01
アレな思想を持った転生ヒロインです。
「わたし転生したんだ……」
生まれた頃からの違和感。
初めて見る物事に既視感があった。
その既視感の理由が今、ようやくわかった。
しがない男爵家の三女として生まれたわたしニーナ・サントス。十六の年、良縁を求めてクーリユ公爵家で侍女として働きはじめた。
それは唐突に、雷に打たれたかのように体は震え、頭の中にかかっていた靄は晴れ上がった。
すべてを思い出せた。
前世はニホンという国で学生だったこと。
「そしてこの世界は」
そしてここはその前世で読んだことのある小説の世界だ。
異世界転生きたー! いや死んだのは悲しいけれど、起こってしまったことはしかたがない。たしかにわたしも読んでいた時はモヤッたけれど、実際経験すると意外と切り替えられる。
これはいわゆるモブキャラ転生ってやつ。
せっかくの二回目の人生、楽しまなくては損でしょ。
「どうしたの? ニーナ」
突然固まったわたしを不思議そうに見つめている美少女。
ゆるくウェーブのかかった金色の髪。その下の少し垂れた瞳は見る人を安心させる。
まだわたしの半分ほどの年齢。幼いこの家の令嬢はまるで前世で欲したビスクドールのようだ。
彼女は私が働くこの公爵家のご令嬢。
名前はレア・クーリユさま。
来年にはこの国の第二王子との婚約が決まり、さらには国教である星光神教の定める聖人指定を受ける。まさしく人生の成功者。
しかし貴族学院に入学後、そのすべてをしがない平民出身の少女に奪われてしまう。
理由はまぁ自業自得なのだけれど。
なんでそんなことをわたしが知っているのか。
それはレアが小説の主要登場人物だからだ。
序盤から中盤にかけてのざまぁ対象。
要するに悪役キャラクターだ。主人公に嫉妬して妨害してくる敵役。
「どうしたのですか? ニーナ。そんなに見つめて。私どこかおかしいかしら?」
けれど性格違くない?
きょとんとした顔でこちらを見上げる天使のような幼女。
小説に出ていた挿絵のレアとは大分違う。
いやいや、『今は』そうなのかもしれない。
けれど恋は人を狂わすもの。
小説での彼女は確かに主人公と王子の仲が深まっていく過程で狂気を増していった。
「ちょっとニーナ?」
その狂気は行き過ぎて、この国全体を混乱に陥れる。もちろんクーリユ公爵家は取り潰しになった。
あれ、それって私も巻き込まれる?
ようやく見つけた仕事なのに!
なんとしても回避しなければ。
「レアお嬢様っ!」
「は、はい」
「わたし頑張りますっ‼」
「え、ええ」
なんとしてもお嬢様を悪役令嬢にはしない、と心に強く誓った。
まずはできることから、わたしはお嬢様のお付きに立候補した。
「えっ、ニーナ。本当にお嬢様付きの侍女に立候補したの?」
「うん、したよ」
夜、部屋で寝支度をしていると、仲良くしている侍女が驚いた様子で詰め寄ってきた。
「考え直した方がいいって」
「え?」
「あんたは新人だから知らないだろうけれど。レアお嬢様は見た目こそ可愛らしい方だけれど」
言いづらそうに言い淀んでいたが、要するにレアお嬢様は癇癪持ちらしく、謂れのない理由で叱責が飛ぶのだそう。
「確かに、先月高熱を出して以来大人しいみたいだけれど。そんなの病み上がりだからなだけで、すぐにいつも通りの我儘お嬢様になるわ」
「そう……なんだ」
「先輩たちもあんたがいつ辞めさせられるのか賭けをはじめていたわよ」
「ニーナありがとう」
そんなこんなでレアお嬢様の身の回りの世話をし始め数日が経ち。
ふわりと微笑むレアお嬢様のお顔に思わず見惚れてしまう。
まだ幼いながらにお嬢様は身の回りのことはほとんどご自分でなさってしまう。と言っても幼子であればできないことも多い。
そんなお嬢様にわたしが手をお貸しすれば、このように天使のほほ笑みが報酬として手にはいるのだ。
「いやいや、やっぱり変じゃない?」
この日もレアお嬢様の微笑みに癒されていたが、顔を振って正気に戻る。
おかしい。
噂に聞くお嬢様と、前世の記憶にあるゲームの中のお嬢様。それらと目の前のお嬢様は全く違う。
これはもしかして?
もしかするのかしら?
悪役令嬢が悪役していない、ときたら展開はひとつ。
そんなの何百作品ものネット小説を読みふけっていたわたしにはわかってしまう。
お嬢様も転生者なのではないか?
こんなのド定番だ。
本来悪役令嬢の筈のお嬢様の中には、わたしと同じ転生者の魂が入っているんだ。
そういう展開。えぇ、えぇ、知っていますとも。
悪役令嬢が主人公のパターンね。
「だけどどうやって確かめればいいのかしら」
ニホン語だ!
「だいたい転生者はニホン人って決まってるのよ。そもそもあの小説だってニホンで出版されていたものだし」
私は若干薄れがかかった記憶の中からニホン語を引っ張り出す。
メモ紙にたどたどしい文字を書き連ねる。
『わたしはにほんじんです』
この紙をお嬢様にお見せすればいいのだ。
「あらニーナ、その紙は何かしら?」
どうお見せすればいいか考えていたら、レアお嬢様の方から私の手元を覗き込んでくる。
なんというご都合展開っ!
