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ある日、俺は死後の世界で君を知った  作者: 為世 斐文


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第14話「体の記憶」

 朝、だるい体でシャワールームに向かった。

 外がやけに寒くて、何もかもがどうでも良く感じてくる。

 さっさと話にけりを付けて帰ろう……

 あくびをしながらドアを開けると、そこにはただ座っているだけの彼女がいた。

「どうも」

 気づいていない様子の彼女に、俺は隣の洗面台へ座ると同時に声をかけた。

「……どうも」

 いや、気づいていたけど許されていないだけか……仕方ない

「すみませんでした」

 しっかりと謝ったのに、彼女はどこか不機嫌そうな顔を向けては渋々と言った様子で頷いた。

 面倒臭い。その言葉だけがキャパの少ない頭を埋め尽くす。

「まずは、しっかりとお互いのぎくしゃくした関係をどうにかしましょう」

 俺がそう提案すると、これまた渋々と言った感じで頷いた。

「お互いに、何も理解ができていなかった。だから相手を責めることしかできなかった。これはまず帳消しでいいですね?」

「……はい」

「じゃあ次、俺はいきなり長文で重い告白の文章を見せられて、その上、実物のあなたには降られた。でもそれは完全に不可抗力だった。いいですね?」

「はい」

「まあ、俺の方は信じてくれるかどうかは知りませんが、俺もあの時、本当に体の制御が効かなかったんです。言ってしまえば不可抗力なんですよ」

「納得いきません」

 まあですよねー……

 寝ていない俺の脳は、戦いの方向へとリソースを割きたくないと言っている。

 何を言われても整理がつかないし、俺はきっと何の制御もなしに言葉を喋ってしまう。

 それは流石に分が悪すぎるし、むき出しの悪口に申し訳なさも感じてしまう。

「言い訳がましく聞こえるのは仕方ないかもしれないですけど、一つだけ論として否定すると、あの時の俺に、あなたを壁まで追いやることで発生する利益なんてものはあるはずがない。それだけは認知しておいてくださいね。でも、まあ怖い思いをさせたのも事実ですからね。すみませんでした」

