回回樹樹
視界がはっきりとしてくる。明るい光が目に入ってきて、目を細める。ずっと監獄の中だったために、強すぎる光に少しめまいがする。そして、ここは屋外であることを察する。
しばらく経ったがまだ見えない。そこで俺は少し歩いてみることにした。視界がまだ晴れず、危険であることは重々承知だが歩いてみたい。そう思ったのだ。
1歩踏み出す。そこは紛れもなく土だった。記憶を失ってから初めて踏んだ石以外の床に、なんだか違和感すら感じる。そして、五感が働きだす。
肌が風を感じ、鼻が木々の香りを感じ、耳は鳥のさえずりを頭に響かせる。そして、目は、、、
目の前にかわいいネズミを出現させた。
そう、目が見えるようになって最初に見たのはネズミだった。
そのネズミは何かをほおばっていて、小さなお口を一生懸命に動かしていた。その姿に魅了され、気づけば手を伸ばしていた。
ネズミは特に嫌がるそぶりも見せず、俺の手に乗ってきた。そんな姿に、ついニマニマしてしまう。
辺りを見回してみた。
どうやらここは森の中のようだ。あたりは木々に覆われ、背丈がバラバラな草が生い茂っている。
こんな様子で生物の気配はこのネズミを除いて確認できなかった。しかし、念には念をだ。
「気配探知」
半径50mを索敵する。しかし、生命反応が全くなく、ここまで皆無だと気味が悪くなる。
手の中のネズミは魔法の発動に驚いて、どこかへ走り去ってしまった。少し残念だったが、今は自分を優先して行動すべきだ。
安全の確認は出来た。次は現在地の確認だ。まあこんな森の中だし一回上に登らなくてはな。
近くにあった木に向き合う。そして、木のてっぺんに向けて、跳躍力を強化した足で蹴上がる。登るというより、跳んでいくようなものだ。
!!
少し勢いをつけすぎたため空に投げ出されてしまった。それ自体に問題はなかった。
しかし、景色には問題大ありだった。
目にしたのは、現実とは思えない壮大な自然だった。ところどころ隆起した地面に、反りあがった崖、まばらに点在する湖、巨大な木もある。なにより、ちらりとだけ見えた大きな影。あれはきっと、、、
体が落下し始める、景色に気を取られつつも体制を整え、木に掴まる。改めて見るも、現実離れしすぎている。こんだけ自然に溢れているなんて、、、これはきっと師匠が言っていた場所だな。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
修行を始めてから1か月経った頃に遡る。
「なあ、おっさん。最初に話したときにさ、キングが世界各地にダンジョンを作ったって言ってたけどさ、それってどこにあるんだ?っていうか世界は俺が知っている形のままか?」
「さあな、俺はお前さんが知っている世界を知らないからな。正確なことは言えねえが魔法の記憶を消すために記憶を消されてるなら、地形は変わってるだろうな。毎日モンスターたちと嫌というほどに戦っているからな。魔法の衝撃でデコボコになる。それだけで済むならまだいいんだが、争いが激化してくると、天候や気温なども変えちまう。細かい変化かもしれねえが、バタフライエフェクトって分かるか?」
俺はうなずいた。
「世界の各地で高頻度で変化が起きるため、世界はめまぐるしい勢いで変化している。だから一日たりとも同じ場所だとは思うなよ。」
「分かった。」
「でも、変わらない場所もあるぞ。」
「本当か?」
「ああ、本当だ。」
「なら、そこが安全地帯ってわけだ。人はそういうところに住んでんのか?」
「いやそうじゃなくてな、その変わらない場所がダンジョンなんだよ。人は住むことどころか、モンスターの討伐を職とするハンター以外は近づくことすらできないぞ。」
「なんだよそれ、意味ねえじゃん。」
「昔はそう思われていたんだがな、1世紀ほど前、世界中央の孤島のダンジョンを制圧したものが現れた。そいつは世界中の様々な人をその島に集め、暮らしている。理由はもちろん変わらない環境下で過ごせるからだ。」
「やっぱ、住んでんじゃん。」
「いやだから、話は最後まで聞けよ。」
「すまんすまん。」
ったく。
「しばらくは大丈夫だったんだ。しかしな、変わらない環境というのは永遠ではなかった。きっとその根源にはモンスターという存在があったと考えられている。安定していた環境はだんだんと崩れ始め、完全に壊れたのは50年前くらいだ。今でもモンスターがいない安全な島として人は多くいるが、変わらない環境下で生活することは不可能なんだよ。分かったか?」
「なら、ダンジョンを攻略し続ければいいんじゃねえの?」
「出来るならずっとやってるわ。いいか、モンスターてのはそんな半端なもんじゃないだよ。中には弱いやつもいるが、基本は人間の身体能力は軽く超えている。そんな奴らがうようよいるのがダンジョンだ。簡単には攻略できない。それにダンジョン攻略はキング討伐のための布石だ。各ダンジョンを治めるボスを倒したら、普通は新しいダンジョンボスでも生まれない限り、また訪れるなんてことはねえよ。」
