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080話「あたたかい目覚め。」




 「ン」


体全身が水に沈んでいるような感覚を最初に覚えた。しかし自分の体は水に浮いているわけではない初めての感覚だ、触り心地の良い布の感触と体を覆い尽くす自分自身の体温、そして思わず目を開けたくないと感じてしまう時間。

時計の針の音がカチカチとなっている音だけが私の耳に届き続ける。こんなにくだらないことに時間を費やすようになったのはいつ頃からなのだろうか、今の私にとってはこれこそが本来あるべき姿だと錯覚してしまうほどだった。


 (起きたくない。)


自分が今さっきまで眠っていたのだと、理解して本来なら何か特別な理由がなくても目を開けて体を起こして起きるのが今までだ。私に一瞬の楽などないからだ、しかし本当になぜだろう昨日と変わらないような心意気であるはずなのに私の体はどこまでも疲れ切った体の癒し、いや心の癒しを求めて目に当たる陽の光を嫌うように布団を頭から被った。自動的だった。


 (私は、いったい。何をしていたんだっけ?)


壮大な欲望を自己分析した後に訪れたのは目標の設定だった。体に染み付いた癖のせいでどんなに気が緩んでいたとしてもこればかりは取り除くことができない。正しく病気と言っていいだろう。


 (お父さん、お母さん。────!)


全てを思い出した私は被っていた布団を投げ飛ばす勢いで飛び起きた。まるで火薬を入れられた炉のように爆発的な速度で回転し始めた私の脳はまず自分の置かれている環境に目を向けた。


自室だった。見覚えのある自室だった。この大昔に使っていたベットに寝るのは本当に10年ぶりくらいである、だが決して埃臭くはない、逆に清潔感がありすぎて偽元と思ってしまうほどである。壁には私の性格を反映し切った木剣が立てかけられておりそのほかにはどれも日常的な要素ばかりだ。今の私からすればちょっと無駄なものがある子供部屋のように感じる。


 「……へや、私の部屋?なら」


ベットから体全身を起き上がらせ、すぐ近くにあったカーテンを引っ張り外の日差しを全身に浴びる。それと同時に窓の外から見える街の一角の風景を一瞥し、自分自身を少しずつ整理する。


 (そうだ、私は自分の家。実家に帰ってきたんだ、そして……そしてお父様とお母様は──。)


無事だった。そう知った私はおそらく気絶したのだろう。無理もない、気絶する自信がある。今までずっと糸を張りっぱなしだった私は、父と母が再会しどちらも無事だった時おそらくぶっ倒れると覚悟していた。

 この長年、私は人間的な心を徹底的に叩き抑え、代わりに役割をこなすだけの機械のような精神性を全面に押し上げながら色々とやってきた、その過程には多くの苦労と多くの心労が伴っている。それらを表面下では受け流し深層意識では蓄積させていた、であるならばもし自分の機械的な役割が終わったとしたのならその時は全てが表面に浮上すると想定していた。結果これである。もちろん肉体的な疲労もあっただろうけど朝起きて、まだ寝ていたいなどと随分怠惰なことを考える私は昨日にはいなかった。確実にあの幼い頃の私に近い状態に戻っている。いいとこ半分だ。


 「……眩しいな。」


外の灯りを鬱陶しく思う。今までそんなこと気にする瞬間もなかった、ゆえこんなにも厄介なものかと一瞬思うが、溜め息を吐いてとりあえずクローゼットを開ける。


 「ぁ、」


クローゼットには一色の服がかけられていた。見るからにおばあちゃん製だ、私にあった色合い。私にあった機能性を詰め込んだかのような完璧な仕上がり、なんだか心が躍る。


 「……うん、大丈夫だよね?」


実際に来てみて大きな鏡で体を動かしながら身だしなみを確認する。なんだか今までなかった不安という精神性が丸ごと浮上したせいで疑心暗鬼みたいな心意気になっている。なっていてもしたがないと気づいた時にはもう階段を下っていた。


