079話「親子」
真っ暗の部屋の中で私は再び目覚めた。辺りを見回してここが自分の部屋だということを思い出す、だがそれだけである。
「………」
部屋の中にある縦鏡に自分の情けない姿がチラッと映る。どんな時でも誠実であろうとする私はたとえ寝る時でさえも身だしなみに気を遣っていた、しかしどうだろうか。
鏡の中にいる自分の姿はなんとも酷い様だった、激情があととなりそのまま形となった乱れた髪、泣きじゃくったことを知らせるような目尻、部屋中に散らかった私服、どれもどれも昨日の自分が起こした惨状、それがそのまま何も変わらずそこにあるのだ。
「………っ、」
理由はわかっていた。私が父を逃したからだ。正確にはしっかりとみていなかった、だから父はいつのまにか私の前から消えていた。どこに消えたのか、どこへ行ったのかはわからない。昨日は散々城中を探し回った、それでも見つからずクリスの協力を得て痕跡をだとってみたがそれでも見つからなかった。
その結果がこれだ、いつだって折れたことなかった私の初めての挫折。昨日の夜は泣いた父はどこにいるのだろうと、母に父を合わすことはもう叶わないのかもしれないと、全て私の詰めが甘いせいだ。全部私の選択の未熟さが生んだ結果だった。もうどうしようもないとこれ以上ない絶望の淵に叩きつけられた。
「は。」
おかげでこのザマだ。とても他人には見せられない惨めすぎる姿。でも、もうどうだっていい、私はもう生きている理由も怪しいのだ父の痕跡はどこにもない、再び探すにしても母が無事でいてくれる保証はどこにもない、この時この時ばかりのためにここまで来たのに、そのチャンスすら私は自分で捨てたのだ。
「もう、もう。」
もう全てが嫌になっていた。
「ラナさん!?」
扉を叩くクリスの声が部屋まで響いてきた。だがそれに向き合う気にもかかわる気にも、返事をする気にもなれなかった。ただただ今は何もしたくないという気持ちだけがそこにあった。
「……私の話をよく聞いて、そして信じてください!お父様が見つかったそうです……!!」
「────────ぇ、」
「エルザード様からご連絡がありました!お二人は───ご実家に!」
「!!」
その言葉を聞いた瞬間に、私は行動を開始していた。ボサボサの髪を一瞬にしてまとめ上げ、乱雑に着ていた服を脱ぎ捨ててすぐに私服へと着替えを果たす。そして涙の跡を布で適当に拭きクリスの続く言葉に構うことなく部屋を飛び出した。
「ラナさん!?」
「ごめんなさいっ!!」
私はクリスを退けて走った。普段の私に比べればその格好は実に似つかわしなくほど綺麗じゃなかっただろう。でもそれでも構わなかった、自分の見た目よりも自分というちっぽけな存在よりも持った大切で重要なことがあるのだから。
「君、外出書──!」
「はい──!」
門番に道中で書き上げた紙を押し付け、間髪入れずに再び走り出す。背後から追いかけてくるような声が聞こえるが構うものか。
私はそのまま城下町を走り、大陸貫通列車へと乗客した。今まで一度も使ったことがない異界探査部隊の特権的なカードを使用して、無理やりだ、誰もが私の慌てる様をよそに見ている、だがこれが道化だとしても、これが小汚いと言われても何も感じないのだ。
今の私にとってはただただ目的地に向かうこと以外に頭はなかった。
「!」
大陸貫通列車に乗客中は気が気じゃない心をできるだけ落ち着けるために半端だった服装と髪の毛を整え、人前に出ても問題ないメイクなどもする。全てクリスから教えられていたことだ、私はそれを脳裏で思い浮かべながら動きを一つ一つトレースする。
列車が到着する頃には夕暮れとなっていた。早朝に出立しても大陸間を横断するのはそれほど時間がかかるのだ、だがここで十分に休息は取れた、肉体は万全だ精神はというと気が気じゃない一択だが今はそれどころではないのだ。