「まじかぁ、」
「まじだよ。それにボスを攻略できるダンジョンなんて小さいところしかないんだよ。でかいところはボスの場所が全く分からないから放置されることが多い。そして基本はでかいとこほど危険度が高い。例えば最大級の広さを誇る回回樹樹や、入ることすらできない熔解天獄、水中の古代都市を巣とした腐海国跡なんてとこは生存率だけで10%を切っている。それもレベルの高いハンターしか挑戦を認められていないのに、だ。そういうとこには絶対近づくなよ。」
目を輝かせる。
「おい、なんて目をしてんだ。」
「だってー、、、」
「話した俺が間違えだった。忘れてくれ。」
「はーい」
「はぁ、頼むから一人では行くなよ。」
「もちろん!」
「ほんとにだぞ!まじで死んじゃうからな!」
「はいはい」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
あのあと、行っていけないダンジョンランキングを一日みっちり叩き込まれた覚えがある。そのダンジョンの情報などを加えたうえでだ。その情報と、この場所を照らし合わせて考えると見えてきた。多分この場所は、、、
回回樹樹、だ。
やっちまったー、ランダムとはいえ、こんな広い世界の中から最悪の場所を自ら引いてしまうなんて、自分の悪運の強さが嫌になる。しかも1人だ。やってはいけない禁忌を初手からやってしまっている。もちろんのこと、ダンジョン対策などしてこなかったし、もうちょい、まともな場所にたどり着けると思ってたんだけどなぁ。
「俺、このあとどうなっちゃうの~~~!」
・・・言ってみたかったんだよなぁこれ。まあ一回落ち着いて考えるのが吉だ。良くも悪くもこのダンジョンのことはよく知っている。
世界最大のダンジョンで入ったら最後、何重にもかけられたこの森の妨害結界により出られることは無い。ただ、中の情報が一切出てこないため、死んだかどうかが分からないことが唯一の救いだ。もしかしたら広いダンジョン内からボスを見つけられず出られないだけで、敵の強さ自体はあんまり高くないとかいう噂も出回ってる。しかし、空だけは危険なことが分かっている。遠くからでも目で見える巨大な竜がいるらしい。おっさんのランキングでは1位に置かれてた。まあ、気持ちは分からなくもない。
分からない=最強、だ。挑戦者からしたら常に最悪の状況を考えなければいけない。そのため、シュレティンガーの猫状態だ。最強と最弱の可能性がどちらも存在している。まあ、可能性が存在するだけで、ボスが倒されていない状況だけ考えると最弱はあり得ないがな。
ここを抜けるためには、まず生存者を探したい。ぞのためにも安全な拠点と食料は絶対条件だ。
ここで師匠の教えが役に立って来る。なぜ快適な家づくりに固執してたかよく分かる。
それは、、、なんか汚い!湿気やら気温が高く暑いのはこのダンジョンの特徴であろうからまだ許せるものの、なんか空気が汚染された感じがするのだ。空気だけでなく地面や木も、見た目は何の変哲もないが、触ってみると不快になるのだ。空気や地面は常に触れるため気持ち悪い。肌を濡れた手で直に触られているみたいだ。
一刻も早くこれをどうにかしたい気持ちを抑えつつ、とりあえず拠点に出来そうな場所を探さねば。
兎にも角にも俺は行動を開始した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
探索を開始してから20分が経過した。
このダンジョン、おかしすぎる。
まだ誰にも、というより、何の生物にも遭遇していない。ネズミはいたくせに。
理由はいくつか考えられる。
1.もともとモンスターがほとんどいないダンジョンだった。
2.迷いこんだハンターが根絶やしにしている
3.運が良いだけ
4.そもそもここは回回樹樹などではなく、別の場所だった。
などが一番考えられるだろう。どれだけの広さかは、具体的に知らないが、まあ最大級というからには、大きいのだろう。それなら遭遇していないだけという1と3は考えやすい。逆に4はありえないだろう。3については、俺の悪運の強さを考えるとあり得ないのではと思う。
それに他にも気づいたことある。ここ多分テレポート地点だ。この20分は主に索敵にだけ注意を割いていた。そのため、もろに妨害魔法に狂わされたのだろう。
だが、これについてはおかしい点がある。まず気づかないわけがない。ここまで歩いて戻るなんて途中で見たことある景色が少しは見えるはずだ。全くの別ルートを通ったと考えることもできるが、円状に歩いた覚えは全くない。それにある程度妨害魔法の耐性は修行の時につけている。
それだけ妨害が強かったと考えてもいいが、これは明らかに不自然だ。
もしかしたら妨害ではなく、、、誘導、、、?
