:蒸し暑い夏の夜
会社帰りに合流して飲みに行って、そろそろとなって店を出て。次行くのかな、どうすんだろ。今日はもう少し飲みたい気分だけどな、なんて思ってたら、
「ね、バッティングセンター行かない?」
とズっちゃん。
「え、うん。まあ、いいけど」
あんまり乗り気じゃないけどね、まあしかたないかあ、との意味を含んで返答した。カンのいいわりにズっちゃんはそのことにはまったくふれてこなくて、さっさと歩き出している。ビルとビルの谷間にそのバッティングセンターはあった。知らなかったよ、こんなとこあったんだねえと思い、その通りに口にも出していた。
ズっちゃんはさっそく打席に立っている。驚いてしまった。
「左なの?」
「打つのはね」
当然でしょといった表情のズっちゃんがバットを手に構える。ボールが飛んでくるのをズっちゃんも僕も待つ。恰好がそれなりにサマになってるズっちゃん。やってたのか、知らなかった。ぜんぜん話してくれなかったしなあ。そんなことを頭のなかでめぐらせていたら…
ボフッ
弾かれたボールが低い音を出して跳ね返される。
「ねえ、なんで見送ったのさ」
「まず初球は見送って相手の出方を見るのがセオリーでしょ」
「試合じゃないんだから。バッティングセンターだから。バット振らないと意味ないだろ」
「まあまあ」
言ってズっちゃんは構え直す。ボールが飛んできて、
チッ
舌打ちよりだいぶ高くて乾いた音が短く響く。そのあともボールとバットがつくるその音が続いた。
「やっぱ、ちゃんとは無理かあ」
言ってズっちゃんはバットを立ててみせる。
「あのさ、イチローのマネはいいからさ」
「ヘヘ」
と、またチップしてボールを後ろに弾く。そのあとも短く乾いた音がして、ズっちゃんが誰かしら有名選手のマネをして、20球はあっけなく終わる。
「どう?」
「どうって…」
「少しは元気出てきた?」
僕のために、だったのか。まったく、あいかわらずだなあ。
「ありがとね」
「こっちも久々で楽しかった」
「毎回こんな感じ?」
「へへ。また来ようね」
「え…」
僕が返事に窮していると、
「ね」
とズっちゃん、
「まあ… そうだね」
と僕。
ズっちゃんのおかげでいくらかさわやかになった夜は、蒸し暑い夏の日とともにすぎていく。




