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088話「魔術秘宝と母親」





 研究所をさらに奥進んでいくと雰囲気が一瞬にしてまた変わる。とはいえそんなものは自分の身の毛が少し逆立つくらいのそんなちょっとした違和感的なものに近い。だがもしやと思って魔術神経を動かそうと試しに魔術の行使しようとするとそれができないことに気がつく。


 「言い忘れていました。この先は魔術が使えません。」


 「そうなんだ、通りで。」


魔術神経がぴくりともしないわけだ。自分の体にどのような神経が通っているかなどわかるはずもないのだが、それは経験と感覚によってだんだんとわかってくる。私のこれまでの人生は戦闘に関するものばかりだったせいか、経験も感覚も豊富で魔術神経をより正確に知覚できるようになっている。

が、それが一気に閉じる感覚は今までにない閉塞感を感じるものだ。魔術が使えない人はいると聞いたことはあるけど、こういう感覚に近いのだろうか?


 「はい。今の私も魔術師ではなく、ただの人間です。ラナさんと格闘戦でもやられて仕舞えばおそらく敵いませんでしょう。」


 「クリスはそんなことよりも猛ダッシュで逃げていけるでしょ?」


 「それもそうですね。」


たわいもない会話をしながらもっと先はと進んでいく。進むにつれて人の数は比例するように少なくなっていく、いよいよ機密性が高くなってきているのかと心のどこかで身構えてしまう。


 「この扉の先です。」


 「……厳重だね。また、魔術式による解錠?」


 「いいえ、今度は術式及び固有神経による接続方式を利用した認証方法です。」


 「なんて?」


 「簡単に言えば、自分の血の入りで認証するとでも言っていいでしょう。」


クリスは説明している精神的余裕がないのか軽いだけの言葉にとどめてすぐに扉に手のひらを近づける。すると先ほどまで周囲の術式によって強制ロック状態にあっていたクリスの魔術神経が一瞬稼働し、扉はまるで水を流し込まれたような薄い色を波立たせる。


 「ここから先は、王族に認められた者、そして王族だけがいける場所となります。あ、ラナさんは特別ですから。」


 「うん……。」


そのクリスの言葉を受け止めつつも、またもや本当にいいのだろうかという心が湧いてくる。この先は本当に一般人が言っていい場所ではないはずなのだから。


そうこうしているうちにクリスは手を離し、扉を複雑小さな音を立ててガチャっと音を立てて解錠された。特に時間制限もないのかクリスはドアノブを取ってゆっくりと重々しい扉の先にある世界を私に見せた。


 「!」


そこは独特な照明が使われた金属の部屋だった。目前にある球体型の炉のようなものには青白い炎が浮かび上がっており不思議なことに目による知覚は鮮明であり、それ以外の五感は閉じられているように何も感じなかった。


 「クリス?」


 「───」


私の方を叩き示すように口をぱくぱくさせるクリスの耳には何か装置が取り付けられていた。先ほどまではみなかった類のものだ。私はクリスの一瞬の口の動きを察して言葉に変換した後、その装置を耳に取り付け彼女の指示通りの言葉をつぶやいた。


 「インデサインア」


すると目以外の五感が一気に輝きを取り戻す。耳には目の前の炉から聞こえてくる灼熱の音とゴウンゴウンと心臓のように脈動する重厚感。肌には平均温度よりもやや高い熱っぽい温度、鼻には無に限りなく近けれどどこか払拭しきれない金属的な香りがくすぐるようになった。


 「聞こえるようになりましたか?」


 「クリス、これは?」


 「魔術式を練り込んだ魔道具です。本来は魔術が使えない人が使える人と同じ立場にするためのためのサポート装置だったのですが、ここでは応用と改良によって四感の代わりになるような機能があります。人的害については気にしなくて構いません。装置をわしたところで耳を失うなんてこともありませんから。」


 「それは、よかった。」


クリスの言っていることの半分くらいしか理解できなかった私は、とりあえずこれがこの部屋における目以外の四感の代わりになってくれるものだということを理解した。


そしてそれをつけたおかげか、隣にいるクリスだけではなくこの部屋にはもう一人誰かがいることにすぐに気がついた。本来の自分の感覚よりも幾分か劣っている気がするが、戦場で鋭利に研ぎ澄まされてしまった私の頭は第六感ともいえる力でその存在を確かに知覚した。


