086話「落ち着いたひとときに」
「なるほど、私と会う前にそんなことが。」
「おかげで、朝からとても疲れた感じがするよ。」
「そうでしょうね。ここではゆっくりしていってください。」
母の説教を乗り越えた私は訪ねてきたクリスに連れられて城の人工的な中庭まで案内され優雅にティータイムをして楽しく会話をしていた。一歩下がったところに控えるプリエルがコーヒーのおかわりを私のコップに注ぐ。心なしかコーヒーは安心しつつも変な疲労感からくる眠気を吹き飛ばしてくれる。
「ラナさんのお母様とはほんの少しだけしか会話していなかったので、そう言った一面があることは意外でした。」
「私も同じだよ。お母さんが時にあそこまで怒れる人だとは思っていなかった。」
「羨ましいですね。」
「なんのこと?」
「叱られることですよ。」
「?」
「私は、生まれてこのかた叱られたことがありませんでしたから。」
「そうなんだ。」
っとそう返事をしながらも私もクリスが誰かに叱られてしょげている場面や萎れている場面がちっとも想像つかない。クリスは反骨精神の塊だからだ。
「クリスのお母さんは、叱らないの?」
我ながら変な質問だ。言語としてあまりにも脈絡が変だと思いつつもクリスは笑いながら私の恥など無視して質問に答えた。
「はい。私のお母様はとても優しい人です、それに想像つかないかもしれませんがお母様とは気が合いましてよ私。」
「……そうなの?」
「信じていない声ですね。」
それは仕方がないでしょう。っと言いながら私はクリス時が合う母親の存在を頭に浮かべてみる。しかし自分の想像力不足なのかちっともイメージできない、それどころか想像しようとしても弾かれて余計にこんがらがって残骸だけが残ってばかりだ。
「…それは、ねぇ。」
「ですが、本当のことでしてよ。私と母は事実とても気が合います。」
「クリスは誰とでも気が合う気がするけど、そういうのじゃないんでしょ?」
「はい。"合わせている"のではなく母も私くらい"合わせてくれている"ので、これはもう気が合うと言って良いかなと。」
クリスはとても嬉しそうな声でそれをいう。処世術で埋め立てられてしまった生の感情が少し出てきたような気がした。クリスにそう言わせるお母さんはどうやら本当にいるらしい。心のどこかで自分の作ったゴーレムお母さんのことを話しているのではないだろうか?という欺瞞が完全に消えた。
なぜそんな非情なことを思うのかといえば、クリスだったらあり得る。からだ。
「……私は合わせられている?」
「まさか!!そんなわけありません!」
クリスが目を見開きコップの中の紅茶が揺れるのも構わず前のめりに私に言い放った。二度とそんなこと言わないでという意思がひしひしと伝わってきて私も。思わずうん、と小さな声で答えてしまった。
「……ラナさんと一緒の時は正直なところお母様と一緒の時より過ごしやすいですよ。もちろん、プリエルともですよ。」
その最後の言葉にプリエルは顔をバレない程度にニヤけさせすぐに頭を下げて感謝の意を示した。嘘はつかず仲間外れをうまない精神性はクリスの美点である。
「……本人の前で言うのはなんだけど。プリエルをなんで異界探査部隊に?」
「前にも仰ったかもしれませんが、私の従者だからです。従者たるもの主人から離れる、など言語道断です。」
クリスは小さく手を振り、プリエルをテーブルへと近づける。プリエルはその身振りを少女に寄せて軽い足取りでクリスの隣についた。
「それに主人亡き従者は、言わずもがなでしょう?」
「……うん。だね。」
なんとなく誰もいなくなった我が家のことを想像した。直接的にそうであったことはないが、何より私にとっては目の前で起こった過去事のように簡単に想像できる。
「せっかくですし、本人にも聞いてみましょうか。」
「私は、クリス様に出会えて良かったと思いますし!それに今も十分幸せに過ごさせてもらってます!なんの不満もありません!」
「うーん。ちょっと型にハマりすぎるところは悪い点ですねぇ。」
クリスはそう言いつつもプリエルの頭を撫でた。プリエルの言葉には嘘はない、ただクリスの言った通り型にハマりすぎて一見ただの世辞に聞こえてしまう。
「プリエルは召喚魔法だっけ?」
「はい。基本的に目立たせてはいませんが、活躍させていますよ。」
「なぜ?」
「プリエルの召喚魔法は動物から魔物とかなり幅広いのですが、部隊の人たちに見間違われてはたまったものではありません。そのため、使用の際には周囲に人がいないことなどいろいろ注意して隠しながら使っているのです。」
「なるほど。」
「隠蔽魔術、隠蔽魔法なども使用していますが。それが通用したら大隊には入れませんから。」
クリスは仕方のないように言う。プリエルの召喚魔法に関しては前々から知っていたためどういうふうに運用しているのか、そもそも運用しているのか?その点が不明瞭だったが今の説明でガッテンいった。
正直このままプリエルのことについて話を続けたいとも思うが。なんだかそれでは本命からそれそうだったのでクリスに直接聞くことにした。
「そうだ。クリス、私を訪ねてきたのは?」
自然を装うように私は聞く。クリスは思い出したような顔をして続ける。
「そうでした。こうしておしゃべりすることもその一つでしたが、何よりラナさんには魔術秘宝のことについてお話ししようかなと思っていまして。」
「魔術秘宝、今持ってないけど。」
「いいえ、試すのではなく。知りたくありませんか?という。」
「なにを。」
「魔術秘宝の作り方ですよ。」
「作り方…!」
そういえば新造された魔術秘宝と少し前に行っていたことを思い出した。思い出して言われればその通りだと理解できるが言葉に含まれるインパクトというのは凄まじいのである。それこそ魔術秘宝があのような堅苦しいやり方で渡されれば無意識に重要度のランクをつけてしまう。
「はい!思いつきですが、ラナさんには良いかなと。どうですか?」
「………私がいっても、本当にいいところなの?」
クリスのこの突拍子もない提案はいつものことだとして。少し気になることは事実である、が本当に大丈夫かの確認を取らなければならない。彼女が無責任かどうかではなく母に叱られたばっかりの私はどこか臆病になっているからだ。
「はい。問題ありません。それで、どうでしょうか?」
「………わかった。」
私はクリスの後ろのプリエルの顔を少し覗く。プリエルは普通の顔をしている、彼女はクリスの従者でありクリスのことを慕ってはいるがそれでもストッパーとしての役割をこなすほどの精神と責任かはある。
「ただ、お母様に少しだけ伝えても?」
「それはもちろん、せっかくですし魔術秘宝もどうぞ。」
「うん。」