「!!」
私は再び走り出した。獣人国の城下町を下って門を通り過ぎて草原に出たところから私は身体強化によって走り始めた。風の暴音が私の耳を通過していく、肉体の回復した疲労が一瞬にして蓄積し、すぐに体が悲鳴を上げ始めた。
身体強化はずっと使えるわけではない、普段の私でも一時間の連続使用がやっとである、だが今の私はそんな痛みに構っている暇なく激痛に悶えながらもただひたすらに走り続けた、歩いて移動すれば6時間以上かかるところを全力疾走によって2時間で移動する。
半分を超えたあたりで私の呼吸器官は締め付けられるような痛みに襲われていた。
「っぁあ、あぁ!は!!」
痛い。痛い。痛い。でもそんなこと、そんなこと比べるまでもない。母はこれよりもずっと苦しい思いをしてきた、父はこれよりもずっと苦しい思いをしてきた、そう思えば思うほど棒となっていた足にさらに力が入る。限界という二文字がどんどん離れていく感じがした、全ては二人のために。
(私を産んでくれた、二人の幸せのために、ここまで!ここまできたんだッ!!)
母のやつれた姿を思い出す。父の力強くも辛い姿を思い出す。全て私のせいだった、父が私を庇って異界に落ちなければこうはならなかった、私が父に夢のことを話せばこうはならなかった、私が母に負担を全てかけるような真似をしなければこうはならなかった。
私はいつも的外れである、家族に対して仇でしか返してこなかった。だから、せめてせめてこの時ばかりは。
(二人の、二人が幸せになるためだったら。)
私の命など捨ててよかったのだ。
「っ、ぁは、はぁ、はぁ。ぁ、っ!」
呼吸は整えられない。心臓の音は激しすぎて形容することができない、脚は激痛で今にも砕け散りそうなほどだ。それでもゆっくりと歩んできた道を振り返る、全てはこの街を通り過ぎてから始まった。
私は自分の家の方へと、限界を何度も踏みつけて歩いた。あと一歩、あと一歩と自分に言い聞かせるのも本当に無理なのだろう。
(い、しき。)
意識を保てなくなっていた。目の前は見えているのか、五感は正常なのか判別するの余裕すらなく、ただ私はおぼつかない足で、その家にたどり着いた。
「お父さん、お母さん。」
数度しか口にしたことのない弱々しい私の言葉。なれた手つきで玄関の扉を開け、今にも倒れそうなほど疲労している体を駆動させて、玄関、階段を越える。
懐かしい匂いがした。家に帰ってくるといつも感じていた、自分の気持ちが安らかになる匂い、それでもそのまま気絶するわけにはいかなかった。最後に、最後に二人がどうなっているのか、ただただそれだけを知りたくて、私は二人の気配がする寝室の扉を開けた。
「…………っぁ、」
「────ぬ、お!?ラナ!!」
「おばあ、ちゃ。」
「ラナ、ラナ!!しっかりせい!」
扉を開けた先にいたのは何かを見守っていたエルザードおばあちゃんだった。私は彼女の姿を見るとすぐに足の力が入らなくなりその場で倒れかけた。
「………お父さ、お母さ。は。」
「───見よ。」
私の捻り出した言葉や姿を見て何かを察したのか、エルザードおばあちゃんは私の体を引き上げ引っ張って目の前の大きなベッドの近くまで寄せた。そこには仲睦まじい夫婦の姿があった、ゼル・プラノードとミィーナプラノードである。
「ぁ、ああ!
「安心せい、二人とも。しっかり生きておるよ、間に合ったんじゃ───お主は。」
「───────。」
「ラナ?」
エルザードおばあちゃんの最後の言葉を聞いて私は気絶した。体はすでに限界で心も二転三転したせいでボロボロだった、私はこの約10年という長い時間を経てやっと、初めて安心して眠ることができたのだった。