 「クリス?それと、知らない人?クリス?この部屋に人を入れるってことは、どういうことかわかっているの?」


鉄の階段を降りる音が聞こえた。照明の逆光がその人物のシルエットをしっかりと表していた。声色はどこか重々しくも厳格だった。


 「もちろんですお母様。」


 「お母様、お母様ってことは?」


 「………?」


クリスの言葉を変に受け止めたその女性はゆっくりと階段を降り、私たちと同じ目線になった。そこでようやく壁の照明が彼女の表情を映し出したのだ。


 「貴方は、もしかしてクリスの?」


 「ナリタ、カテナ。」


かなり前の新聞で一度だけ見たことがある姿だった。ナリタテンマの妻であり、この国では前女王の座に勤めたことがある人物、そんな人物がどこか質素な身なりを下げて現れた。

私がイメージしている凛々しい王族とはどこか違った、一人のおしゃれな一般人を彷彿とさせる姿だった。


 「はい。私のお友達でございます。」


 「そう……獣人の。」


 「……すみません。」


 「ラナさん、謝る必要などどこにもありません。ほら、お母様もいつにも増して元気がないではありませんか。」


 「え、えぇ。そうですね、」


私の謝罪の言葉を聞いたナリタカテナはどこか不味そうな顔をして視線を落とした。その中を取り持ったのは紛れもなくクリスでありクリスはおそらく私がやったこともナリタカテナが感じている責任感も理解している様子だった。


 「今日ここへは、魔術秘宝に関してご説明のためにあがらせていただきました。」


 「そう、なのですね。個人的には?」


 「それはありません。嘘をつくことにはなりますが、それはとでもお母様を困らせるようなことでもありませんし、そこだけは理解してくださいますか。」


 「もちろん……けど、そこまで面白いものではないですよ。」


ナリタカテナはどこか逃げるようにすぐ近くの手すりに手を置いて再び階段を登って行った。遠回しにクリスに案内を頼む、という意味合いがあった。


 「……私のミスですね、お母様とは実際にここに来なければ連絡できませんから、ご一緒にとでも思ったのですが。相変わらず、お父様のように。」


 「……その、やっぱり私が獣人だから?」


 「いえいえ。それを気にしているのは私のご両親の悪さです!」


 「声。」


盛大に話すクリスに私は声を抑えた方が良いのではと思うが、本人は直ちに首を振ってお淑やかな仮面を捨ててまでこう吐き捨てた。


 「聞こえてもいいのですよ。お母様はお父様ほど悪くありませんし、ただ責任感とトラウマが根深いだけですから!!全く。」


 「………クリス、お母さんとは仲がいいんだよね?」


 「親しき仲にも礼儀ありなど、そんなものは他者との違いのすり合わせが怖い人たちによる方便です。そして間違った使い方をしている人たちには殴ってでも叩きつける価値がある言葉ですから。そもそも家族というのに上下関係があって、信頼が生まれるはずないんですよ!!」


 「う、うん。」


 「ともかく、お母様のことは後で私が説明しておくので気負わず、気にせず参りましょう。幸い、今はお母様以外誰もいなさそうですし。」


それはそれでどうなのかと思いつつも私はクリス圧に負けて、この部屋の隅々に渡るまでの解説を始まらせていただいた。


 「魔術秘宝は、そもそもの話大魔術師と呼ばれる人が数100年に一度自身の最高傑作とも言える魔術式を秘め、功績として残したものです。」


 「数100年に一度ね。確か、大昔な魔術師はただの研究科なんだっけ?」


 「はい。学問としての設立は近年ですが、それ以前まではただの魔術という存在に対する探究者です。魔術は神の与えてくださった御業など言っていた時代ですから、あの人たちからすれば神様の力をどう扱うか、神様の力にどう近づけるか、そこら辺の探究ですからね。」


