奥の小部屋
「いち」と「ふた」、そして「みつ」や「よつ」を始めとした、この屋敷で働く者たち。彼らは、一種の精霊である。鈴鹿山や付近の山で自然に発生した者や、この屋敷で生まれた者など様々であるが、全員が鈴鹿と小鈴を慕い、この屋敷で共に暮らしている。姿が似ているのは、場所の影響なのか、主の影響なのか、それはわからない。ただ、性格までが同じというわけではなく、ちゃんとした自我も持っていた。
そんな彼らのことを、鈴鹿や小鈴は総称して『小鬼』と呼んでいた。
屋敷の奥、皆の寝室から少し離れた位置に、小鈴と「みつ」が目指す部屋はあった。
そこは、玄関から最も離れた位置にある、表からは見ることのできない部屋だ。隔離というほどではないが、他の部屋からは少し距離の置かれた位置にある。多少うるさくしても問題がないような、そんな部屋だった。
二人は、その部屋の前に立っていた。閉じられた障子の向こうから、今の時代にはあまり聞かないような、少し安っぽい感じの電子音が聞こえてきている。
間違いない。鈴鹿は、ここにいる。
そう確信した二人は、静かに少しだけ障子を開け、中を覗いた。
そこには、一人の女性がいた。テレビを前に座り、画面に集中している。
鈴鹿だ。
鈴鹿御前といえば、鬼の首領から言い寄られたり、田村将軍が帝の命を破ってまで契りを交わしたりするほどの美しき女性と言われる。確かに、部屋の中にいる女性は、後ろ姿からでも品の良さを感じることはできる。しかし、寝起きなのか何なのか、髪が遊んでいて、あまり美しくは見えない。
その姿を確認した小鈴は、何を思ったか勢いよく障子を開けた。スパーンという小気味よい音が、部屋に響く。
その音に、鈴鹿はびくりと体を震わせ、振り向いた。そして、そこに立っていた小鈴と「みつ」の姿を見ると、安堵の吐息をもらす。
「何だ、もう。びっくりさせないでよぅ」
口を尖がらせて、鈴鹿が言った。
その子どものような姿に、小鈴から語気を強めた朝の挨拶が送られる。
「お、は、よ、う、ございます。鈴鹿様」
「うん、おはよう。……、おはよう?」
反射的に挨拶を返した鈴鹿だが、恐る恐る外の様子を窺う。その視線の先に、朝日を受けて生き生きと茂る濃い緑を見ると、途端に、その体をぷるぷると震わせ始めた。
「徹夜、されましたね?」
小鈴の声が冷たい。いつの間にか、鈴鹿は正座をし、背筋を伸ばして緊張していた。
「き、昨日。懐かしいゲームを見つけて。面白かったから、つい――」
「今日から明後日まで、ゲーム禁止ですッ!」
「しょんなっ!?」
ショックに言葉を噛む鈴鹿だが、そんなことには構わず、小鈴に取りすがる。
「せ、せめて明日まで」
「駄目ですッ」
「じゃあ、一日30分だけでも」
「駄目なものは、駄目です」
「ケチーッ!」
「ケチで結構」
「オニッ! アクマッ!」
「何と言われようが、駄目です」
その時だった。「配膳始めまーす」と言う声が、屋敷中に響いた。
「ほら、朝ご飯ですよ。セーブするならさっさとして。顔洗って、着替えて来てくださいよ」
そう言い残すと、小鈴は朝食の準備へと戻っていった。
あとには鈴鹿と、それに「みつ」が残っていた。うなだれたまま片付けをしている鈴鹿に、みつが優しく声を掛ける。
「鈴鹿様。それが終わったら、顔を洗いに行きましょう」
そう言って、みつは片付けを手伝い始める。
「一週間ゲーム禁止になるよりは、よかったじゃないですか」
「うん……。みつは優しいね」
「いえいえ、私なんか。小鈴様の方が、ずっとお優しいですよ」
「うん……。知ってる」
片付けを終え、鈴鹿はゆっくりと立ち上がる。
「何で、徹夜なんてしたんですか」
「気付いたら、朝になってたの」
「ああ……」
二人は廊下に出ると、洗面所へと歩いていった。