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ある日、俺は死後の世界で君を知った  作者: 為世 斐文


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第28話「現実」

 そうして彼女とのよく分からない暮らしが始まってしまった。

「ネカフェ代金は私が肩代わりします。なので、時間が経つごとに夜船さんの恩は増えていきます。会社などには務めてなさそうでしたよね」

「まあ……」

「それなら……私の会社で働くなんてどうですか?」

「会社な……」

 会社に勤めること。それは俺にとっては苦痛となる。

 社会不適合者と言われればそうなのかもしれないが、俺は音楽で生きると決めて、反発する親を振り切って今に至る。

 つまり会社に勤めてしまえばそこで俺は負けた気分を味わってしまう。音楽をやめる気はない。だけど、会社に勤めてそこで努力してお金を手に入れてしまえば、俺の音楽と言う行動の意味を問いてしまうだろう。

 そうなるのはきっと辛い。これまでの人生を否定することになるからだ。

「私と一緒だと嫌ですか?」

「いや、んー……」

 説明したところできっとこの女性は何も理解は出来ない。

 普通に暮らしている平凡な人だからだ。昔の俺が嫌っていたダサいやつに値する。

 そしてまたそれも俺の足を止める原因でもある。自分をダサいと思いたくない醜い思考をしているからだ。

「コネはないですけど、別に大手でもないですし、誰でも入れるような寛容な会社ですよ」

「知らないけど、その会社で疲れ切ってるあなたを見て入りたいとはならない」

 女性は渋々納得したような顔を浮かべて目を逸らしながら頷いた。

「それならもう一層、この町ごと離れて心機一転した状態からそこの会社に勤めた方がましだ」

「難しいこと言いますね……」

「いや、俺だけだけど?」

 一緒に行くと勘違いをした女性を見ると、顔を赤らめた。

「い、いや! えっと……その……流れ的に一緒なのかと思っただけで……別に……」

「分かってるから皆まで言うな」

 はぁ……

 まあ新しい場所で働くといっても、この女性にお金を返す方法がない。

 それこそ、どこかで再度会ってからお金を返さないといけなくなる。そんな面倒なことは正直ごめんだ。

「でも……新しい会社に勤めるのも、悪くはないですよ。夜船さんのご想像通り、今の会社にいい思い出なんて、ひとつもないですから……」

 だろうな……。会社か……

「俺は、会社に勤めたくはない。だけど、そうせざるを得ない状況を作ってくれるなら務める。俺が動くんじゃない。俺は別にやりたいことがあるからな」

「つまり……私が会社を見つけてこいってことですか?」

「まあ……務めるならそうなる。だから、傲慢だって、普通じゃない人だって思うなら、切り捨ててさっさと去れ。幸せが逃げるだけだから」

 結局、俺は親のようになるのが怖いから、大して売れるわけでもない好きなもので勝負をしようとしただけ。

 音大などに通ってもいないし、音楽理論なんてそこそこしか分からないし、バンドのライブも人数は集まってくれない。大体は売れてる曲のカバーばかり。

 そんな俺が曲を創造しても、そこそこ楽器が上手いだけの端くれに過ぎない。

 自分でも理解はしている。このままではだめだということは理解しているが、何をしようにも自由がない。だから世界が嫌いだ。

 自由に全てをさらけ出せたらいいのに、それを抑制してくるものが多すぎる。

「私は、あなたを助けてしまったんです。私も苦しいです」

「責任を負うなって前」

「違います。責任というより……私も変わるべきだって、思ってるので……行動してないのは、私もそうなんです」

 女性の言葉に、思わず息が止まった。

「これが変われるいい機会だと言うなら、もう一度だけ頑張ってみようかなって思ってるんです。夜船さんの空気は、なぜか心を前向きにさせてくれるので」

 俺が……?

「いや、こんなネガティブ思想の俺があなたに何か出来てるとは思えないんだけど?」

「そうですね……私が勝手に夜船さんに期待をしているのかもしれないです」

「なんの?」

「分かりません。何かを期待してるんです。私を知ってくれる人になってくれたから……私の中では、どんな人でも特別な人になっちゃうんですよ」

 儚げに囁く女性は触れてしまえば壊れそうな気がした。鈴とはまた違って、凄く緻密で繊細な芯がある。それに迂闊に触れてしまったら、俺はまた壊してしまう気がした。

 触らなければいいのに、俺は触ってしまいそうになる人間だから。

 この関係は危ない。だけど、俺は元々もうこの世には存在しないつもりだった。

 この危ないという気持ちは、じゃあそれとは違うのか。

「私、頑張ってみます。だから、夜船さんも横で頑張ってみませんか? これは責任からじゃなく、私のわがままです」

 その言葉に胸を刺された気がした。

 ナイフじゃない。もっと温かくて、優しくて、穏やかな、俺がずっと感じていたかったような追い求めていた感情だ。

 依存してしまう……

「もう一度、踏ん張ってみませんか」

 だめだ……

 手を伸ばす女性に、俺はゆっくりと手を伸ばしている。

 ここでくっついてしまえば、俺の気持ちは一貫性を持たないぐちゃぐちゃなものになってしまう。

「お互い、社会のレールから離れた人として。お互いを助けられたら私は助かります」

 その言葉が決めてだった。

 俺は震える手で女性の手を掴んでいた。

「最期に、頑張りましょう」

 静かに頷くと女性は握る手を強めた。

「でもやっぱり、怖いですね」

 そう言って笑う女性は心強いようで弱い。

 「大丈夫だよ」なんて言葉は言えなかった。




 あれから数日経つと、女性は本当に会社を辞めたと言ってきた。

 しかも次の会社の目星まで付けているらしい。

「本当に私と同じ会社で働くんですか?」

「まあ……」

 日に日に変わっていく彼女を見ていると、自分だけがまた取り残されていくような気がして、怖くなった。

 だから動画で稼いだお金と、女性から借りたお金で髪色を落として整えて、スーツも調達して、面接についての動画を見漁った。

「とても様になってますよ」

「おう……」

 音楽はやめない。だけど会社には勤める。

 それでいいのかと、本気で狙っていたんじゃないかと疑う自分もいるが、それはもう充分やったんじゃないかと思う。

 これからは、現実から背くんじゃなくて向き合うことが大切なんじゃないかってこの女性を見ているとそんな気分になった。

「いつ面接に行きますか?」

「合わせる」

「分かりました」

 微笑む女性はどこか楽しそうに見えて、こっちまで楽しくなってくる。

 俺は、君を知ってしまったようだ。

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