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ある日、俺は死後の世界で君を知った  作者: 為世 斐文


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第6話「偶然」

 俺の言葉に、女性は後ずさりした。

 ん……?

「え、え……な、なんで」

「いや……俺も意味が分からないんですけど、ずっと頭にあって……夢で聞いたのか、本当にどこかで聞いたのかも分からないんですけど……」

 女性は訝しんだ顔を見せた。

 え……そんなに警戒するものか?

 その様子に、俺は違和感を覚えた。

 でも、そんな気持ちも女性が次に発した言葉で納得いった。


「――それ、多分私の名前です……」


「……え?」

 女性は静かに答えた。

 そうなるのも必然だろう。俺も正直言って驚いている。

「なんで知ってるんですか……」

 女性は警戒しているのか、一定の間合いを取った。

「いや……ごめん。それが分からないんです……」

「どこかで聞いたんじゃないんですか?」

「そう、どこかで聞いたんです。でも、それが――」

 君の口から述べられたものなんだ……

 この後の言葉は、俺の口から出さなかった。

 出してしまったら、きっともっとこの女性は俺に不信感を覚えてしまう。

 そうなれば俺は警察に突き出されるかもしれない。

「――現実じゃないかもしれません……」

 言いかけた言葉は、そう嘘と本当を交えて変えた。

「でも、まだ決まったわけじゃないですよね……あなたの名前と引き換えに教えます」

 女性はそういって俺を試してきた。

 名前を教えれば、それは俺の生殺与奪の権をこの女性に握らせるということになる。

 例えば、警察に通報する際に少し有利になる。あるいは音楽制作者の方だ。名前を公表されでもしたら、俺は最悪の場合は誰かに殺される可能性だってある。

 まだ俺が作っていると知らせていないが、八重代さんが知ることになるのも時間の問題だろう。

 確かに理にかなっていて、天秤にかけるのにはうってつけの交渉だ。

「分かりました。俺の名前は夜船(よふね) 奏斗です。夜に船、奏でるに北斗七星の斗です」

 案外さっぱりと言ったからか、女性もこわばりながらも口を開けた。

「八重代 冬那です……」

 その名前をとき、俺の頭の中の記憶と一致した。電撃が体を駆け巡った。

 ぐちゃぐちゃだった記憶が一つにまとまって、虚偽記憶だったものがはっきりとした記憶と結びついた。

「それ……だ。それをどこかで聞いたんだ!」

 俺は一歩前に出た。それに、八重代さんはまた後ずさりを始めた。

 言わないといけない……

「君の口から聞いたんだ。確かに、俺の頭の中にはその記憶があるんだ」

 一心に、八重代さんを見ると、八重代さんは持っていたかごをぎゅっと抱きしめて、少しずつ後ろに下がる足を止めた。

「もう一度……お名前言ってください」

 あ……

 完全に警察に通報する気だろう。

 まあ……もういいか

「夜船 奏斗です」

「下の名前をもう一回」

「奏斗。奏でるに北斗七星の斗で、奏斗……です」

 終わった。俺の人生はここで閉ざされた。

 まあ、居場所が刑務所になるだけか……

 そう思っていても、冤罪で捕まる人の気持ちを少し触れた気がして、気分が悪くなった俺は、下を向いた。

 まあ、通報するところをまじまじと見たい人なんてそうそういないだろう。

 刑務所って……自殺できんのかな

 次に出てくるのはそんな考えだった。

「あの……」

 八重代さんは持っていたかごを地面に置いて、俯く俺の顔を覗いた。

 ん……?