「えっ?」
お嬢様の目が驚きに見開く。さぁ、どう出るのか。
「あなた……」
ごくり、と唾を飲み込む。
「字下手ね」
「いやいや、そうじゃないでしょ! お嬢様!」
慌てるわたしを見てお嬢様はくすり、と笑った。
「ごめんなさい。ふふっ、ニホン語ね。久しぶりに見たわ」
「や、やっぱり」
お嬢様は感慨深げにわたしの書いた文字を指でなぞる。
「ニーナはどうしてこの文字を知っているの?」
「わたしもお嬢様と同じ元ニホン人なんですっ!」
お嬢様も元ニホン人の転生者だった。
そうとわかれば話は早い!
「ニーナは元々女子大生だったのね」
「はい。と言ってもそんなすごいところではなくて、看護系の大学で。って人を助ける前に、ですね」
言葉を濁すとお嬢様は、ごめんなさい、と謝った。
「そうね。ここにいるということはそういうことよね」
「いえ、気にしないでください」
お嬢様の小さな手がわたしの頭を撫でる。
「幼女に慰められてしまいました」
「ふふっ、前世の年齢だけで言えば私の方がお姉さんですからね」
お嬢様は前世では二十七歳だったらしい。
「本来の私は我儘で嫉妬深く、平民の少女を憎んで身を滅ぼすのね」
「はい。それが物語の序盤から中盤にかけての展開ですね」
前世ではあまりこういった物語に触れていなかったらしく、この世界が物語の世界だとわたしが説明すると驚いていた。
全体のシナリオを簡単に説明すると、お嬢様は物憂げな表情になる。
「ですけれど、お嬢様は小説で描かれる悪役には思えません」
「そう思ってくれるなら嬉しいのですが」
「なにか心配で?」
「記憶が戻る前の私は確かにそのストーリー通りでした。それにこれからその本編のストーリーが始まった時、私の行動に関係なくその物語通りの出来事が起きるかもしれません」
「そんなこと」
ありえないことではない。
こういう悪役令嬢転生系でよくある奴。わたし知っていますよ。
「往々にして過程よりも結果こそが重要なものです」
「お嬢様が悪役令嬢にならなくても、周囲が結果としてお嬢様を悪役令嬢にしてしまう、と?」
「はい。クーリユ公爵家は国内でも確固たる権力を持っています。その分反感を持っている勢力も多い」
「その人々がお嬢様を陥れようとすると」
「そうですね。小説とは違いますが、歴史というのはそういうものでしょう。結果だけが後の世に残り、そこまでの過程は勝ち残った者が都合よく書き換える」
淡々と語るお嬢様から常にない冷たいものを感じた。
「お、お嬢様?」
思わず声をかけると、お嬢様はいつもの微笑みを浮かべる。
「えぇ、大丈夫ですよ」
「は、はい」
「ところで、先ほどの説明にあった星光神教の聖人というのはなんでしょうか?」
「要するに聖女要素ってやつですね」
「聖女……要素?」
「こういう物語によくある設定です」
「なるほど、権力や容姿というのは持って生まれたものだから読者が感情移入しにくい、なので精神性や天性として得られる聖女という称号が必要なんですね。それが主人公に感情移入している読者の優越感を満足させ、さらに主人公が物語内での唯一性を確固たるものにする要素ということね」
「そ、そうですね」
なんか胸が痛い。でもいいじゃないですか聖女。わたしだってなれるなら聖女になりたい!
「話が早くて助かります。お嬢様はその聖女、この世界では聖人ですね。それに選ばれます」
「でも、シナリオを聞く限りレアという少女は聖人とは程遠いし、そもそもレアは主人公じゃないわよね」
「はい。星光神教はすでに本来の教義を失って私利私欲を満たす俗物司祭たちの金儲けの道具になっています」
「まぁ」
「ですのでレアが聖人に選ばれたのもその公爵家の権力を利用するためで」
「公爵家としても聖人という箔は役に立つと」
「その通りです。しかしですね。女神の加護というのは本当にあって、主人公は女神に選ばれた真の聖人だったんです。その主人公の活躍により腐敗した教団上層部は一掃され、星光神教は生まれ変わります」
「なるほど」
わたしの説明を聞いてお嬢様は何か思うことがあるのか、目を伏せて物思いにふける。
待つこと少し、お嬢様は顔をあげた。
「ふふっ、前世の記憶がよみがえった時は戸惑ったのですが、ニーナのお話を聞いて嬉しくなりました。この世界なら私の願いが叶うかもしれません」
「お嬢様の願い?」
「えぇ、正確には前世の私のですけれど」
「どんな願いなんです?」
わたしが尋ねると、お嬢様は少し頬を赤くして照れたように眉尻を下げる。
「言っても笑いませんか?」
「はい、笑いません!」
「それはですね……」
窓から差し込む光がお嬢様を照らす。
その白い肌はまるで透き通り、金色の髪が淡い光を放つ。まるで絵画のような美しさ。思わずその姿に見惚れてしまう。
「世界平和です」
読んでいただきありがとうございます!
一応予定だと20話ほどですが、前後するかもです。とりあえず毎日朝七時更新しますので引き続き読んでいただけると感激です。
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