金吸い取ったら弱い奴はさっさと死ねって思ってんだよ。キチガイ集団だな。ナチスと同じだ。実際、ナチスの時代、精神科医が患者を殺しまくってたもんなあ。おまけに戦後も医学会で活躍。最低な連中だ。人間の屑だな。まあ、精神薬なんて麻薬と一緒だな。合法なだけに覚せい剤やヘロインよりさらに酷い。要するに薬では治らないんだよ。それがわかってないんだ、あのバカ精神科医たちは。いや、実は知ってる奴もいる。それでも薬を投与するというシリアルキラーだよ、日本の精神科医は。漫然と薬を出して依存症を増やして自殺者増やしてんだ、あのアホタレどもが」


「おい、バカ親父。治らないなんて大声で言うな、兄貴に聞こえたらどうすんだよ」

「だから、薬じゃなくて気合と根性で治せって言ってんだ! 甘えんじゃねーよ! 治った人もいることは知っている。しかし、それはその人が気合と根性で治したんだ。最初から薬なんて飲む必要は一切なかったんだよ。むしろ精神薬を飲んだせいで治るのが遅れたわけだ。とにかく、気合と根性。これが全てを解決するんだ。薬では絶対治らない。何度も言うが百害あって一利なし。治りたかったら薬なんて一錠も飲むな! お前も仕事でつらくなっても、一切、精神科医に近づくな。あいつらは地獄から来た醜悪なモンスターだ。ゴキブリみたいな連中だ。精神科医の治療なんぞ受けるより、荒川岸にでも行って太陽の光を浴びながら昼寝したほうが百億倍効果がある。元気の奴も医者なんかに行かず、最初に俺に相談してくれればよかったんだ。そしたら、気合と根性で即効で治ったんだ」


「ふざけんな、本人の苦労も知れ、バブル親父! そもそも、誰が薬で治らないなんて言ってんだよ」

「俺が言ってんだよ」

「な、なに言ってんだ。いい加減にしろ、バブル親父! 一生懸命頑張っている医者に失礼だろ」


「頑張ってない。だいたい精神科医なんて、部屋ひとつあれば開業できるんだよ。歯医者とかは治療器具とか初期費用にすごいお金がかかるけどな。それで苦労するわけだ。なかなか儲からないらしい。それにくらべて精神科医なんて、備品は机と椅子だけ。治療は適当に患者と下らないことを喋って処方箋だして終わり。あとは鼻くそほじくってるだけだ。費用なんて全然かからない。大儲けだ。あいつら詐欺師だろ。こんな楽な商売はない。誰にでも出来る。馬鹿でも出来る。子供でも出来る。猿でも出来る。カピバラでも出来る。ヌートリアでも出来る。俺にも出来るぞ」

「はあ? わけのわからないこと言うな。あんたに出来るわけないだろ。医者の免許なんて持ってないだろ、このクソバブル親父が!」

「出来るよ」


「どうやって患者を治療すんだよ」

「もちろん、道場作って気合と根性に決まってんだろ、それだけあれば何でも出来る!」

「何考えてんだよ。もう、今すぐ南米のブラジルに行ってイグアスの滝にうたれてこい。ついでにピラニアかアナコンダに食われて死んでしまえ!」

「親に向かって死ねとはなんて奴だ、このマヌケ!」

「マヌケはお前だ、このクソバブル親父!」


 ついにバブル親父と殴り合い寸前まで行った。

 母親にとめられた。


 もう話にならん。

 だめだ、こりゃ。


 いまどき、気合と根性で何でも出来るとか、滝にうたれろとか昭和生まれは狂ってる。

 昭和の頃は真夏に運動する時も水を飲むのは厳禁だったらしい。

 成長期に水分を取らなかったので頭がおかしくなったんじゃないのか、このバブル親父は。

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