そうか誘導か!それならこの奇妙な感触の説明がつく。
それに加えて時間間隔も狂わされている。体内時計では、まだ10分も立っていない。魔法による時間の把握が可能のため、実時間を間違えることは無いが、困ることが一つある。それは感覚の話にはなるが、20分の疲れが10分でたまったような感じがすることだ。
このまま探索を続けていれば、果てしない時間を消費しそうだ。
そこで俺は一度、思考を放棄することにした。誘導魔法は、対象の進む思考の先を誘導しているため一番手っ取り早いと思う。
多分だけどね!
「放心」
この魔法は、思考することが出来ないため、長く使うと危険である。しかし、打開策がないため、早めに博打は打っておくものである。
設定時間は30分だ。上手くこの場所から離れてくれればいいが、、、
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
30分が経過した。はずだ。
なにがどうなってこの状況になったのかさっぱり分からない。
現在、俺は泥のベッドに横になっていた。
ベッドといったが、普通に泥の水たまりに横になっているだけである。しかし、驚くべきところはそこではなかった。
まさか、隣に人がいるなんて、、、
想像もしてみなかったことが起きている。あんだけ気配を探りながら探していたのに、一人も見つからなかったこの森でついに見つけた第一森人だ。
とりあえず声をかけてみる。見た目は20代くらいの女性だ。真隣に現れた女性に照れつつも、
「あの~すみませーん。」
「・・・」
?
聞こえなかった?もしくは、まだ寝ているとか?
うーん、どうしたらいいだろう。こういうときは起こしてもいいのだろうか?
まあ、きっと彼女も同じで迷いこんできたんだろう。起こすのは当然のことだ。そして、ゆっくり彼女に触れた。
冷たかった。
その瞬間、全身に冷や汗をかいた。もともとわかっていた。ダンジョンから出られないということは、この誘導能力の強さだけでないことを。しかし、全くモンスターが見つからない現状に注意散漫になっていたようだ。俺は今更ながら、自分の行動の愚かさを悟る。最も危険なダンジョンで不用意に空へ飛び出したり、思考を放棄する放心まで使うとは、、、なんて、命知らずなんだ、、、
目の前にある、はかなく散った者を見つめる。
人だ!などと浮かれていた自分が情けない。よく見ると彼女は、甲冑を身に着け、腰に剣を携えている。おじさんはすべての道具が失われているといったが、さすがに服くらいはあるんだろうな。剣もたぶん魔法で作られてる。
剣士であったのだろうか。
もしかしたら、俺は彼女を救えたかもしれなかった。後悔ばかりか浮かぶ。だがなぜ、初めて会ったはずの彼女にどうしてこんなに情を抱くのか自分でも分からなかった。
それでもなお、俺は後悔した。まるで、そうさせられているかのように、、、
!!
地面の異変に気付き、全力でジャンプし、泥から抜け出す。
死体がぐんぐん飲み込まれている。そこで違和感に気づく。
傷が全くないのだ。隣にいたため、片側しか見えていなかったのもあり、その確認ができていなかった。
なるほどな。
このダンジョンはホント性格悪いな。人間の精神性をとことん理解してやがる。人間の形をして誘い込んでいたのか。
さっきの人間の形をしたものが完全に飲み込まれると、下の地面から、巨大ななにかが現れた。
「これがモンスターかよ。聞いてた3倍はでかいんですけど。」
初めて見たモンスターに、すこし身震いする。これがモンスターとのファーストコンタクトだ。出し惜しみなんてしてらんない。自分の命を守るんだ。大きく息を吐く。手を前に構える。覚悟を決め言い放つ。
「来い。」