 「なんだか、科学者みたいだよね。」


 「まぁそれも魔族が到来してからは変わりました。魔術の力を利用して人類を守護するという名目に切り替わりながらも、魔術秘宝はその時代の大魔術師と形容される人たちの中で少しずつ作られて行ったのです。」


 「……おかげで、防御系の魔術秘宝が数を増やしたんだっけ?」


 「ええ、魔族は魔術師ありきの人間よりも強かったですからね。ですが対魔族としての勇者がインフレじみた攻撃力を持っていたせいで、魔族との戦争の基本が勇者の攻撃力主軸になってしまったことが原因だと私は考えています。攻撃攻撃同士では相打ちになりかねないと予期してか、もし魔術秘宝と魔族の悪あがきで両種族相打ちになった時こちらは生き残る必要がある。ということで魔術秘宝は防御型に向かっていきました。


 「なるほどね。」


 「ですが、ここ数年は平和な時代が続きまして大勢のアナログ的な思想の魔術師たちが増えていきました。いわゆる人類が魔族との戦争する前の精神性、純粋な探究をする魔術師が多くなったということです。先祖返りとでも言えましょう。」


 「………それで、どうして魔術秘宝を?」


 「それはですね。そうした方々が増えてきてわかったことがあったのです、大魔術師がなぜどうして一人で作らねばならないのか?魔術秘宝を!!ということです。」


 「うん?それはその人の固有術式を埋め込むためじゃないの?」


 「あのですね。そもそも魔術秘宝を道具扱いした時、ただ使い捨ての道具なんですよ。それも数回しか使えないほどの使い勝手の悪さ。これでは本当にあの貴族たちが望むようにただの置き物の方が百倍マシということです。」


 「……でもクリス、置物は嫌いなんじゃ。」


 「はい!!あんな努力もしないで椅子にふんぞり返っている連中がたかが置物で優位な顔をしていることには腹が立って仕方がありません!っと話を戻しましょう。そこで!私たちは大勢の魔術師で魔術秘宝を作り出すという進路にシフトチェンジしました。」


 「魔術秘宝をつくる?」


 「能力は下がってしまいますけど、所詮道具。使ってなんぼのものは量産という体制が似合います。ですので、こちらの炉。これで魔術秘宝を作ります。」


 「!」


クリスが炉の外側に手を当てて私に紹介する。先ほどからぐるっと一周してこの炉はどちらかと言えば壺型のようになっており上から何かを入れ込むことによって働く仕組みであると今さっき理解した。つまりこれは。


 「ちなみに聞くけど、どうやって?」


 「察しはあらかたついているとお思いですが。そこそこの魔術師をここに集めそれらでまず器の準備をします。そして同時並行で刻む魔術式の制作に取り掛かります。この魔術式は複数人の魔術師が心血注いで作った物、量産体制となっているためかつての物より幾分か精度は落ちますが、数100年に一度を星に願うよりもスピードは速くなります。」


 「……それじゃあ、魔術秘宝の器と、それに刻む魔術式を数人係で作ってこの炉の中に入れるってこと?」


 「はい。ですがここまでやっても完成確率は50%くらいです。さすがは魔術秘宝と言えるでしょう、最悪なことにあの貴族たちがなぜ大慌てするのかなんとなく理解できます。」


 「………今ので作られ方はわかったけどさ。それって貴族たちの反感とか買わないの?さっきもクリス精度は落ちてるって。」


 「それは数100年に一品の代物が少なくとも数年に一個の代物になったのですから価値自体は落ちてます。ですがね、ラナさん。大切なのはそのグレードです、肩書きとでも言いましょうか。貴族たちは魔術秘宝と言葉がつくのであれば特に文句も言わないのですよ。使ってもないので今までとどう劣化したのか、知っているのはこの二重扉を解ける人だけですから。」


 「─────クリスって、すごく狡猾だよね。」


正直呆れるほどであった。クリスはバレなければそれはそれで意味があるということをよく知っているし、貴族たちと触れ合ってきたからか彼ら彼女たちの傲慢さをとことん知ってそれ利用している。ゆえに味方であってもこの性格は私に冷や汗をかかせてしまう。


 「ありがとうございます!」


そしてこの笑顔もだ。




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