 そういうと、彼女は無言で目も合わせずに小さく頷いて日記を互いの中間に置いた。

「一度、忘れます。正直、この日記の内容とあなたは似ているようで、とても似てなくて、到底私が好きになりそうにはないんですけどね」

 いちいち言葉が多いだろ……

 それだけ言うとスッキリしたのか、溜息一つで顔をころっと変えた。

「まず、やっぱり気になる点といえば冒頭の文章です」

 指さされた文章は、一番最初に見たあの「私たちは、何らかの影響で死んでは生き返らされている」という文だった。

「そうですね」

「この何らかの影響でってところ、何か思いつきますか?」

 思いつかないというのが俺の一つの案。もう一つはばかばかしい話になってくる。

 でも、そのばかばかしい話にしないと、この文章はそもそも成り立たない話にもなってくる。

「――神ですかね」

 ありえないだろうと思いながらも喋った言葉は、彼女にとっては求めていた正解だったのだろう。

 強く数回頷いては、日記にメモを入れた。

「私も、正直神くらいしか思いつきません」

 まあな……

「その場合の状況を整理すると、私たちは何度も死んで、何度も神によってこの世界に生き返らされているということになりますね」

 生き返りな……

「でも、記憶は一体どうしたんでしょう……」

「神のことを知った状態だと、色々と面倒なんじゃないですか?」

「それも……そうですね。では、なんで私はこんなことを書けたんでしょう……」

 そうだな……否定されるんだよな

「仮にこれを書いた日に私が覚えていたと仮定するならば、夜船さんは覚えていたんでしょうか? 日記などは書かれていませんよね」

「書いてないですね」

「では確かめようがないですね……」

 記憶の有無な……

「そこってそんなに重要ですか?」

 俺がそう聞くと、彼女もまた頷いてペン先を別の位置へと持って行った。

「そうですね。記憶の有無よりも、その事実があるかどうかの話からしないといけないですね」

「はい」

 少しは話が出来るじゃないか……

「ただ、生き返らせるってのが事実なら、本当に神くらいしかできる存在はいませんので、それでけりがつきますけどね」

 核心を突く言葉を放つと、彼女はまた強く頷いた。

「では、ここはもう仮決定をしておきましょう」

 そう言って神という単語を何度も円で囲った。

 神な……

「では次に、日記通りなのであれば、夜船さんの生活が事実なのかどうかを知りたいです」

「ああ、はい。あってますよ」

 手紙で書かれていたあの内容。正直驚くけど、内容としては完全に合っていた。

 俺は所持金がなくなったとき、俺が亡くなるときだと思っている。それを書いていたということは、目を通さなくとも日記の内容があらかた全てあっていると考えられる。

「分かりました。じゃあ……記憶の話もしておきますか」

「そうですね……まあ、何も分かんないですけどね」

 ここまでの話をまとめると、ただ一言「神が生き返らせている」と言うことしか分からない。

 つまり、これ以上話してもそのことしか出てこないわけだ。

「そうですね……神が干渉しているかもしれないということしか出てこないですし、それが分かったからって何になるのかってことも分かんないですよね……」

 彼女も俺と話す前に既にそんなことを考えていたのだろう。

「しっかりと確認しておきたいんですけど、夜船さんも死にたいと願っているわけですよね」

「まあ、そうなりますね」

「でも生き返らされているってことですよね」

「そうなんでしょうね」

「分かりました……」

 知って何になる……?

 その疑問をぶつけたかったが、億劫なのでやめておいた。

「これから、どうしますか?」

「いや、だらだらしていつか死にます」

「でも死ねないんですよ?」

「どうだっていいです……何度も死んでればいつか折れるんじゃないですか?」

 疲労からため息交じりに言うと彼女は小さく「そうですね」とつぶやいた。

「もういいですか? これ以上話していても意味ないと思うんですけど」

 彼女は一度も渋い顔を変えていない。

 俺への怒りと恐怖をずっと根に持っているのだろう。

「神がいるかもしれない。俺たちがそれに抗うためには何度も死ねばいい。記憶の有無とか、俺の生活の質疑応答とか、何もいらないじゃないですか」

「じゃあ、なんで私たち二人なんですか」

 その質問をされた俺は固まった。

 確かに、その疑問については答える術がない。

 でも、

「神の気まぐれじゃないですか」

 適当に答えることは出来る。

「じゃあ、なんで記憶が残るときがあったんですか?」

「そんなの知りませんよ。なんかミスったとかじゃないんですか」

「それでは納得いきません」

 はぁー……

 彼女の目はさっきよりも疑問を持った目に変わった。

 腕を組んで日記と睨めっこして、「んー」と低い声を出す。

「ここからはあなた一人でどうぞ」

 面倒になると思った俺はいそいそと立ち上がった。

 だが彼女はそんな俺の腕を掴んだ。

「だめです。不服ですが夜船さんがいなければ分からないこともあるかもしれません」

 面倒くさい……

「こっちの事情もあるんですが?」

「日記には暇していると書いてました。あ、」

 そこまで言った彼女は何かを思いついたかのように俺の顔を見た。

「新曲はどうなりましたか?」

「新曲?」

「あの、虚偽記憶という名前の」

「なんですかそれ」

「ではまだ作っていないということですね」

 虚偽記憶……?

 疑問符を浮かべていると、彼女は日記のページを動かした。

「これです」

 ペン先で刺された文字を読むと、「知らないはずの新曲を、夜船さんは全く同じメロディーで作り上げた。この世界では決まっている事象なのかな……」そう書かれていた。

「全く同じ……」

 俺もこれには疑問が残る。

 その続きの文には、「少しバズってまた一緒に居られる時間は増えるけど、絶対に豪遊するから、今度は止めないと」とも書かれていた。

 バズる……俺の曲が?