「私……」

 そこまで言って、八重代さんは固まった。

 ずっと俺の顔を覗いて、固まっている。

 まさか……

「変な記憶、ありませんか」

 俺がそう聞くと、八重代さんの目が次第に定まらなくなってきた。唇が小刻みに震えて、血の気がどんどん引いていく。微かに涙腺から透明な涙も生まれている。

「私……」

 その言葉を繰り返す。

「大丈夫ですか……?」

 そう聞くと、まるで電源が切れたロボットのように、一瞬にして体を地面に倒した。

「え……」

 その体に力を感じられなかった。一人の女性の全体重が、俺の脚に乗っかかる。

 これはまずいな……

 直感的にそう感じた俺は、致し方なく自分の部屋に連れ込んだ。

 顔がいつもよりだいぶ白い。冷や汗を沢山出して、息が薄く感じる。

 どうすれば……

 そうは考えてもどうしようもなく。八重代さんを寝かせて、その横で様子を見ることしかできなかった。


 数分が経った頃、八重代さんの目がぴくっと微かに動いた。

「八重代さん」

 肩に手を添えると、次第に目を開いた。

「ん……」

「八重代さん、大丈夫ですか」

 そう聞く俺にゆっくり、そして小さく頷いた。

 よかった……

 ほっとするのも束の間、八重代さんは慌てた様子でばっと起き上がって、壁に背をべったりとつけて俺から距離を取った。

「な、なにしてました……」

 その表情はまた怖がっている表情だった。

「いきなり倒れたので、致し方なく横にしてただけで、何もしてませんよ」

 俺がそういうと、眉をひそめて、目を細め、俺の顔をじっと見つめてきた。

 まるで背中をじりじりと焼かれるような、そんな緊張感がする。

「分かりました……そう思っておきます」

 はぁー……

 いちいち心臓に悪い。

「夜船 奏斗さんですね……しっかり覚えましたからね」

「ああ、はい。別に何とでも……しっかりと覚えておいてください」

 俺は疲れから突き放すようにそういうと、初めて八重代さんはいつも通りの顔を浮かべた。

「はい。でも、確かにあなたの言う通りかもしれないです」

「え?」

「私も……変な記憶、思い出しました」

「どんな?」

 俺が傍によると、今度は怯えずに話し始めた。

「何というか……奏斗さんが呆れたような顔してて……それに私は不細工な顔で笑ってて……よく分からない場所……んー……痛っ……」

 最後の言葉を聞いた俺は、思わず体がもっと八重代さんの方へと寄っていた。

「今、頭が痛くなりませんでした?」

「え……よく分かりましたね」

 さすがにちょっと怖がったように、笑おうとした顔が笑えていない引きつった笑顔を見せた。

「それ、何日か前に俺も同じ症状出てたんですよ」

「え……?」

「さっき俺が言ってた言葉。俺の出した曲名」

「虚偽記憶……?」

「そうです。俺は八重代さんから名前を聞いた記憶があったんです」

 そういうと、八重代さんもやっと気づいたのか、目を見開いて俺と目を合わせた。

「私もさっき……奏斗さんの名前を聞いたら、何か頭がすっきりとして、今のよく分からない記憶が出てきたんです。でも、すぐに体が脱力して、気づいたらここにって感じでした」

 なるほど……

「つまり、俺と八重代さん。どちらも、双方と仲良くしていた虚偽記憶を同時に発症したってことになりますね」

「はい……」

 そんな偶然があるものなんだろうか。そもそも、この人とはあまりにも偶然が置きすぎている。

 これは運命などというものでは到底表すことが出来ない、第三者の介入を考えてしまうほどだ。

 そしてその第三者は〝神〟ほどの力を持っていないと、考えらえない。

「私たち……思えば偶然が多いですよね……」

 そんな変で、的を得ていて、核心に迫っていながらも迫ってしまえば意味が分からなくなる。こんな矛盾だらけで完璧な考えを持っていたのは俺だけじゃないみたいだ。

「そうですよね……」

 二人して頭を抱えた。

 偶然にしては出来が良すぎている話だ。

 互いに互いの今の状況を見れば、ストーカー気質なことをしていないことも明白で、でもそれを否定してしまえば、その考えは次に神を疑うような馬鹿げた壮大な話になってしまう。

「なんか……怖いですね」

 八重代さんは腕をさすった。

 そうなる気持ちも痛いほど分かる。と言うよりも、そうならざるを得ないだろう。

「とにかく……また何か変な記憶が出てきたら集まりませんか?」

 俺がそう提案すると、八重代さんは静かに頷いた。

 そうして、俺たちの謎の記憶について迫る物語は幕を開けた。




「一応、第三者から名前だけ聞いたことがあると、それを記憶していて虚偽記憶になる可能性もあるらしいですよ」

「え……でも私、奏斗さんの名前聞いたことなかったです」

「はい。俺もなかったです」

 俺が調べた内容はすぐに破棄されていった。

 無理もない。だって本当に聞いたことも見たこともないのだから。

 休日に二人で図書館に来てみたのはいいが、何の情報も集まらない。

「何も、分からないですね……」

 八重代さんは疲れた様子で背伸びをした。

 もうすでに三時間近くはこの図書館にいる。流石に俺も疲れてきた。

 やることがあって、誰にも否定されず、静かなのは評価できる。死ぬことを考えなくていいからだ。

 でも、同時に成果を上げることが叶わず、暇だと感じるのも確かだ。

「帰りますか?」

 ここまで付き合わせてしまったのも申し訳ない。せめて、ここらで終わって食事の料金くらいは支払ってもいいだろう。

「そうですね……なにも、ふわぁー……。すみません……見つからない気がします」

 以前の恐怖に歪む顔から一変、今は隣であくびまでして眠たそうにする。

 なぜここまで心を開けるのかも正直調べたい謎だ。

「何か、奢りますよ」

「え……?」

「三時間も付き合わせてしまったわけですから」

「んー……私も知りたいから来たんですよ?」

「男ってそういうものなんです」

 そういうと、八重代さんは笑った。

「分かりました。半額だけ奢ってください」

「はい」

 折り合いをすぐにつけられるのは、いいことだ。無駄に口論になって頭を回さなくて済む。


「よくこんな店知ってますね……」

「あー……まあ、元カノの入れ知恵なんですけどね」

「へー……すごいなぁ。私、こんな店初めてです」

「俺も、まだ四回目ですよ」

 この人とはあまり気を使わないで喋ることが出来る。

 今の俺の「元カノ」という単語を拾わずに、〝今〟に視線を向けてくれる。

 こういうことが出来る人は、大抵は疲れやすい人だ。

「八重代さんって、会社とかでこき使われてないですか」

 俺がそう聞くと、静かに痛々しく笑った。

「ないですよ」

 そうきっぱりと彼女はばれてないかのように笑う。俺にはばれている。

 そうか……もう、すでにこっち側か

「それならいいです」

 あまり触れてあげるのもだめだ。しかも、触れてしまえば俺も壊れてしまう。

 こういう場合は、気にしない方がいいことを元カノから学んだ。

 目が生死を彷徨う目に変わった八重代さんを助けたい気持ちを、俺は水を飲むことで消した。

※この作品は他サイトでも掲載しています。

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