 「……リビング。」


リビングには灯りがついていた、正直それが窓から照らされた自然光なのか部屋の明かりなのかは見当がつかない。私の聴覚もなぜか今までより劣っていた、扉の前に立った瞬間嫌な想像をしたのが要因かもしれない。

扉を開けたら、何かが待っている。あやふやで確定しようがない予感が私に警告のように囁くのだ。しかし、それが輝かしいものだと少し信じて私は扉を開けた。


 「…………。」


 「ん?───ラナ。」


そこにいたのはコーヒーを片手で啜りながらただただ窓を見てじっとしていた父の姿だった。そのまるで昨日まであった現実は嘘であるかのようなありふれた日常的風景に私は面食らって少し動けなかった。


 「───だ、よな?」


 「ぇ、はい。私はラナですよ。」


一呼吸おいて首を傾げた父に向かって少し慌てるような言い方で答えてしまった。父の右目右腕は確かに無い。だから昨日までのことが現実だったと分かったのはすぐだが、それでも自分、娘の本人だと怪しまれるとは思っても見なかった。


 「そうか……ぁすまない。実はここ10年あたりの記憶がさっぱりなんだ。だから、その───ラナがよく成長したのを現実になくて。」


 「……そ、そうです。よ、」


変なところで言葉が切れる。

というのも私も目の前の人物が父だと理解している、顔立ちはそっくりだし声だって大昔聞いた通りだ、だが実際には右腕と右目が欠損しているその姿はなんだか別人を見ているような気がしてならないのだ。


 「………。」


 「。。。」


 (き、気まずい。)


久しぶりに会った父親と話すのはかなり難しいと直面して理解した。父もおそらく同じ気持ちだろう、日常を演じようと頑張ってコーヒーを他所に飲んでいるようなあからさま感が伝わってくる。とは言ったもののそんなことを指摘するほど私もキャラではなく、ここはおとなしくと思いつつリビングテーブルがある椅子へと座った。


 「ぁ、そうだ。ラナ、クリス…から手紙を預かっているぞ。」


向かい側の父から一枚の手紙が内封されていた紙を受け取った。それを適当に開き内容を見てみると、書かれていたのは私を案じる文章とそして異界探査部隊の休暇申請の件であった、ついに家族と再会できたことなのでと書き残されていた。詰まるところ気を利かせてくれたということだ。


 「………アイツも娘を持つんだな、あんなに立派な。」


父は私に聞こえるか聞こえないかわからないほどの小さな愚痴を呟いた。その呟きに私も少し同情する。


 「……ラナ、言えるタイミングが中々無いと思うから、言っておく。ありがとう……私をあそこから救い出してくれて。」


 「!!」


その言葉を聞いた瞬間、不意に心にあった何かが溶け落ちた感覚がした。そしてそれと同時に言葉を口にした父が私の顔をよく見ながら目を見開いて驚いていた。


 「ラナ…?」


 「ぁ、あ。ご、ごめんなさい……ちがっ、うんです。」


気がついたら涙を流していた。止めようとしてみても止まらない涙だった。久しぶりに母と再会した時にも同じことになった気がする、でもそれよりも違う悲しいという感情が自分の中から止められないほど湧いてきて、同時に嬉しいという気持ちが止められないほど溢れ出てきたのだ。


 「………よく、頑張ったな。」


 「ぁ、あぁぁっ。うっ!」


父の手が私の頭を撫でる。顔は見えない、涙でたちまち見えなくなった。けれどもその温かい父親を感じる感触は確かに私へと伝わっていた。ずっと大昔に亡くしたような気がする、感動を覚えた。


 「あれ、ラナ!」


 「は、お母様……っ」


そんな私たちの合間に声がした。すかさず振り向いて見ればそこには少し細身ながらも壁に体をより立っている母の姿があった。そんな母を見て私は再び涙を加速させた。


 「もしかして、ゼル……!」


 「いや、違うんだ!」


母は父に何やら問い詰めているようだった。それも私の感情の濁流の中では拾えはしなかった。けれども、けれどもだ。


 「ぁ、ふふっ。」


その何も変わらないような、誰もが歩むようななんてことのない日常が私にとってはとても嬉しかった。




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