 それを見て、俺の心はもやっと霧がかかった。

 他の世界線の自分に嫉妬する。

「虚偽記憶ですよね」

「はい。そう書いてあります」

「ちょっと調べます」

「お願いします」

 全く同じメロディーか……バックは? テンポもか? ベースライン、コード、展開……すべてが同じだとでもいうのか……?

 ネットで検索してみた結果。確かに少しバズりつつある曲が一つあった。

 題名は「虚偽記憶」だった。

「確かに投稿してます」

「……投稿した覚えはないんですか?」

「ないですね」

 うん。なんでだ……?

 俺の記憶では投稿したことも、この虚偽記憶という曲を作った記憶もない。

 というか、この虚偽記憶という言葉も、意味も知らない。

「なぜその記憶まで消したんでしょう……」

 彼女はまた疑問の顔を俺に向けた。

 はぁ……

「何かの記憶を消す際に、その記憶も消してしまったとかじゃないですか」

「では記憶を残せないというよりも、誰かに記憶を消されているということですか?」

「そうなんじゃないですか」

 彼女はずっと俺の腕を握っている。

「あの、もう帰っていいですか? いいですよね」

 正直、眠さも相まってもうこの会話を終わらせたい。

「だめです」

「なぜですか」

 意味が分からない。

「さっきも言いました。夜船さんがいないと、解消されない疑問が多いんです」

「でも、あなたは俺の事が嫌いなんですよね。それならもうよくないですか? 別にこれ以上調べたところで、今の俺たちに何が出来るって言うんですか」

「それは……」

 俺の言葉に彼女はうろたえて口を開けたまま止まった。

「疑問が残っていて嫌だって言うなら、勝手に自分で妄想してればいいじゃないですか」

「正解を知りたくないんですか?」

 知りたいか知りたくないかを聞かれれば知りたい。でも、それに時間を使うのは面倒くさい。

 正直言って俺はこの人がもう苦手な人で、そう思っているのに共同作業なんてするほどの情を築きたいとは思えない。

「どうでもいいです」

 突き放すように喋ると、彼女は黙って俺を席の方に引っ張った。

「主観的な気持ちで、他人を強要することはお勧めしませんよ。迷惑極まりないです」

「黙って座ってくれてもいいんですよ」

 いや知らないけど……

「何なんです? 俺ははっきりいって迷惑だって言ってるんですよ。正直、俺はあなたのことが嫌いです」

 そういうと、更に強く俺を引っ張った。

「あのですね……」

 呆れた声を出すと、彼女は変な顔を向けた。

 まさか……

「本当は俺を帰したいんじゃないですか?」

 そう聞くと、黙って頷いた。

 あの時の俺と同じだ。体が言うことを聞かなかった時と酷似している。

 ただ、女性は体と喋っている言葉の内容も違う。

「とりあえず座ります。そしたら手が離れるはずなので、そこで手を離してください」

 頷いた彼女を見て、俺は椅子に座った。

 すると、俺の予想した通りに彼女の手が離れた。

「離せ……ました」

 その隙に、俺は彼女から距離をとった。

「夜船さんの言ってたこと、本当だったんですね……」

「まあ、はい。それじゃあ俺はもう行くんで」

 そういうと、後ろから椅子と床が擦れる音が聞こえた。

「夜船さん」

 後ろを振り向くと、彼女は手を伸ばして立っていた。

「あの……すみませんでした」

「……眠いんでもう行きます」

 一言だけ伝えて俺は部屋に戻った。

 眠気はきっと疲れじゃない。ただ俺が逃げたかったからだ。

 最後の一瞬だけ体が少し、彼女の方へと傾いていた。それが怖かった。

※この作品は他サイトでも掲載しています。

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